第4話

 「どうも、初めまして。」

 風琴オルガンの前に立つ青年は、端正な動作で深々と会釈をした。肌は透けるように白く華奢で、まるで嫋やかな乙女のよう。

その雰囲気に、なるほど、女学生が熱を上げるという噂も頷ける――そんな印象だった。


 私の気持ちは一気に昂った。

 挨拶もそこそこに、私は準備していた質問を次々と投げかけた。


「いつから、音楽をはじめたのか」

「音楽をするうえでの心構えとは」

「どうしたら、そのような曲が作れるのか、何か秘訣のようなものがあるのか」


「秘訣、でございますか」

 彼は、困ったように頭をかいた。


「お役人様にそう仰られましても……

 そうですね、秘訣というものはありません。

 何と言いますか……突然の閃きがある時もあれば、数日間ずっとオルガンの前で頭を抱えていることだってあるのです」


「それでも何か__!」


「まあまあ櫻井君、少し落ち着きたまえよ。ところで君、滝君といったかな……」


 岡野君が、なお食い下がろうとする私を制して、当たり障りのない質問を始めた。

 岡野君の質問に、彼は礼儀正しく返答をした。


「ええ、音楽などは女のするものだと、この道に進むことを、父からはずっと反対されていました。

 しかし、義兄の応援や、天長節での演奏のお披露目の機会を頂き、ようやく父に認めてもらうことが出来ました。以来ここで勉強をしています。

 師匠ですか?はい、幸運にも、あの幸田先生に師事させてもらっております」


「ええ、さきほども言いましたが、作曲には、うまくいく時といかない時があります。

 才能の問題だと思います。

 ここには、私よりはるかに優れた演奏をし、曲を作る方がいらっしゃいますから。

 その方ですか?ええ、幸田先生のご息女で、今は独逸ドイツへ渡ってらっしゃいます」


「そうですね。

 私も、海を渡ってみたい気もしますが、何分身体があまり丈夫ではないもので」


 そういって彼は、最初の挨拶の時と同じように、白い頬を赤くして、はにかみ笑いをするのだった。

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