第一章
第1話 切腹強要からの王子クビ!
目が覚めた時、俺は強姦魔にされていた。
いきなり現れた衛兵にベッドから突き落とされ、寝衣姿のまま玉座の間へ連行される。
そこには巨大な扇子を揺らす、クラウディア・サウス・チャンドラーの姿がある。美しい蜂蜜のような甘いブロンドをクロワッサンのように縦ロールに巻いている。まるで、男装騎士とフランス革命の物語に出てくる王妃様のようだ。
この女が俺の婚約者である。
「ダスティン殿下、まさかこのわたくしを裏切るとは……」
婚約者の深いブルーの瞳は怒りの炎を燃やしている。
婚約者の横で
「貴様、クラウディア嬢という婚約者がありながら、他の女に野獣のように襲いかかるとは。人間のクズ、お前はゴミのような人間だ」
嬉々として婚約者と一緒になり断罪をしてくる。心底嬉しくて堪らないという表情だ。
「叔父上。俺は眠り薬を飲まされて、嵌められたんです。俺は何もしていません。そこの人が勝手にドレスを引き裂いたんじゃないですか?」
そこの人、と、しくしくと泣き真似をしている男爵令嬢を指差す。
それを見たクラウディアは、俺の指差した手をバシンッと扇子ではたいた。かなり重量級の扇子である。指が折れたかのような激痛が走る。
「ダスティン殿下、見苦しくてよ。女性が自らドレスを引き裂くなんてあり得なくてよ!」
「いや、あり得るんですよ」
「お黙りッ!」
扇子を向けて断罪してくるこの女。俺はこの女の靴の裏を舐める勢いで接して来た。俺はこのような高飛車な女はまっったく好みではない。「全然好きじゃないのにぃ」と思いながらも浮気などせず、真面目に生きてきたのだ。
だが、そんな真面目な俺にこの悲劇。飲み物に眠り薬を入れられて昏倒させられ、目が覚めると強姦魔にされているという衝撃の展開が訪れている。
「この王家から、恥ずべき強姦魔を出してしまった。かくなるうえは、こっそりと毒を飲んで死ね! 病死ということにしてやる」
叔父は俺に毒を飲めと迫ってくる。しかし、本来であれば国外追放だったはずだ。
これは断罪するのが父でも叔父でも変わらないはずなのに、なんで国外追放じゃないんだ。
「おやめください、王弟殿下」
クラウディアは叔父を制する。俺を助けてくれるのか、そう思ったら甘かった。スッと美しい短剣を差し出してくる。
「これは、わたくしの愛用の短剣です。これを貸してさしあげます」
この短剣で自害しろってことか!
「この短剣で、お腹を
なにその難易度が高い自害方法!! 頸動脈切るじゃダメなわけ!?
そんな時、バーン! と部屋の扉が開いた。
「お待ちください、ダスティン殿下はそんなことをなさる方ではない! それはこの私が断言できる! この子はめっちゃいい子なんだぞッ!」
第一王子であるこの俺を「めっちゃいい子」と表現するいかついオッサン。この男はこの国の軍のトップ。王国軍統括軍団長・ヘンドリック・ジャスティス・ハミルトン。俺の剣の師だ。
「それは貴方の師匠としての欲目です、軍団長閣下」
小馬鹿にしたように笑う叔父。叔父といっても俺と五歳違いなのでまだ若造だ。叔父は祖父が遅くに作った子なのだ。俺の師を小馬鹿にするとは生意気な。
そこに宰相閣下もやってくる。彼はハミルトン軍団長の親友である。
「王弟殿下、誰もダスティン殿下が襲いかかる決定的瞬間を見ていないのです。騒ぎを聞きつけた者も誰もいない。男爵令嬢だけの証言を信じていいものでしょうか」
ようやくまともな弁護士がやってきた。そうなのだ。証拠なんて何もない。ただの男爵令嬢の狂言の可能性を誰も指摘しないのである。
「この子を殺すと言うならば、私にだって考えがあります!」
軍団長は俺を庇うように前に出る。
「ほぅ……反逆でもするのか?」
若造王弟は目を細める。
「貴方は単なる国王の代行者だ。国王陛下が病に伏せっていることをいいことに、第一王子に自害を迫るなど、越権行為だ!」
昨夜、急に父王が倒れた。この病に伏せっているという設定は、王弟ルートの時だけだ。他のルートの時は父王はぴんぴんしていて、クラウディアと一緒になって断罪するのだから。
言い争いを繰り広げる王弟と軍団長、宰相コンビに対し、俺は控えめに手をあげる。
「あのぉ~、俺、この国を出て行きます。遠くの誰も知らない山に行きます。そこで畑を耕しながら可愛い女の子とのんびり暮らします。それでいいですよね? 王位継承権も放棄しますから」
一瞬、場が静まり返った。そして軍団長と宰相が声を揃えて「「ダメッ!」」と口にする。
「しかしですね、このクラウディアの実家であるチャンドラー公爵家は、筆頭公爵家です。このチャンドラー公爵家を敵に回したダスティンを生かしておくわけには――」
「別に殺さなくてもいいでしょうが! 殺すくらいならうちの軍に欲しい。王子身分を剥奪のうえであればいいでしょ?」
あくまで俺を殺したい叔父に対し、ハミルトン軍団長は余計なことを言いだす。王国軍に入るより、国外追放がいいのに。
「息子の部下にしたい。厳しい軍隊生活だが、この子ならできるはずだ。どうしても殺したいのなら、国王陛下に許可を取ってからにしていただきたい。これは臣下一同の総意ですぞ、王弟殿下!」
ハミルトン軍団長は血を吐くように宣言した。
少し思案をした後、叔父はほくそ笑む。
「まぁよい。王都を出て行くならな。永久にこの王宮へ足を踏み入れることはこの私が許さぬ」
こうして俺は王子をクビになってしまった。本日中に、荷物をまとめて出ていかねばならないようだ。
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