第2話 言葉足らず。

「ちょっと聞いて下さいよ豊川氏ぃ〜」

「どしたの未来みくるちゃん? ラジオ始まって1秒で項垂うなだれてるけども」

「弟が眉毛整えやがった!!」

「たしか高校生でしょ? そのくらい普つ」

「普通じゃダメなんだよっ!! これは弟に恋人か好きな人が出来た可能性があるんだよっ!!」

「あ、はい」

「私はね豊川氏、許せないんだよ。私の可愛い弟をたぶらかしたメスがっ!!」

「メス言うなし! 色々と危ない発言だからね?!」

「いやいやいや、私の弟に手を出そうとする女は全員そうだよ。だから私は許さない」

「怖い怖い怖い。そ、そうだ未来ちゃん、お便り読も? 一応このラジオもアニラジだしさ? リスナーさんとのコミュニケーションで気分転換とかできるかもじゃん?」

「……わかった。…………ん? どしたの構成作家さん? なんで笑いこらえてるの?」

「……やばい。なんか嫌な予感しかしない」

「とりあえず読むか。えーっとラジオネーム「パスタった」さんから頂きました。『豊川氏・未来ちゃんこんばんわ。いきなりなのですが私の弟に彼女がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁ!!」

「構成さんやりやがったな?!」

「私の弟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「だから今日は珍しくお便りの下読みさせなかったのか?! はかったな?! 収集つかないじゃんこれッ?!」

「弟はもうきっと彼女と登下校とかして手を繋いでイチャイチャしてるんだぁぁぁ! 私の知らないところで泥棒猫がぁぁぁぁぁ!!」

「ちょと未来ちゃん?! ブースの天井のシミ数え始めるやめて?! 構成さんもゲラゲラ笑ってないでどうにかして下さいよぉぉ?!」

「……脳が、震える……」

「未来ちゃん、それは関係ないアニメだからやめて。あと顔が怖い。アニラジで良かったと思えるくらい怖い」

「……泥棒猫が、私をわらってる……」

「その笑い声は構成さんだからっ!! ……もう曲流して誤魔化そう……そ、それではお聞きくださいっ。P-styleで「簡単に好きとか言う奴は嘘吐き」!」

「お姉ちゃんと結婚するって言ってくれたのにぃ……」

「重い重い……」



 ☆☆☆



 学校の昼休みというのは僕にとって戦争である。

 僕のような冴えない底辺な人間は自分の席を守る事に必死だからである。

 便所飯はしたくない。本を汚したくないからである。

 図書室ではご飯は食べられないし、校内の穴場スポットは軒並のきなみ隠れて交際してる連中のイチャつきスポットである。


「相良くん」


 故に僕は自分の席を死守することでしか安定して読書を楽しめないのである。

 特に読書において1度集中し出すとチャイムも聞こえなくなることがざらにある僕にとっては遅刻するリスクを孕む行為でもある。しかし読書だけが生き甲斐の僕に本を読むなというのは死ねと言っているようなものである。


 移動教室ならさっさと弁当を食べ終えて移動して読書をする事で遅刻を回避できるので個人的には移動教室の授業の方が有難い。


「相良くんっ」


 騒がしい教室で読書を楽しむにはイヤホンは必須アイテムである。

 最初はノイズキャンセリングイヤホンを購入しようかと考えていたが、ノイキャンは脳や耳にあまり良くないとも聞いていたので購入は諦めた。

 なので僕の耳には最近アニメなどのタイアップ曲なども作っている2人組のヒップホップユニットのアップテンポな曲を流してひたすらに教室の騒音をかき消している。


「相良くんっ!」

「ッ?! ……真壁さん、どうしたんですか?」

「さっきから呼んでるのに気付いてくれないし」

「……すみません」


 昼休み早々に弁当を食べ終えて読書をしていた故に真壁さんの存在を認識できなかった。

 いや、正確には僕と僕以外の世界を切り離していたという方が近い。

 なのでどれだけ真壁さんの存在感があろうとこちらは認識できなくなるのである。

 ……とりあえずすみません。


「それで、どうしたんですか?」

「一緒にお昼食べたいなと思って」

「すみません、もう食べたので」

「早っ?! まだ5分くらいしか経ってないよ?!」

「5分あれば問題ないです。それより本が読みたかったので」


 正直、真壁さんとはあまり関わりたくはない。

 所属するカーストがそもそも違うし、下手にイジメの標的にされるのも困る。

 僕は本の虫であり、小説を読んで生きていられればそれでいいのである。


 コーヒー好きになったのは小説の影響ではあるが、結局のところ僕は小説からしか影響を受ける事ができないのである。

 いや、影響を受けたくない。という表現の方が近いだろうか。


「そっか。じゃあ、ここでお昼食べていい?」

「……向こうのお友だちと食べないんですか?」

「うん。ふたりでごゆっくりって」

「……」


 金髪ギャルの金森かなもりさんと茶髪ギャルの喜茶きちゃさんがなぜかふたりとも親指を立ててドヤ顔をしていた。

 何をどうなったらこうなるのか意味がわからない。


 真壁さんの方面は朝に真壁さんと目が合って以降見ない様にしていたがろくな事ではないのだろうと思う。


「たぶんですけど、向こうで食べる方が楽しいと思いますよ」

「わたし、相良くんと仲良くなりたいし」

「……僕はそうではないです」

「そ、そっか……」


 真壁さんは人気者だし、誰とでも仲良くなれる人だ。

 それ故に人間関係のストレスも増える事になるだろうという偏見がある。


 真壁さんは色んなものを引き込む能力があって、僕なんかは否応なしに引き込まれる。

 だから引き込まれないように距離を取っておかないといけない。

 簡単に真壁さんに言われるがまま流されてこの間みたいになるんだから。


「わたしさ、相良くんに嫌われるような事、しちゃったりした? もしそうならごめん」


 申し訳なさそうに下を向く真壁さん。

 その顔を見て逆に申し訳なくなった。

 そんな顔をさせたくて言ったのではない。


 いつもそうだ。

 僕の言葉はいつも足りない。

 どれだけたくさん本を読んでも足りない。


「あの、べつに真壁さんを嫌っている訳ではなくて、そもそも人との交流全般が苦手なんです。それだけです」

「そう、なんだね。なんかごめんね。この間も結構なんかわたし、突っ走っちゃった感あったし」


 少し安心したように微笑みながら話しかけてくる真壁さんは離れようとはしなかった。


 複雑な気持ちだ。

 伝えたい事は今でもたぶんたくさんあるけど、それを口にするには時間とか色々足りないだろうし、関わってきた時間自体も少ない。


 だから伝えようとするのを諦めてきた。

 そのうち真壁さんも離れていくだろうけど、その時真壁さんの記憶から僕の存在が綺麗さっぱりなくなっていればそれでいい。


 誰の記憶にも残りたくない。

 頭の中が物語で埋まっていくような僕が、誰かの記憶に残るのは失礼だから。


 だから早く、真壁さんが僕に関わらないようになってほしい。


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