5.人生ゲーム(闇) ≪後編≫

 千亜紀ちあきが格言めいたことを声高に唱えると、その勢いのまま3巡目に入った。



【千亜紀 は専務の着ているスーツにクリーニングのタグが付いたままになっていることに気付いた! どうする?】


「俺の選択は…《釣り糸を垂らす》!」



【千亜紀 は釣り糸を垂らし、専務に気付かれないようにタグを引きがすことに成功した! +300ポイント】


「よっしゃあ! これでプラマイゼロだ!」


『おまえはなんでさっきから曲芸師みたいになってんだよ!?』



はる人出ひとでの多い道で通りすがりの何者かに財布をられてしまった! どうする?】


「じゃあ、《玉葱たまねぎを切る》で」



【春 が玉葱たまねぎを切ったことで硫化りゅうかアリル成分が拡散され、泥棒の視界を奪い足止めすることに成功した! +300ポイント】


『いや催涙さいるいガスいたみたいになってんじゃねぇか!? その玉葱たまねぎヤバすぎるだろ!? あと他の通行人にも間違いなく被害出てるだろこれ!?』


「恵、そんなこと気にしてる場合じゃないよ。もう恵のターン始まってるからカード引かないと」



 春に冷静に切り返された恵は、お題を見るより先に慌てて《らいふカード》を引いた。下手へたを打てば《社会的な死》が待つ3巡目、カードには《冷蔵庫に入る》と書かれていた。



けい は飲食店勤務で深夜のワンオペシフトを入れられてしまった! どうする?】



 その次なるお題に対して手札の選択肢は、これに加えて《大の字になる》《醤油しょうゆめる》《フライパンを振り回す》だった。



——うわあああ!? 何をどう足掻あがいてもバイトテロみたいな展開にしかなりやしねぇ!! 本当に社会的に死ぬじゃねぇか!?



 初めて恋愛沙汰ざたでないお題が出てきたものの、恵はすっかり困窮こんきゅうしていた。その横顔を見ながら、春がぽつりと補足を加えてきた。



ちなみにタイムオーバーになるとその時点で-500ポイントになるから、それはそれで社会的に死ぬことになるよ」


『マジかよ!? なぁこれ手札を一括でリセットするとか救済策みたいなのないのか!?』


「ねぇよ。与えられた手札で人生を選択する。適切なタイミングで何も選択出来できない奴は必然的に敗北者となる…それこそが人生という名のゲームだからな!!」


『ゲームのくせに理不尽さと世知辛さが半端ないんだけど!?』


「いわずもがな、これはゲームという名の人生でもある! さぁ恵よ、決断を下せ!!」



 千亜紀に滅茶苦茶めちゃくちゃな理論であおられ、恵は半ばやけくそになりながらカードを選択せざるを得なかった。端末にスキャンさせたのは、《フライパンを振り回す》だった。



【恵 はフライパンを振り回して夜分に襲来した強盗を撃退し、深夜のワンオペという仕組みを廃止させた! +1,000ポイント】


『うおおお!? なんか唐突とうとつに湧いて出た強盗のおかげで助かった!?』



 確実に何らかの刑事沙汰ざたになるだろうと身構えていた恵だったが、AIの思わぬ解釈により《らいふポイント》も1,500に回復した。その得点の高さに、千亜紀と春は目を丸くしていた。



「ここで4桁得点…とんでもねぇ起死回生を見せてくれるじゃねぇか!」


「恵よかったね、人生ゲームでようやく初の成功体験だ」


『とても成功したとは思えないし全然何も喜べねぇんだけど』


「ふん、だがゲームはまだまだこれからだぜ! 4巡目行くぞ!!」



【千亜紀 はデスクワーク中に顧客からクレームの電話を受けてしまった! どうする?】


「よしこれだ! 《身代わりを使う》!!」



【千亜紀 は身代わりを使って逃走したが、身代わりはしゃべれなかったので更に顧客の怒りを買ってしまった! -800ポイント】


「ば、馬鹿な!? 変装は完璧だったはずでは!?」


『見た目だけり替わってたらそりゃそうなるだろ!?』



【春 は高速道路の運転中に覆面ふくめんパトカーに目を付けられてしまった!どうする?】


「どうしようかな…じゃあ《鹿煎餅しかせんべいを差し出す》で」



【春 が鹿煎餅しかせんべいを差し出したことで大量発生した鹿が道路をふさぎ、覆面ふくめんパトカーの追跡からのがれることが出来できた! +500ポイント】


『いや鹿煎餅しかせんべいは鹿を召喚するアイテムじゃねぇから!? てかおまえを中心に世界が回り過ぎだろ!?』



 何故なぜか春には結果オーライな展開が続くことに恵は納得がいかなかったが、のんびりもしていられずカードを引きながら自分のお題を確認した。



【恵 はオフィスで発生した火災現場にひとり取り残されてしまった! どうする?】



——今度は極端に絶体絶命な展開だな…新たに引いた選択肢は《オタ芸を踊る》…自暴自棄じぼうじきでしかねぇじゃねぇか!? だとしたら使えるのは…《冷蔵庫に入る》とか?



【恵 は冷蔵庫に入ることで火の手から逃れた! +700ポイント】


『ここに来て真っ当な解釈してきたな!? 本当にそれで助かるのか知らねぇけど!?』



 こうして白熱した人生ゲームも、愈々いよいよ最後の5巡目を迎えた。


 現時点の《らいふポイント》は、千亜紀が1,200、春が3,600、恵が2,200とそれぞれの差が拡大していた。最下位に落ちてしまった千亜紀は、うらめしそうに春と恵をにらみ付けた。



畜生ちくしょうめ…おまえら手札のめぐり合わせが相当良いようだな…!」


「そうだね。日頃の行いの差ってやつだね」


『いや完全にゲームのAIに振り回されてるだけなんだが…?』


「だが浮かれているのも今の内だ…俺は最後の選択肢にすべてを賭ける!!」



【千亜紀 は仕事中、重い荷物を降ろそうと腰を落とした拍子にスラックスが股下またしたから大きく裂けてしまった! どうする?】


「ぐっ!? 最後の最後でなんというピンチだ…いや、俺はその逆境にあらがって見せる! 行け! 《花火を打ち上げる》!!」



【千亜紀 は花火を打ち上げたが、職場を混乱させたことを怒られた上に周囲の注目を集め、下着と内腿うちももさらしてしまった! -1,500ポイント】


「ぐああああ!? まさかの大幅減点…だと…!?」



 まさかの大誤算をかましてしまった千亜紀は、悲鳴と共に椅子から転げ落ちた。



『そりゃあそうなるだろ…なんでそれで行けると思ったんだよ』


みんなが花火に夢中になっている間にこっそりその場を離れて穿き替える…みたいな展開だって可能性あっただろ!?」


『まぁこのゲームのことだから無きにしもあらずだろうが…でも普通に考えて、仕事中に近くで花火が上がったとしても見惚みとれたりはしないだろ』


【千亜紀 の《らいふポイント》-300。千亜紀 は社会的に死んでしまった!】


『いや本当に端末でそういう表示出て来るのかよ!?』



 そのとき教室の扉が勢いよく開き、他に誰もいなかった空間に何者かが足を踏み入れた。


 派手ながらのシャツに銀色のスーツをまとい、黒地のサングラスをかけて茶髪をガチガチに固めたその風貌ふうぼうは、えてたとえるならヤクザのようであった。



「おうおう鳥井とりいさんよぉ、社会的に死んでしまうとは情けないやないか」


『いやその声は祐希ゆうきじゃねぇか!? いきなり何なんだよそのキャラは!?』



 その声質からヤクザ風の男の正体が友人の倉石くらいし祐希であると認識した恵だったが、祐希はまるで聞いていないようで、そのまま近寄って千亜紀の胸座むなぐらつかんだ。



「色々上手うまぁくやっとったみたいやけどなぁ、上司のヅラいだり顧客のクレーム対応に張りぼてましたり、挙げ句職場に花火ぶちけて汚い下半身さらすたぁ、シバかれても文句は言えへんやろなぁ?」


『やってること全部しょうもないけどな!? もっとヤバいこと仕出しでかしても平然としてる奴いるけどな!?』


「お、おいやめろ! 一体何をする気だ!?」



 恫喝どうかつされた千亜紀は必死に藻掻もがいて抵抗したが、祐希に片脚をつかまれるとそのまま強引に引きられて教室の外へと連れていかれてしまった。



「ほな行こか。しばらくシャバとはお別れやけど俺をうらむんやないで。うらむならそないな選択をした自分と、そないな選択肢を寄越よこした神をうらむんやな」


「い、嫌だぁ! 助けてくれぇぇぇ!!」



 確実に迷惑になるであろう千亜紀の断末魔が廊下に響いたが、扉がまた勢いよく閉められてシャットアウトされた。

 

 静まり返った教室の中で、恵は嵐のような茶番を茫然ぼうぜんながめているしかなかった。



「それじゃあ気を取り直して、僕らも最後のターンやっちゃおうか」



 春は何事もなかったかのようにゲームを続けようとしていたが、恵にはもうこれ以上相手をする気力は残っていなかった。



『…いや、いいよ。もう春の勝ちで。おまえにはどうやっても勝てる気がしねぇよ』


「そう? じゃあ遠慮なくそうさせてもらうよ。もう昼休みも時間少ないしね」



 すると再び教室のドアが開き、別の人物が入ってきた。


 黒いTシャツとゴーグルのような眼鏡めがねをかけた大柄なその男は、紛れもなくキャンであった。無表情で迫り来るキャンからは、そこはかとなく威圧感がただよっていた。



——こ、今度は何だ? まさか俺もゲームにはやぶれたから、千亜紀みたいな罰ゲームみた茶番に付き合わされることになるのか…!?



 だがキャンは狼狽うろたえる恵ではなく春の方に向き合うと、野太い声音で一言述べた。



「おめでとう、君が人生の勝者だ」


「あざっす」



 春が軽く返事をすると、キャンはそのままきびすを返して教室から出て行ってしまった。その間わずか十数秒であった。



『いやそれだけなんかい!?』


「まぁ人生なんて勝ったところで称賛以外に大して得るものないしね」


『……そうだな、リアルな人生はもっとむくわれるものにしてぇよな』



*****



 その後教室へと無事に戻ってきた千亜紀は、人生ゲームを模した双六すごろくのスマホゲームに没頭するようになったという。

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