蠟燭はあと……、
菟月 衒輝
蠟燭はあと百本。
「百物語総則――
一. 儀式には百の物語、百の
二. 語り人は物語り、その終りに
三. 物語を燃した蠟燭の火は、ただちに消さなければならない。
四. 儀式はやり通さねばならない。ひとたび始まれば、決して中断することはない。
五. 百の物語を語り、百の蠟燭が消えれば儀式は終了する。
――」
『
【蠟燭はあと百本】
何か事情があって、川開きが暑中を過ぎた後に延びた年の当日であったかと思う。僕ら五人は夜、集まって百物語をしようという話になった。
僕はそこまで興味はなかったのだけれど、でも、参加しないと「臆病者」だとか罵られてしまうだろう。だから首は横に振らなかった。
こう言うと、僕は参加したくなさそうに見えて、それは、僕がほんとは、怖がりだから――、と思う人もいると思う。でも、まったくそういうことではなくて、怪談なんざ怖くないし、化け物なんているわけがない。
怖いとかそういうことじゃない。
問題はめんどうなことだ。百の物語を五人で語る。つまり、一人あたり二十の物語が必要だ。即席で二十の物語なんて語れるクリエイティビティは僕にはない。だから、あらかじめ作ったり、集めたりしなきゃいけない。
それがめんどうだと思ったから、参加したくないという、そういうわけだった。
「はぁ……」
深く溜息を吐く。
図書館には来た。百物語は明日。だから、今日中に集めておいたほうがいい。
ただ、僕はあまり本を読まないから、世にどんな話があるのか知らないし、知らない話の探した方も知らない。
結局、閉館間際まで粘ったけれど、あと二本、集められなかった。
【蠟燭はあと百本】
家に帰ってから、借りてきた本の写しを取った。取りながら、言い出しっぺのやつに電話した。
「なあ、おまえはもう物語集め終わったの?」
「物語……、ああね。バッチリだぜ! それより、明日、逃げんなよ?」
誰が逃げるかと思いつつ、僕は乱暴に電話を切った。
【蠟燭はあと百本】
寝る前に、家の本棚を漁ってみた。そのなかに「百物語」という本を見つけた。なんだ、最初からここから集めればよかったじゃないか、と思いながらページを開く。
「百物語総則。一、儀式には百の物語、百の蠟燭をあらかじめ……」
結局、「百物語」は百の物語を収録しているわけではなく、「百物語」という一つの話でしかなかったのだけれど、これで十九本の話が集まった。
一つ物語はあと一本必要だけれど、ひさしぶりに本を読んだせいか、とても眠くなってしまったので、僕はそのまま寝てしまった。
まあ、一つくらいなら即興でも作れるだろう。
【蠟燭はあと百本】
黴と埃で噎せ返りそうになる旧校舎。ここに僕ら五人は忍び込んでいた。
蠟燭を並べて、順々に火を点していく。
「いやぁ、壮観だなぁ」
すべてに火が点された。明かりを消すと、ゆらゆらと赤い火の玉だけが浮いていて、そこはもはや、現世ではなかった。しばらく見ていると、向こう側に吸い込まれそうになってしまうような気がした。
僕らはその蠟燭たちに囲まれるように円形に座った。
「じゃ、始めるか」
と、落ち着く間もなく言い出しっぺのやつが物語を始めた。
【蠟燭はあと九十九本】
「どうだったよ、俺の話は!」
「なげぇよ。もっと手短に話せ」
僕もまったく同意だ。話自体もなんだかつまらなかった上、部屋の暗さも相まって、僕なんてもう寝てしまいそうになってしまった。
「なんだ? そう言って。強がりかあ? ほんとうは怖かったんだろ!」
「ちげぇよ! 怖いわけないだろそんな話!」
「ほう? まあ、いいさ。とっておきはまだまだあるしな。ほら、次」
僕はコピーしてきた原稿を開いた……。
【蠟燭はあと四十九本】
やっと折り返しまで来た。僕は真面目に怪談を集めてきたというのに、ほかのやつらは笑い話とか、ドラマチックな話とか、なんだかまるで僕が馬鹿みたいじゃないか。
僕はまた一枚、原稿を燃やして、その火を吹き消す。
【蠟燭はあと四十八本】
「おまえはまた怪談かよ。辛気臭ぇなぁ」
「百物語ってそういうものだろうが!」
【蠟燭はあと六本】
――ふーっ。
【蠟燭はあと五本】
やっと最後の一巡だ。 順番はまた言い出しっぺのやつに戻ってきた。
始めてから何時間経ったのかはわからない。が、五、六時間は経ったのではないか、と思う。だから、残った五本の蠟燭も小学三年生の筆箱に入ってそうな鉛筆くらい短くなっていた。
「おい、早く始めろよ。蠟燭なくなっちまうぞ」
しかし、そいつは黙ったまま、なにも語り始めない。
「どうした? 最後だぞ?」
「おい、寝てんのか?」
すると、急に、
「あ、ああ……、違う! 違うんだ!」
ほう。随分、役に入り込んでるじゃないか。最後だから、気合いが入っているのかもしれない。
「お、おかしい! な、なんで、どうして残っているんだ!
「い、嫌だ……。そんな!
「お、おい! ひ、ひとり二十だよな?
「ちゃんと、おまえら、話したよな?
「俺はもう二十、ぜんぶ話したじゃないか!!」
――迫真の演技だ。
僕はこのときはまだそう思っていた。
明らかに容子はおかしいが、これは、十九しか話していないのに、二十話したじゃないかというメタ的な怪談をしているものだと思っていた。ひねってはいるけど、陳腐といえば陳腐だ。
【蠟燭はあと五本】
「あっ」
こいつが茶番劇をしている間に蠟燭がひとつ、消えてしまった。
「ああ、ああ。おい、早くしないから。点け直せよ……」
そのときだった。
「「ぐああああああああ!!!!」」
それは、この世のものとは思えぬ声だった。
「おいおい、役に身が入りすぎだろ……って……」
啞。
「い、嫌だ! 嫌だ! ああ、か、い、痛い!! いだぁい!!」
どろり。どろり。怒蠟㮚。
僕にはなにが起こっているのかわからなかった。
ああ、いや、言葉にはできるのだ。言葉には!
言葉にすれば、「そいつの身体がまさに蠟燭のように溶けていっている!」なのだ。
どろどろどろどろ。
顔面は波打ち雪崩れて、両肩はズレ落ち、胴は脇腹を潰すようにくの字に曲がって、脚はぐにゃぐにゃになってひしげていく。
僕らはもうどうしようもなく、ただただ、見ていることしかできなかった。
断末魔のような号哭もなくなって、それはもう、人の形はしていなかった。
そして、それがもとの半分くらいになってしまったときに、ぼおっと燃え上がった。
【蠟燭はあと四本】』
――ふーっ!
蠟燭が吹き消された。
やけにリアルな話で、というか、モデルがまんま僕たちだったし、思わずぞっとしてしまった。
「おい、ここに来てまだそんな隠し玉取っておいたのかよ」
「へへへ。なんなら、この話をしたいがために百物語を開催したまである!」
「正直、いまのにはぞっとしたぜ」
そうか。こいつの話はどれもつまらなかったのは、たぶん、この話以外、適当に選んだか、作ってきたからか。
ただ、それを差し引いても、いまの話は、ここまでで一番の出来だったのではないかと僕も思う。
「お、そうか? 渾身の作だったからな! ま、蠟燭もお話通り短くなってきてるし、早くやっちまおうぜ。ほら、次」
「うん。じゃあ、始める」
【蠟燭はあと四本】
僕は最後の原稿を取り出そうと思ったが――、そうだった。二十個めはアドリブにしようと思っていたのだった。
「あ、啞ー。―――――」
啞?
「あ、啞、啞啞……」
お、おかしい。
『一. 儀式には百の物語、百の蠟燭をあらかじめ用意しなければならない。』
なぜだ? な、なにも思いつかない。
「啞、アァ……」
身体が、身体が! 熱い、熱くなる!
『二. 語り人は物語り、その終りに一挺の蠟燭の焔で物語を燃やさなければならない。』
どろり……。
【蠟燭はあと三本】
蠟燭はあと……、 菟月 衒輝 @Togetsu_Genki
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