第3話

 ある日のこと、岡野が提案してきた。


「なあ櫻井君、彼に一度会ってみないか?

何とかして作曲のコツを聞き出してやろうじゃないか」


 私は一も二もなくその提案に飛びついた。

 この素晴らしい曲を作ったのはどんな人間か、何を考え、どういう生活をしているのか、是非とも知りたい。

 その時の私はすっかり彼の虜となっており、私の中で彼は最早、神格化されていた。


 伝手を辿って面会日程を決めるのは岡野くんに任せることとし、私はその日を心待ちにしていた。

 と同時に、「花」「メヌエット」「四季」など、彼の譜面を探して買い漁り、家内に請うて弾いてもらった。

 「あらあら、困ったひとね」

 家内は半ば呆れながらも、美しいその旋律を、幾度も繰り返し聞かせてくれるのだった。



 そしてとうとう、念願のその日がやってきた。


「彼は今、専修部2年にいる。十五の時からここで学んでいる秀才様だ」

 東京音大に向かう道すがら、岡野は得た情報を次々と語った。


「なかなかの色男らしいぞ。テニスもやっていて、試合の日には女学生の黄色い声援が絶えないらしい」


「へえ、そうか」


私は適当に相槌を打ちながらも、心は逸るばかりだった。

外見などどうでもよかった。私はただ一刻も早く彼に会いたかったのだ。


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