第2話

 時は明治。


 みるみる西洋の技術や知識が流入し、商業と工業は急激な発展を遂げた、活力えねるぎぃに満ちた時代。

 文明開化の真っただ中、西洋文化と日本文化が混ざり合い、混沌とした世相を呈していた。

 石炭で走る汽車には早くも飽きがきたころ、上野浅草に建てられた高層ビル「凌雲閣」に、人を上下に運ぶ機械――「えれべぇたあ」の登場が巷の話題をさらっていた。


 文部省の官吏となり三年目の私は、立身出世に燃えていた。

 当時、政府には児童教育にも西洋文化を取り入れ、国家の礎となる人材を育んでいこうとする大きな潮流があった。

 幼児教育課に配属された私もまた、時代の潮流に乗らんと、上司に向かって主張した。


「将来、大日本帝国を背負う子どもたちの童歌には、やはり、新しい西洋の音楽を取り入れるべきであります!」

 滾るような情熱をもって語った私の提案はすんなり通り、私を含めた若手の一団が、唱歌の作成を担当することになった。


 同期のライバルたちに負けられない。

 私は早速、シューベルトやモーツァルトといった西洋の旋律メロディラインを学びつつ、楽曲の制作に取りかかった。


 が、現実は厳しかった。


「なんだこの軟弱な詩は。

こんな、花がきれいだとか、ちょうちょが愛らしいだの、国家の礎となる日本男児につまらんことを歌わせられるか!」


「櫻井君、これでは堅苦しすぎる。まるで軍歌だよ。もう少し童歌らしく楽しいものにできないかね?」


「話にならぬな。こんなものを出せば文部省は笑いものだ。子どもに歌わせる詩には、陛下への尊敬や国家の掲揚を、当然盛り込むべきであろう」

 

 上司たちは、我々が作った曲を三者三様の理由で却下し続けた。


 西洋の軽妙さを入れれば軟弱だと言われ、堅実に作ればつまらないと言われる。

 一体どうしろというのだ!


 煮詰まる私たちを前に、同期の岡野がある提案を持ちかけてきた。


「なあ櫻井よ、今、巷で流行っている曲なんだが…知ってるか?」


 なんでも、東京音大に在籍する学生が作った曲らしい。岡野の姪が通う女学校で、皆が口ずさむほど人気だという。


 私は早速、岡野から借りた楽譜を家に持ち帰り、家内にピアノで弾かせてみた。

 それを聴いた瞬間、私は衝撃を受けた。


 西洋クラシックのリズムを取り入れつつも、物悲しい情緒や湿った情感は紛れもなく日本のもの。

 「荒城の月」という題名とメロディ、詩が絶妙に調和し、閉じたまぶたの裏に浮かぶのは、かつての勝利に酔いしれる武将たちの姿と、いま荒れ果てた城の景色。


 「荒城の月」は私の心を深く揺さぶった。

 気がつけば、私は滂沱ぼうだのごとく涙を流していて、家内に笑われてしまった。

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