廃ダンジョンにお引っ越し

 フォレストウルフが目を覚ましたのは、あれからすぐのことだった。

 もう死ぬんだと覚悟して、目を閉じたフォレストウルフは、野宿していた人間が猪を焼いていた時の香りに釣られて目を覚ましたのだ。


「お。よう起きたな」


「人間。俺を助けたのか」


「まあな」


「お前、人間なのに。俺の言葉が分かるのか」


「子供の頃からの特技でね。おかげさまで昔は変な目で見られたもんさ」


 目を覚ましたフォレストウルフと話しながら、自分を挟むようにして眠ってしまったアオとルージュを撫でると、シルバは前に置いていた肉をフォレストウルフに差し出す。


「助けてくれた事には礼を言う。だが、人間の施しは受けん」


「そうか。じゃあそっちの猪の死体どっかに捨ててきてくれんか? 誇り高い狼だ。命の恩人のささやかな願いくらいは聞いてくれるだろ?」


「っち。人間はこれだから嫌いだ。まあ分かったそういう事なら捨ててきてやる」


 そういうと、フォレストウルフは立ち上がり猪の死骸を引きずりながら森の奥へと消えていった。

 

 それから程なくして、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。

 どうやら仲間を集めているようだ。


 こうして、狼が猪の亡骸と共に消えたあと、シルバはバックパックを背負うと野生を忘れたスライム二匹を抱えて、夜風を避けるために廃ダンジョンへと向かい、一夜を明かした。


「ご主人おはよ〜」


「おう、おはよう。ああ〜腰イテェ」


 アオの言葉で目を覚まし、まだ寝ているルージュを起こすと、シルバはバックパックから乾パンを取り出して、水魔法で作り出した水球で喉を潤してから口に放り込んだ。


「さて、角兎狩ったら帰るか」


「はーい」


 簡単な朝食を終え、スライムたちにそう言って立ち上がったシルバは、昨日受けた依頼を遂行するために、廃ダンジョンから出て森へ向かう。

 

 崖が緩やかになっている場所まで歩き、上へ向かってしばらく森を彷徨っていると「あっちになんかいる〜」と、アオとルージュが同時に言う。


「兎ならいいんだけどなあ」


 警戒しながら前進し、藪を掻き分けていくシルバたち。

 すると、昨日助けた個体ではないフォレストウルフと遭遇する事になってしまった。

 そのフォレストウルフは直ぐにシルバたちの気配を感じ、シルバたちを睨むが、襲ってくる気配はなく。

 シルバを見て尻尾を振っていた。


「この匂い。ボスに着いてた人間の匂いだな。お前ボスが言ってた人間か。ありがとう、昨日の猪美味かったぜ」


 昨夜助けたフォレストウルフに比べると、ひと回りほど小さなその狼の言葉に、シルバもスライムたちも警戒を解くと、フォレストウルフに近づいていく。


「群れのボスだったのか。どうりでデカいはずだ。そのボスはどうした?」


「今日は巣で寝てるぜ?」


「そうか。そうだ、この辺りで角兎を見なかったか? 一羽狩りたいんだけど」

 

「角兎か。分かった、ついてこいよ縄張りまで案内してやる」


「おおありがてえ。よろしく頼むぜ」


「本当にこうやって話が出来る人間がいるんだなあ。他のやつなんて問答無用で襲いかかってくるのに」


「魔物と会話できる奴って少ないし、それを他の奴に言えば変人扱いされるからなあ」


 若い狼の案内で、話をしながら歩き始めたシルバたち。

 その日はその狼の助けもあって角兎は絶好調。

 本来なら一羽の狩猟で依頼は達成だったが、もう三羽ほど余分に狩猟すると、一羽を案内してくれた狼に渡し、シルバは町に帰還した。


 この日から、森での簡単な討伐依頼はフォレストウルフたちの協力で楽に達成できるようになる。

 フォレストウルフの方も、人間を襲う個体が減ったことで、討伐対象から外れていった。


 そんなある日のこと、シルバは冒険者ギルドを訪れた際に同業が噂話をしているのを聞く。


「ようシルバ。最近森でとんでもない奴が出没するって話、聞いたか?」


「とんでもない奴?」


「ああ、なんでもフォレストウルフの群れを操って他の魔物たちを狩っている奴がいるって話だ」


 顔見知りの青年が言うにはその群れを操っている人間は、狼たちと森に住む凶悪な魔物すら狩り、盗賊すらも倒しているという話だった。


「お前もちょくちょく行ってる森の奥の方で見たらしいぜ? だからお前も気を付けろよ? 死にたくなかったらな」


 それだけ言って、知人の青年は仲間たちとギルドを出てその日の依頼のためにどこかへと向かっていった。


「う〜ん。物騒なやつがいるなあ。群れを操っているって事は腕のたつテイマーか? そんな奴この町にはいないしなあ」


 噂になっているのが自分と知らず、シルバは荷物を背負っていつもの森に向かっていく。

 目的地は廃ダンジョン。

 討伐依頼を受けた際の拠点に丁度良いため、生活用品を持ち込む事にしたのだ。


 なんならこの日から宿代が掛からないと言う理由で、シルバは廃ダンジョンで暮らし始めることになる。

 町を拠点にして依頼を受け、森に向かうと言うルーティンを、廃ダンジョンを拠点にして町で受けた依頼をこなして金を稼ぎ、ダンジョンに帰るという生活を送ることになっていくのだった。

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