冴えない僕をクラスの黒髪ギャルが魔改造しようとしてくる
小鳥遊なごむ
第1話 当初の目的から逸れるのも人生。
生まれた瞬間から格差はあって、僕らはそれの飲み込んで生きていくしかない。
教室という小さな一室ですら格差はあるのだから、きっと社会はもっと酷いのだろう。
「来週デート行こうぜ」
「うん。来週はバイト入ってないからいけるよ」
ライオンのオスのうちの8割はメスとの性交渉をすることなく生涯を終えるという。
人間でも結局は同じことで、恋愛強者だけがその欲求を教授することができる。
「……帰ってゲームでもするか……」
何気ない放課後にも僕以外の人達は楽しそうに微笑んでいる。
僕はそれを見て怒りも憎しみも嫉妬も感じない。
全部諦めている。
それが楽だと知っているから。
「そういえば新刊の発売日だったっけ」
帰り道の途中の本屋を見て買いたかったマンガがあった事を思い出して寄り道。
僕の寄り道はいつだって1人で完結する。
「あ、やべ……タブレット忘れたかも」
一昔前までは紙の教科書を持ち帰りさせられていたとか言うが、今は基本的にタブレットPC1台で済む。
もちろんゲームができるほどスペックの高いものを学校側が買わせるわけもないので全く使い物にならない。
教科書のデータを入れているだけのタブレットPCに大した価値なんてあるはずもなく、大抵は忘れてしまう。
だが今週は課題を出されているためタブレットを持ち帰らないといけなかった。
「……戻るか……」
目当てのマンガを買ってあとは電車に乗って帰るだけのはずが再び学校に戻らなければならなくなった。
本屋でいつの間にかかなり時間を使ってしまっていたからか既に夕暮れ時である。
校内のグランドや体育館からは運動部の元気のいい声が空気を震わせている。
それを聞くだけでも眩しいなぁと遠い目をしてしまう僕には青春というものはきっと無縁なのだろうと自虐的に笑えてしまう。
この時間だと教室は鍵が閉められているかもしれないので先に職員室に行こうかと思ったが、空いてたらラッキーくらいの諦めでそのまま教室に向かう。
校舎内にも青春の香る吹奏楽部の演奏が響いていた。
みんな何かを頑張っている。
そんな人たちが羨ましいと思ってしまう。
自分には何もない。何も見つからなかった。
もしかしたらこの先、生きていたら何かを見つけたりもするのかもしれないけど、今のところそれらは見当たらないまま。
「どうしよ?! マジで無いんですけど?!」
教室に着くと中から声が聞こえてきた。
鍵が空いていてラッキーだったと思ったのも
クラスの人気者で明るくて可愛いし色んな人とも分け隔てなく話す
胸が小さいとよくイジられているがそれでも上位カーストらしくクラス内での発言力は強い。
……正直関わりたくない人物である。
少なくとも僕みたいな人種としては。
「あっ!
「……見てませんね。僕は忘れ物取りに来ただけなので」
忙しなく教室中を探し回る真壁さんを他所に僕は自分の机の引き出しからタブレットPCを取り出してバッグの中に入れた。
これで課題は問題なくこなせる。
「お財布無いと電車乗れないからヤバいんですけどぉ〜出てきてぇ〜」
無我夢中なのだろう、危うく見えそうになるのも構わずひたすら探し回っている。
「……スマホに入れてなかったんですか? 電子マネーのやつ」
「前に1回カード落としちゃってそれ以降はちゃんとお財布に入れてたんだよ?!」
なるほど、それじゃあどうしようもないな。
そもそも僕は真壁さんの財布なんて見たこともないし、真壁さんの行動範囲も把握してないから探すのなんて無理そうだ。
しれっと帰ろうと思いバッグを背負い直して教室を出ようとした。
でも必死に探す真壁さんの背中を見て放っておけなくなってしまっていた。
関わるだけ損でしかない。
このまま忘れて何事もなく過ごしてしまえばいつも通り。
そもそも僕なんかが真壁さんに恩を売ったところで意味なんてない。
手伝うだけ損だし、無駄でしかない。
なんなら今後マイナスになる事だってあるかもしれない。
普通の人ならそんなこともないかもしれないけど、僕みたいな人種は簡単に人助けすらできない。どころか犯罪者扱いだってされかねない。
安易な善意で人生を狂わされた人を見てきたから。
「……どんな財布なんですか? 色は?」
「え、探してくれるの?! 神じゃん!!」
そうして教室中を探すことになった。
夕暮れ時だったはずの外はいつの間にか暗くなっていて、もうすぐ完全下校時間が迫っていた。
ふたりで教室を初めとして廊下や購買、職員室で聞いたりしたがそれでも真壁さんの財布は見つからなかった。
「やばい……どうしよ……これじゃあ電車に乗れない……」
「ひとつ聞きたいんですが、登校した時は電車で来たんですよね?」
「うん。そだよ」
「そしていつもお弁当を持参してる為あまり購買なども使うことがなくて今日も購買に寄った記憶はないと」
「うん。いつもお気に入りのタンブラーにミルクティー入れて学校来るし」
「そうなると真壁さんの財布は学校にはそもそも無いかもしれませんね。学校からの最寄りの駅に電話してみましょうか」
「駅で落としたかもだもんね」
僕が教室の鍵を閉めている間に駅に電話を掛けさせて財布の所在を調べている真壁さん。
正直駅になければもうお手上げであり、あとはダメ元で交番に行くしかないだろう。
「あるって!!」
「そうですか。それなら良かったです」
これで問題はなくなった。
ようやっと僕も心置き無く帰れる。
「相良くん、ほんとありがとね! テンパってて駅にあるかもって考えつかなかったよ〜」
「では僕はこれで」
「せっかくだからお礼させてよっ」
帰ろうとした僕の腕の裾を掴む真壁さん。
お礼? お礼参りとかですかね?
どうしよう、これ以上関わりたくないんだが。
「いや、いいですよ。結局僕が見つけたわけでもないですし」
「いやいや、探すの手伝ってくれたじゃん。めっちゃ有難かったし!!」
ニッコニコな真壁さんのナチュラルな押しは僕みたいな羽虫には強風みたいなものである。下手をすればそれだけで社会的に死ぬ。
いや、羽虫ではなく本の虫か。古本屋でバイトしてるし。
「べつに見返りが欲しくて手伝ったわけではないですし、もう帰りたいので」
「でもそれじゃ申し訳ないじゃん」
なんなんだろうか。
借りを返さなきゃ死ぬのか?
借りと言うほどのことでもないとは思うが、申し訳ないと思うなら今すぐに解放してくれるだけで十分である。
だがしかし僕のような底辺の住人と真壁さんのような上位カーストの人間とでは価値観が大きく違うのも仕方がないことである。
「……じゃあ、缶コーヒー奢って下さい」
「そんなんでいいの?」
「はい。夕飯前でもありますし、コーヒーは好きなので」
「そっか。んじゃそうしよう!」
「はい」
屈託なく笑う真壁さんに悪意なんてないのだろう。
しかし善意というほどの事でもなくて、真壁さんたちのような人にとってはそれが普通だったりするのだろう。
真壁さんたちのような人にとっては、お礼もお詫びもコミュニケーションの一環でしかない。
でもたぶんそれが大きな違いでもあるのだろう。
「でもコーヒー好きならスパーパックスの方が良くない?」
「……スパーパックスはちょっと行きにくいと言いますか……」
「キャラメルどっぷりフラぺーノとか美味しいよ?」
「シアトル系のコーヒー店も興味はあるといえばありますが、なんかあそこってオシャレな人が行くところじゃないですか」
「べつにふつーじゃん? 気にしたことないけど?」
「そりゃ真壁さんは問題ないでしょうけども」
考え過ぎな事くらいはわかってる。
しかしそれでも
メリットに対してのリスクが大きいのである。
「う〜ん、オシャレねぇ。まあたしかに相良くんって眉毛とかいじってないよね。イモっぽいと言えば……そうかも?」
「そうですよねすみません死にます」
「いやいやいや?! ごめんね?! べつに相良くんを傷付けたくて言ったんじゃなくてっ!」
令和のオシャレ番長こと真壁さんに顔をじろじろ見られながら校門前で立っている僕は前世でどんな罪を犯したというのだろうか。
わりとかなり近い距離で真壁さんにガン見されているのは心臓に悪い。
それにしても真壁さんの瞳は大きい。吸い込まれそうになる感覚にすら襲われる。
うっかり好きになって死にたくならないようにしなければならない。
「わたしが相良くんの眉毛いじってもいい? スパーパックスに行けるようにしたげる」
「……いや、でも注文の時とかに呪文唱えないといけないんですよね? パルプ○テくらいしか知らないんですけど……」
「パルプ○テ? は知らないけど、べつにふつーだよふつー。だけどせっかくお礼するならそっちの方がいいじゃん。わたしは将来スタイリストになりたいって夢もあるし、相良くん改造計画とか面白そう」
「……不安しかないなぁ……」
しかし底辺カーストの抵抗も虚しくなぜか次の土曜日の午後に真壁さんの家に行くことになってしまった。
ギャルってそんな簡単に他人を家に入れるもんなんですかね?
僕の眉毛は果たしてどうなってしまうのだろうか?
……ほんとに不安しかない。
そしてそんな不安を抱えつつもその日となり、僕は土曜日の学校終わりに真壁さんと真壁さんの家を目指している。
「やっぱ土曜日も学校ってめんどいよね〜」
「……そうですね」
「電車の時間もいつもとちょっと変わるじゃん? まあ遅刻とかしないし問題けどさ〜」
「姉が高校生だった頃は土曜日は休みだったと聞いてますね。僕ら辺りから土曜日も学校に戻ったとかなんとか」
「そうなんだね。相良くんのお姉ちゃんが羨ましい〜。てか相良くん、お姉ちゃんいたんだね」
「今は家を出てますけど、面倒な姉ですよ」
声優の仕事をしている天真爛漫な姉は毎週の土日には帰ってくるくらいの距離に住んではいるが、それ故に週末は騒がしい。
ことある事に僕にちょっかいをかけてくる姉である。
しかもアニラジで何度も僕の話をしているらしく、ファンたちからは「ブラコン声優」と言われている厄介な姉である。
「着いた〜」
「……お邪魔します」
普通の一軒家。
しかし真壁さんの家である。
というか女の子の家である。
……婆ちゃんの古本屋の古本の匂いを嗅いで落ち着きたい。
ほんとなんでこんなことになっているのだろう。
今からでもどうにか帰れないだろうか。
お腹が痛いということにでもしてしまおうか。
「わたしの部屋2階だから上がってて〜」
「あ、はい……」
断る勇気があるならこんな事にはなっていなかった事を思い出して諦めた。
「……し、失礼致しまぁす……」
恐る恐る僕は「☆なぎさ☆」と書かれたプレートの部屋のドアノブを回して開けた。
「……ザ・女の子の部屋だ……」
なんなら僕が真壁さんに対して抱いていたイメージそのままである。
なんか逆に安心した。
そしてちょっと姉貴の部屋と似てるまである。
雰囲気というか、この部屋の主がどんな人なのかが
「相良くん? どしたの部屋の前でつっ立って?」
「いや、なんでもないです」
「ね、ねぇ……まさか幽霊がいる、とか?」
「僕に霊感はないですよ」
「そ、そだよねぇ〜。なんかびっくりした〜」
そう言って部屋の中に入るように
落ち着かない。とにかく落ち着かない。
なんで落ち着かないのだろうかと考える。
なんかいい匂いとかするし、部屋だって普通に綺麗である。
姉貴の部屋にも似ているのだから、多少の安心感だって感じてもいいはずなのにどうしてなのだろうか?
……そうか、本が無いからだ。
この部屋にはとにかく本が無い。
漫画も少女マンガしかないし、古本の匂いを嗅いでいないから落ち着かないのだ。
僕はいつの間にか古本中毒にでもなっているのだろう。
今度からは真空パックに古本を入れて嗅ぐ必要があるかもしれない。
「なんかめっちゃ相良くん、借りてきた猫みたいになってるね」
「なんなら借りてきた猫より落ち着いてないですよ僕は」
「てかもう放課後だしネクタイ取ったら? 疲れない?」
「べつにネクタイは気にならないですかね。むしろネクタイしてる方が落ち着く感はあります」
うちの母親は海外をほっつき歩いてるような人で滅多に日本に帰ってこない。
当然私立中学だとか、そういう類いのことに関心も無かったから小学校も制服なんてない私服登校で、ネクタイを着けるのはなんとなく憧れていた。
だから中学になってネクタイを着けるようになってからは常に付けている。
中学では行事とかにはネクタイ着用必須、くらいの緩いところだったし。
「ネクタイ似合うのっていいよね。うちの高校じゃ女子はみんなリボンだし。わたしもネクタイが良かったなぁって思う」
「……意外ですね。真壁さんは断然リボン派だと思ってました」
「女刑事とかカッコよくない?!」
「…………真壁さんのイメージからはかけ離れてる気がしますけど」
「あ〜、今バカにしたでしょ?!」
「あ、いえそんな事は……ただスタイリストになりたいと聞いていたのでイメージと真逆だなと」
女刑事の真壁さんとスタイリストの真壁さんを比べたらどうしてもスタイリストの方がしっくりくる。
……もしも真壁さんが女刑事になったなら学生時代に100%何かあって復讐する為に刑事になった闇堕ちルートだろう。
てかもうそれは主人公なんだよなぁ。
普段はギャルギャルしい口調で仕事したり「あの人イケメン過ぎ?!」とか騒ぎつつも不意に世界なんてどうでもいいみたいな顔をするタイプのギャップのある人になりそう。
真壁さん女刑事編の過去話とか重そうだな。
……まあこれ全部、本の虫な僕の妄想でしかないので問題はないと思いたい。
どんなキャラにどんなギャップがあるのかとか想像するのが癖になっているのは僕の悪癖である。
「んじゃそろそろ相良くんの眉毛をいじりますか?!」
「……ほんとにやるんですか?」
「当たり前じゃん!! 見てわたしの化粧台を!!」
「……見てと言われても」
化粧台にはたくさんの棚や引き出し、そして大きな鏡の周りを囲うようにライトが設置されている。
この化粧台には女子力的な何かが詰め込まれていると言っていい。
「中学に上がった時にママが買ってくれたんだよね。この化粧台でメイクするといつもより3割増しで自分が可愛く見える!!」
「ライトも付いてますもんね」
姉貴もメイクをする時はいつも化粧台のライトを付けていたので明るい方が何かしら効果があったりするのだろうとは思ってはいた。
でも部屋の明かりだけでも十分じゃない? とも思っていた。
「というか、べつに僕の眉毛を整えるだけなら化粧台なんてなくてもいいのではないですか?」
「眉毛整えるだけならね」
「……ん? いやいや、だって眉毛整えるだけなんじゃ……?」
「スタイリストを目指す者である以上、相良くんをイケメンにしてやろうと思うわけですよっ」
貧乳でお馴染みの真壁さんはその小さな胸を張ってドヤ顔をしてそう言った。
いや、そんなの頼んでないんですけども。
てかそもそもは財布探しを手伝ったお礼じゃなかったか? 話が飛躍し過ぎてない? 趣旨変わってるよねこれ?
「はいはいんじゃまずここ座って〜」
「いや、あの……」
問答無用で僕を化粧台に座らせた真壁さんはすでにもう楽しそうである。
「相良くんって意外とモテそうだとは思うんだよねぇ。髪型とか色々整えたらモテるはずだし……なんなら女装とかも似合う説あるようんうん。肩幅もそんなにないしわりと小顔だし」
「……男らしくなくてすみませんね」
「レディースとかも普通に着れそうな体型ではあるから着こなせたらかなりモテるかも」
皮肉も華麗にスルーされ、真壁さんは僕の頭とか肩とかを触りながら色々独り言を言っている。
……あの、そんなにボディタッチされるとうっかり好きになってしまうのでやめてください失恋したくないので。
「前髪邪魔だからちょっとカチューシャ付けるね〜」
「あ、はい」
回転式の椅子の為、肩を掴まれて真壁さんの方向に為す術なく向けられて前髪を上げられて額が無防備になる。
「デコちゃん可愛い」
「帰りますよ?」
「ごめんごめんて」
真壁さんは僕の制服が眉毛で汚れないようにヘアエプロンケープを着せた。
美容室とか床屋のとは違い全身を覆うタイプではなく胸元までの物で、傘をひっくり返したような溝のある物である。
こんなタイプのケープもあるのだと初めて知った。
だがしかし実に実用的だとは思った。
髪をガッツリ切るなら全身タイプの方がいいだろうけど、眉毛を整えたり前髪を少し切ったりするだけならこっちの方が後処理も含めると楽そうではある。
「相良くん、眉毛の生え方は右も左も似た感じで綺麗だね。整えやすそう」
「……さいですか」
僕の顔面を手のひらで包むように触れて色んな角度から眉毛を見る真壁さん。
割と至近距離なので僕はひたすら横を見て真壁さんと目を合わさないようにしていた。
近い。とにかく近い。なんかいい匂いとかするし本も読めないしで落ち着かなさが加速する。
「うんむ〜カラコンしてエクステしてメイクしたらイける気がする」
「……あの、それって眉毛と関係ないですよね?」
「スタイリストとしてのわたしが
「僕の男としての尊厳を奪わないで下さいお願いします真壁様」
「どうしよっかなぁ〜」
「足でもなんでも舐めますから許して下さい」
「足舐めてる時点で尊顔なくない?!」
勝手に女装させて新しい真理の扉開こうとするのやめてください。
手合わせ錬成できるようになる為に開くような扉じゃないんですよこれは。
体の一部どころか男の尊厳持ってかれるのはもっと困る。
「ぃよしっ! イケそうだからちゃっちゃとやっちゃうね」
「無難な感じにしてくださいお願いします」
「うい〜」
返事が軽いんだよなぁ怖いなぁ。
どうしよう眉毛無くなったら。
或いは麿みたいな真ん丸眉毛にされたらどうしよう。
少なくとも引きこもりにはなるだろう。
恥ずかし過ぎて死ねる。てかもうそれは虐めなんだよ。ヒキニート一直線。
「相良くん、ちょっと目を開けて」
「あ、はい」
恐る恐る僕は目を開けた。
真壁さんは少し離れて僕の眉毛をあらゆる角度から眺めてはうんうん言っている。
「うん。良い感じっ。お掃除したげるね」
「あ、はい」
再び目を閉じると顔に付いている眉毛を取り除いてくれた。
「もっかい目を開けて」
「はい」
「鏡で見てみて」
そう促されて鏡を見てみると普通だった。
眉毛は確かにスッキリしているが、そこまで明確に変わるかと言われるとよく分からない。
「うんうん。イケメンに近付いた」
「……そんなに変わります?」
「変わる変わる。全然イモっぽさが減ったし」
「自分ではよく分からないです」
「あとは髪型だね」
「流石に髪型はそのままでいいです」
「わかってるよ。今日はそんなに時間無いんだもんね」
婆ちゃんのバイトの手伝いがあるのでそこまでの時間はないのが助かった。
「う〜ん、やっぱ黒髪ロングのウィッグとかもいいなぁ」
「だから女装なんてしませんって」
「お願い!! ちょっとだけ?! ね?!」
「嫌ですよ流石に」
「ちょっとウィッグ付けてメイクしてカラコン入れるだけだからっ!!」
「全然ちょっとじゃないじゃないですか。てかカラコンとか怖くて無理です」
「だいじょぶだいじょぶ。痛くしないから」
「いやいや真壁さんにカラコン入れられるのかもっと怖いですよ」
なんで真壁さんは僕を女装させようとしてくるんだ……。
やっぱあれか、女装させて僕を笑いものにしようとしているのだろうか。
僕はささやかな学生生活を送りたいのでやめていただきたい。
「というかカラコンってそんなに変わるんですか? 真っ白のカラコンとかはホラーメイクとかで使われているのは知ってますが」
「わたしが持ってるのは黒のカラコンだけだよ」
女装話から少しでも遠ざけようと特殊メイク系の話に無理やり逸らそうと企んだ。
色んな本を読む都合上、必然的に原作となった映画なども観る事は増えた。
故にホラー系メイクの多少の知識はあるが真壁さん相手に食いつかせるのは一苦労しそうである。
だが僕としてはどうにか時間を稼いでバイトの時間に持ち込めば勝てる戦いである。
「黒のカラコンってそんなに変わらないんじゃないですか?」
「変わるよ?! わたしなんていつも黒のカラコンしてるし!!」
「そうなんですか?」
「そだよ。黒目が大きくなるの」
「なにそれ怖い」
「怖くないしっ。黒目が大きいと目が合った感じするじゃん? それに黒目が大きいと可愛く見えるじゃん?!」
「……よくわかりません」
人の目なんてじろじろと見たことなんてあまりない。
目が合うのは疲れるし。
人の目を見るより活字を追いかける方が僕は好きだし。
「そこまで真壁さんが言うなら片目だけでもカラコン外して見てくださいよ。比較しやすそうですし」
「恥ずかしいから嫌だっ。カラコン外すとか下着姿見られるくらい恥ずいし」
「真壁さんの羞恥心の基準がわかりません」
「とにかく恥ずいの!!」
「では僕も女装なんて恥ずかしいので嫌です」
「なっ?!」
なんで?! みたいな顔しないで下さいよ……。
恥ずかしいから嫌だ、という主張は通るなら僕の羞恥心も通るはずでしょうに。
僕が真壁さんの言うカラコンを外した姿が恥ずかしいと思う気持ちがわからないように、真壁さんも僕が女装をさせられるのは恥ずかしいという気持ちを理解できていないのだろう。
人間というのは不思議な生き物である。
「……わ、わかった。片目だけだよ?」
「いやなんでその流れになるんですか?!」
そこはお互い痛み分け的な展開になるのが定石のはずでは?!
しかしそんな僕の心の声も虚しく真壁さんはまるで初夜を迎えた
ほんのりと赤らめた顔はどこか
しかしそんな事はどうでもよくなった。
右目の黒目に対して元の左目は少し色素が薄かった。だが吸い込まれそうになるような感覚になった。
「琥珀色の綺麗な瞳ですね」
「えっ?!」
「僕はこっちの方が好きですけども」
「…………ぁりがと…………」
人の瞳を宝石に
琥珀がそのまま真壁さんの瞳になっているかのような綺麗さだった。
僕がチャラ男だったなら「君の瞳に乾杯」とか痛々しい事を言ったりしたのだろう。
黒歴史確定案件だから絶対言わないけど。死にたくなる。いやむしろ殺してくれ。
「真壁さん、そろそろ帰っていいですか? バイト行きたいんですけど」
「へっ?! ああ!! うんっ?! そだね?!」
「……大丈夫ですか? なんか変ですけど」
「だいじょぶっ!! 全然だいじょぶ?!」
顔を真っ赤にして両手をブンブン振って問題ないと言う真壁さん。
まあ、下着姿を見られるくらい恥ずかしいと言うのだから大丈夫ではないか。
なんか勝ち逃げした感じになってしまうが仕方がないだろう。
実際に下着姿見た訳ではないからセーフということにしてほしい……。
「では真壁さん、眉毛整えてくれてありがとうございました」
「あっ! うん?! こんくらい全然だよ?! うん!!」
なんとなく気まづいのでそのまま帰ることにした。
どんどんズレていった趣旨でこうなっているが、これで真壁さんが僕に関わらなくなってくれればそれでいいとも思うのでそうなってほしい。
だがしかし、翌週の月曜日。
「まっちゃん?! どしたの?!」
「やべぇじゃんなぎなぎ?! カラコン忘れるとか下着姿で登校するのと一緒とか言ってたのにどしたん?! 熱とかあるん?!」
真壁さんの友だちの金髪ギャルの金森さんと茶髪ギャルの
「ふたりとも騒ぎ過ぎだしっ!! た、たまには良いかなって、思っただけで……」
何事かと思って僕もなんとなく真壁さんの方を見た。
そうして真壁さんと一瞬目が合って、思わず目を逸らしてしまった。
琥珀色の瞳は、昨日より綺麗に見えた。
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