第3話
ある日のこと、岡野が提案してきた。
「なあ櫻井君、彼に一度会ってみないか?
何とかして作曲のコツを聞き出してやろうじゃないか」
私は一も二もなくその提案に飛びついた。
この素晴らしい曲を作ったのはどんな人間か、何を考え、どういう生活をしているのか、是非とも知りたい。
その時の私はすっかり彼の虜となっており、私の中で彼は最早、神格化されていた。
伝手を辿って面会日程を決めるのは岡野くんに任せることとし、私はその日を心待ちにしていた。
と同時に、「花」「メヌエット」「四季」など、彼の譜面を探して買い漁り、家内に請うて弾いてもらった。
「あらあら、困ったひとね」
家内は半ば呆れながらも、美しいその旋律を、幾度も繰り返し聞かせてくれるのだった。
そしてとうとう、念願のその日がやってきた。
「彼は今、専修部2年にいる。十五の時からここで学んでいる秀才様だ」
東京音大に向かう道すがら、岡野は得た情報を次々と語った。
「なかなかの色男らしいぞ。テニスもやっていて、試合の日には女学生の黄色い声援が絶えないらしい」
「へえ、そうか」
私は適当に相槌を打ちながらも、心は逸るばかりだった。
外見などどうでもよかった。私はただ一刻も早く彼に会いたかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます