第6話
私は、彼に国家命令として留学を申し付けた。
行先は
言わずと知れた西洋音楽の
しかし——
「全く、ふざけた奴ですよ」
命令書を交付するために彼に会いに行った部下達は、ぷりぷりと怒りながら戻ってきた。
報告によると、命令書を受け取った彼は喜ぶどころか表情を曇らせてこう言ったという。
「体調があまり優れないもので……
できれば見送らせていただきたいのですが」
無論、そんなことは許されない。
「国家予算を使ってまで勉強させてやろうと言うのに……まったくやる気というものが感じられません」
鼻息も荒く、部下は憤っていた。
「まあまあ諸君、落ち着きたまえ」
その場では彼らを宥めたものの、私は内心、さもありなん、とほくそ笑んでいた。
この頃、作曲家として脂が乗った時期を迎えていた彼は、もしここで留学してしまえば、その間日本で曲を発表できない。
今、彼の中には、自分が国民から忘れられてしまう怖さがあるはずだ。
加えて、その頃の
見るからに虚弱体質で己もそれを自覚している彼が、返事を渋ることは十分予想できていた。
その後も留学を断り続けていた彼だったが、
いつまでも我儘を通すことは出来なかった。
文部省と良好な関係を保ちたい音楽学校側や家族親族から、何故行かないのかと散々責め立てられ、辞令交付から一年後、彼はようやく重たい腰を上げた。
そして、多くの人に見送られながら横浜港を出航して行った。
やっとだ。
ようやく私は、権力で彼の首根っこを押さえつけ、
こんなに嬉しいことはない。
我が文部省の目の上の瘤がぽろりと取れた上、個人的な恨みも晴らし、己の溜飲を下げられたのだから。
正に気分は上々だった。
私が、彼の訃報に触れたのは、それから2年とちょっとを過ぎた頃だった——
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