6.ゴルファー桃太郎 ≪前編≫

 とある土曜日。私立希生きおい大学の敷地内は人影がまばらであったが、そんななか茂良野もらのけいは午後から小規模な教室へ呼び出されていた。


 到着する頃には、すでに友人の鳥井とりい千亜紀ちあき安室あむろはる倉石くらいし祐希ゆうき、そしてキャンが教卓の辺りに集まっていた。

 その中心では祐希が何やら大きな茶封筒を抱えているのが遠目からでもわかり、恵の到着に気付くとみなに向かって話し始めた。



「よし、全員そろったな。休日にもかかわらずみなに集まってもらったのは他でもない、急ぎ手伝って欲しい案件が生じたからだ」



 そうして祐希は、茶封筒から画用紙の束を取り出した。



「明日学友会が参加するイベントで、子供相手に紙芝居を読み聞かせることになっているんだが…会のメンバーで一世一代の傑作けっさくをギリギリまで追求し続けた結果、俺以外は全員精魂せいこん尽き果ててぶっ倒れちまったんだ」


『尋常じゃない気合の入れ方してんな…大丈夫なのかよ』


「一応明日には復活予定だが、肝心かんじんのリハーサルが出来できなくてな…そこでみなにその代役を依頼したいと思い立ったわけだ。気心の知れた学友として、感想やら修正点やら忌憚きたんのない意見ももらえればなお助かる」



 恵には子供相手のイベントでそこまで突き詰める必要性を共感出来できなかったが、紙芝居のリハーサルという手伝いは快諾した。千亜紀や春も同様であり、やたらと気合が入っているように見えた。



「よっしゃ、そうと決まれば早速さっそく始めようぜ!」


御礼おれいとして1週間以内に飯をおごってね」


わかったわかった。それじゃあ配役を俺の独断と偏見で決めていくからな」



 紙芝居の題目は《桃太郎》だった。配役は恵が桃太郎、千亜紀が犬、春がきじ、祐希が猿兼ナレーション、キャンが鬼となり、間もなくしてリハーサルは開始された。




【昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしていました】



 恵はその語りの出だしに耳を傾け懐かしみながら、みずからも画用紙の裏面に記載された台詞せりふを目で追っていた。



【おじいさんは毎朝、山へ芝刈りに行きます】



——あれ、《芝》の漢字間違ってないか? 刈るのは《柴》だよな…?



【早朝からグリーンの芝刈りに精を出すおじいさんは、山奥にある《桃山ゴルフ倶楽部くらぶ》の貴重なシルバー人材です】


『おいおいおい!? ちょっと待てよなんだこの話!?』



 だがいきなりまったく知らない《桃太郎》の物語へと変貌へんぼうし、恵は思わずストップをかけた。他方で制作者の1人である祐希は、平然とした顔で振り向いていた。



「どうした恵。だ3行しか読んでないが、何か変なところがあったか?」


『何かって…なんで《桃太郎》にゴルフの話が出てくるんだよ!?』


「オリジナリティってやつだよ。今時の子供相手に普通の《桃太郎》がウケるわけないからな。取りえず最後まで通しでやらせてくれ」


『子供にゴルフの話が通じるとは思えねぇが…まぁ仕方ねぇ、リハーサルでやってるわけだしな…』



 祐希の要請もあり、恵は自分を納得させるように言い聞かせて紙芝居へと戻った。しばらく続く祐希によるナレーションが再開されていた。



【おばあさんは毎朝、ドラム式洗濯機を回しながらゴルフ中継を観て虎森とらもり選手を応援しています】



——もう全然昔の話ですらねぇなこれ!? あと虎森とらもり選手って誰だよ!?



【すると宅配便が届きました。大きな箱の中身は、ふるさと納税の返礼品である桃の詰め合わせでした】



——紙芝居でふるさと納税の要素る!?



【しかし箱を開けると驚くことに、大量の桃に紛れて赤ん坊が眠っていました。おばあさんはその子を桃太郎と名付けて、大切に育てることにしました】



——桃太郎、宅配便に紛れて届いちゃったの!? 日本昔話の奥ゆかしさがもう皆無かいむじゃねぇか!?



【それから15年の月日が経ち、すくすくと育った桃太郎は鬼退治に出立するのでした】



 原作の原型がすでに崩れ去っているかのようで戸惑いを隠せない恵だったが、間もなくして担当する桃太郎の台詞せりふが回ってきたので、なんとか気持ちを切り替えて朗読することに努めた。



『おじいさん、おばあさん、僕はこれから鬼退治に行ってきます』


【すると、桃太郎の背後から犬が近寄って来て言いました】


「おい桃太郎、いつまでじいさんばあさんの墓の前でしみったれてんだぁ。さっさと行くぞぉ」


『ええええ!? おじいさんおばあさん亡くなってるのかよ!?』



 驚愕きょうがくのあまり声を荒げた恵は、またしてもリハーサルを中断させていた。これには流石さすがの祐希も、少し苛立いらだったように恵をとがめた。



「頼むよ恵、まず通しでやるって流れなんだから台詞せりふに無い発言は自重じちょうしてくれ」


『ああ…悪かったすまん、気を付けるわ』



 千亜紀も春も恵に対してやかましいと言わんばかりの視線を投げ掛けていたため、恵は大人しく役柄に戻ることにした。ツッコみたい点は山ほどあったが、内心でき散らして消化させることにした。


 紙芝居が再開されると、犬役の千亜紀が渋い声音を作って演じた。



「まぁ、おまえには同情するけどなぁ。じいさんはおまえがだ幼い頃、早朝勤務の最中さなかに客の鬼どもが放った打球が脳天に直撃してっちまった…鬼どもが予定より早くスタートしやがったせいで整備が間に合わず、その人力を逸脱した打球の飛距離も予測出来できなかったんだよなぁ。だが当時はもうゴルフ場の経営は鬼に乗っ取られていて、労災申請すら反故ほごにされちまってなぁ…本当に悔やんでも悔やみきれねぇぜ」



——設定がニッチ過ぎる…なんでおじいさんが鬼に命を奪われる構図を作っちゃうんだよ!?



ばあさんはじいさんがって以来、鬼が牛耳ぎゅうじるようになったゴルフ界隈かいわい一矢いっしむくいるためのボール作りに没入するようになってなぁ…おまえがすこやかに育つ裏で血眼ちまなこになって研究に打ち込む後ろ姿を、俺は瀬無せない気持ちでながめる他なかったんだよなぁ」



——おばあさんの壊れ方が怖すぎる!? あとこの犬いつから同居してたんだよ!? 相当な老犬なんじゃねぇのか!?



「だがばあさんがおのれの命を削ってこしらえた究極の超反発ボール…その名も《KIBI-DANGO》! これさえあれば、鬼どもに比肩ひけんする飛距離をおまえでも実現出来できるはずだ! さぁ今こそ鬼どもの手からかつての《桃山ゴルフ倶楽部くらぶ》を取り戻すため、奴等やつらが居座る《鬼ヶ島カンツリークラブ》へ討ち入るときだ! 桃太郎!!」



——黍団子きびだんごをゴルフボールにすんなよ!? そんな重い設定のボール使いづらいわ!! なんか鬼ヶ島という名のゴルフ場に特攻する話になってるし…ああそうだ台詞せりふも言わないといけないし…!



『待っていろにくき鬼どもめ!! おじいさんとおばあさんの命を奪ったこと、いては人々からゴルフというレジャーを奪ったことを悶絶もんぜつするほど後悔させてやる!!』



——紙芝居の主人公に何言わせてんだ!? そしてこいつに何させる気なんだよ!? もうこれ以上風呂敷を広げるのは勘弁してくれよ!?



【こうして意気揚々と桃太郎が犬を連れて出発すると、途中で猿が現れて話し掛けてきました】


「おまえさん…鬼ヶ島に行くつもりか? 悪いことは言わんからやめておけ…後続の鬼の客からしつこくあおられて挙句あげく打ち込まれるだけだ」



——ほらもう、鬼退治に行くはずなのにゴルフ場のトラブルの話にしかならないじゃねぇかよ。と、台詞せりふ台詞せりふ…。



貴方あなたは一体何者なんだ?』


「俺か? 俺は…プロゴルファーだった猿だ」



——プロゴルファーだった猿!? いいのかよそんな危ない設定持ち出して!?



「これでもかつては人間と渡り合える腕前だったんだが、鬼どものプレースタイルに淘汰とうたされてしまってな…どうにかあらがおうにも寄る年波としなみに腰や首を痛めて、ズルズルとリタイアしていったわけだ。まったく情けない話よ…ん? おまえが腰に付けているそれは…うわさに聞いていた超反発球《KIBI-DANGO》か!?」



——そこで《お腰に付けた黍団子きびだんご》をしれっと再現してくるのかよ!?



「そうか完成していたのか…これさえあれば俺ももう一度、あの忌々いまいましい鬼どもにあらがえるかもしれない。頼む桃太郎、その《KIBI-DANGO》を俺に分けてくれ…!」


『ああ、勿論もちろんだ。共に鬼と戦おう、プロゴルファーだった猿!』



——その呼称何とかならねぇのか!? てかこいつもけてるみたいだけど仲間の設定マジでどうなってんだよ!?



【プロゴルファーだった猿を仲間にした桃太郎は更にけわしい山道を進んでいると、目の前にきじが通りかかりました】


「あら? あんたがお腰に付けてはるんは…あの超反発球《KIBI-DANGO》なんか?」



——なんで関西なまりっぽい口調なんだ…てかきじもまた原作通り《お腰に付けた黍団子きびだんご》に食い付く展開なのか?



「ほならやっぱりあんたやったんか…うちらの住処すみかに何度も何度もそいつを打ち込んできはったんは!! まったくどれだけ迷惑してきたと思てんねん!? 怪我した子も仰山ぎょうさんおったんやで!?」



——って滅茶苦茶めちゃくちゃ根に持たれてるじゃねぇか!? こいつどこに打ち込むかも知らずに練習してたのかよ!?



*****


 きじから思わぬヘイトを買っていた桃太郎の運命や如何いかに? 後編へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る