第5話
面会を終えた私の胸には、妙な感情が渦巻いていた。敬意、羨望、そして何とも言えない悔しさ。それが私の闘争心を駆り立てていた。
なんだ、あのような素晴らしい曲を作るのは一体どんな人間だろうと思えば、何ら自分達と変わらない、ただの人ではないか。
どころか、見た目はなよっとした病弱で、謙虚なばかり。
男ぶりであれば、俺や岡野君の方がより優れている。
その上、肝心の音楽だって、学校にはさらに上が居るというではないか。
出来る。あのような若造の出来ることであれば、私にだって簡単にできる!
一時は涙まで流したものだが、冷静になって分解してみれば、彼の曲も、単純明快なリズムに、西洋風の旋律、それにただ、易しい詩がのせられているだけのこと。
私は、物差しでノートに五線譜を引いたのをたくさんつくり、張り切って制作に勤しんだ。
しかし、書けども書けども駄作ばかりで一向に成果は上がらないのだった。
「どうしたんだ櫻井君、何だかひどくやつれているようだが」
ある日食堂で、たまたま出くわした岡野が心配そうに私に尋ねた。
この4月、彼は別の部署に異動になっていたから、久しぶりの再会だった。
「いや、あの件で」
「おおそうか、君はまだあそこにいるんだったな。その後どうだい?上手くいっているのか」
「まあ、見ての通りさ。
悔しいよ、あんな若造でも出来るのに、一体なぜ」
「何だって?ばかをいっちゃいけない。
櫻井よ、あの男は天才だ。我々のような凡才が敵う相手ではない。
だから僕は進言したのだ。君らのところも、はやく自分達で作るなんてバカな真似はやめて、彼のような人物を育てていくよう、方針転換すべきだと」
そう、彼はあの日の以来、曲づくりをすっかり辞めてしまっていた。
その態度をやる気がないと見なされ、この春、部署異動になったのだった。
私は、岡野の言葉に腹を立てた。
誰が凡才だと?
くそ、負け犬の遠吠えもいいところだ!!
ますます意固地になった私は、さらに曲づくりに熱中した。何としても名曲を生み出し、上司を、岡野を、そしてあの男を見返してやる。
しかし、そうやってようやく上司に認められた曲さえ、教育現場では殆ど使われることもなく、ただ作っただけに終わった。
結局、私のものも含めて文部省の作った曲の普及は芳しくなく、岡野の言ったとおり、「日本に才能ある作曲家を育てる」という方針に転換した。
そして、その責任者は、皮肉なことに、曲作りへの頑張りが認められた私に決まった。
その間にも、あいつは次々と流行曲を発表していって、私は俄然面白くなかった。
だから。
その思いつきに、少しの悪意もなかったかと言えば、それは全くの嘘になる。
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