5.人生ゲーム(闇) ≪前編≫

 私立希生きおい大学のとある昼休み。昼食を終えた茂良野もらのけいは友人の鳥井とりい千亜紀ちあきに呼び出され、次の講義を控えている小規模の教室へおもむいていた。

 そこには同じく友人の安室あむろはるもいたが、昼休みが明けるまでだ時間があるためか、他に学生の姿はなかった。



『何の用だ千亜紀、流石さすがに早く教室に着きすぎじゃね』


「用がねぇと呼んじゃいけないような間柄あいだがらじゃねぇだろ? まぁそれはさておき、暇だから俺が持ってきたゲームに混ざらないかと思ってな」


『ゲーム? 何の?』


「おまえも知ってるはずだ。かの有名な人生ゲームだよ」


『人生ゲームをこれからやんの!? 今ここで!?』



 恵の思い浮かべる《有名な人生ゲーム》とは、いかに持ち金を稼げるかを競う双六すごろくのような大きなボードゲームであり、まずもって通学しながら持ち込めるものではなかった。


 所謂いわゆるポケットサイズもあるが、その分専用紙幣なども細かく扱いが難儀なんぎであった。暇潰しとはいえ片付けまで考慮すると、次の講義が始まるまでに遊び切ることは厳しいように思えた。



「そうだよ、今ここでやらずしていつやるんだよ!」



 だが千亜紀は意に介すことなくかばんに手を突っ込むと、電子辞書のような折りたたみ式の液晶端末を取り出し、3人が並んで向かう長机の上に置いて電源を入れた。

 立て続けにかばんから青地のカードの束を引っ張り出すと、シャッフルしてみなに3枚ずつ配り、残りを端末の手前に重ね置いた。



「よし、じゃあ人生ゲーム始めようぜ!」


『いや全然俺の知ってる人生ゲームじゃねぇんだけど!?』



 配られたカードをめくり上げた千亜紀と春が即座にプレイを始めようとするのを、恵は慌てて制止した。



「えマジで? これ国内外老若男女ろうにゃくなんにょ問わず人気のゲームだと思ってたんだけど」


まったもって初見の初耳だよ!? 人生ゲームってあのでかいボードゲームでルーレット回したりして…ってのが普通のスタイルなんじゃねぇの!?』


「知らねぇなぁ…春は聞いたことあるか?」


「いや、ないね。恵の地元でしか流行はやってないやつなんじゃないの?」


『そんなことないと思ってたんだけど!? …まぁいいよ、一応遊び方教えてくれよ』



 多数決で常識をくつがえされたことに納得がいかない恵だったが、準備や片付けが面倒でなければ良しと割り切って順応することにした。

 千亜紀も釈然としない面持おももちだったが、それ以上深掘りすることなく恵にルールを説明した。



「ルールは至ってシンプルだぞ。まず、この液晶画面にランダムにお題が出る…お題は人生におけるハプニングってとこだ。それに対して今配った青地のカード…通称《らいふカード》というが、これには1枚ずつ多様なアクションが記されている。お題に対してベストとなる回答を手札から1枚選んで、この端末にバーコードをスキャンさせるんだ。するとどれだけ回答したアクションがお題とマッチしているかを端末のAIが判断して、獲得出来できる《らいふポイント》を算出してくれる。1人ずつ順番にお題に回答して、設定したターン数の中で最も《らいふポイント》が高かったプレイヤーが勝利って感じだ」



 千亜紀がしゃべる間にも春が端末のキーボードでプレイヤー設定を進めており、順番も千亜紀、春、恵の流れで5ターン回すことになっていた。そして画面上では3人の名前の横に《らいふポイント》とおぼしき2,000という数字がそれぞれ並んでいた。



成程なるほどな…持てる選択肢から上手うまい答えを選んで、お金じゃなくてポイントを稼ぐってことか』


「一番お金を持ってる人が必ずしも人生の勝者とは限らないからね。本当の勝者はどんな局面でも上手に立ち回れた人ってことだよ」


『お、おう…そうだな。てか最初からポイントを持ってるってことは…減る可能性もあるってことか?』


「そうだね。あまりにも回答が下策ならマイナスにされるよ」


『それはつまり、0を切ったらゲームオーバーってことなのか』


「ゲームオーバーってか、社会的に死ぬ」


態々わざわざ生々しい言い方するなよ!? ゲームの世界観なんだから!!』


「いいや甘いぜ恵、これはただのゲームじゃねぇ…人生という名の闇のゲームなのさ! 俺のターン! ドロー!!」



 すると千亜紀が意味深な台詞せりふと共に、勢い良く山札から《らいふカード》を1枚引いた。その言動を恵がきょとんとして見ていると、隣から春が補足した。



「まず自分のターンになったら必ず1枚新しいカードを引くんだよ。で、今画面に出てるのが千亜紀に対するお題」



 恵が言われるがままに端末の液晶画面に視線を移すと、表示内容が変わっていた。



【千亜紀 は取引先へのプレゼン当日に大事な資料の持参を忘れてしまった! どうする?】


「それに対する俺のアンサーは…これだ!《特売の卵を買う》!!」


『…なんだよそれ、全然脈絡が合ってねぇじゃねぇかよ』



 お題とのつながりをまったく想像出来できなかった恵は唖然あぜんとし続けていたが、千亜紀がそのカードを端末にスキャンさせると、画面の表示が転換した。



【千亜紀 は特売の卵を買うことを口実にプレゼン資料の回収に成功した! +500ポイント】


『ええっ!? それで正解だったのかよ!?』


「うっし、特売の食材に重きを置いてくれる会社でよかった…!」


『いや知らねぇよそんな設定!? このAIどんな解釈してんだよ!?』



 開いた口が塞がらない恵を他所よそに、順番の回ってきた春が山札からカードを引いていた。



【春 は通勤電車に乗り遅れて遅刻が確定してしまった! どうする?】


「じゃあこのカードで。《たらいを落とす》」


『なんでまたそんな古めかしいギャグのような選択肢が!?』



【春 はたらいを密かに線路内へ落とすことで電車の往来を止め、その隙にタクシーに乗り込み遅刻を回避した! +300ポイント】


『おいこれ威力業務妨害じゃねぇか!? それ正解にしちゃ駄目だろ!?』


「バレなきゃ犯罪じゃないからね」


『そういう問題じゃねぇから!! おい大丈夫なのかよこのゲーム!?』



 そうなげいているうちに、恵の回答順がやってきた。仕方なく山札から1枚引きながら見遣みやった画面には、新たなお題が提示されていた。



【恵 は遊園地デートで恋人の機嫌を損ねてしまった! どうする?】



 何故なぜ架空の彼女が機嫌を悪くしたのか何の情報もなかったが、恵はその一方で手札の内容にも困惑し続けていた。



——俺に与えられた選択肢は…《大の字になる》《牛乳を注ぐ》《醤油しょうゆめる》…そして新たに引いた《蝋燭ろうそくともす》の4枚。って、どれを選んでも真面まともな回答になる気がしねぇ…!


——変な答えでもAIが肯定的に変換してくれるのかもしれないけど、マイナスの余地がある以上下手へたは打てない…何が下手へたなのかもわからねぇが…。



「恵、熟考してるとこ悪いけど制限時間は1分しかないからね。ちなみに残りあと10秒」


『うおっ!? おまえらそういうの先に言っとけよ!?』



 恵は春に指摘されて、咄嗟とっさに唯一真面まともそうな《蝋燭ろうそくともす》を端末にスキャンした。



【恵 は蝋燭ろうそくともしたが、恋人には「SMの趣味はない」と拒絶されてしまった! -700ポイント】


『はぁ!? なんで低温蝋燭ろうそくになるんだよ!? そこはアロマキャンドルとかにならねぇのかよ!?』



 回答がAIに受け入れられずしょぱなからマイナスを叩き出した恵に、千亜紀と春がやや退いたような視線を送っていた。



「マジかよ…おまえがそんな謝罪方法を発想していたとは…!」


「いきなりそんな選択が出来できるなんて…恵のセンスを見誤っていた」


ちげぇから! 趣向がゆがんでるのはこの端末の方じゃねぇかよ!? ああもう、次だ次!!』



 恵は不服をあらわにしながらも、強引に2巡目へと押し進める他なかった。



【千亜紀 は上司のかつらがズレているのを目撃してしまった! どうする?】


「それならこれだ! 《念を送る》!!」



【千亜紀 は念を送ったが、その衝撃でかつらが完全に脱落してしまった! -800ポイント】


「くそう! 気付いてくれという俺の念力が強すぎてしまったのか…!!」


『いやなんでそもそも超能力使えてるんだよおまえの人生!?』



【春 はレストランでマルチ商法の勧誘に囲まれてしまった! どうする?】


「じゃあこれで。《油を差す》」



【春 が差した油が引火して火災が起きたため、マルチ商法からのがれることが出来できた! +500ポイント】


『いやそれどころじゃねぇだろレストランが!? 自分が助かればどうなってもいいのかよ!?』



 一向にAIの判定基準がつかめないまま、恵は自分の順番を迎えた。



【恵 は恋人に「私と仕事、どっちが大事なの!?」と迫られた! どうする?】



——新たに引いた《らいふカード》は…《フライパンを振り回す》!? こんなの選んだら絶対こじれるだろ!?


——でも他の手持ちも《大の字になる》《牛乳を注ぐ》《醤油しょうゆめる》ってろくなのがないし…てか《醤油しょうゆめる》とかどこで使うんだよ!? あとなんで俺だけ恋人関連のハプニング続いてんだよ!?



 またもや長考を重ねた末、苦し紛れに出した回答は《牛乳を注ぐ》に決定していた。



【恵 は牛乳を注いだが、恋人には「私乳製品アレルギーなんだけど!?」と憤慨ふんがいされた! -800ポイント】


『知らねぇよおまえの免疫事情は!? ホットミルクで気持ちを落ち着かせたとかそういう流れにはならねぇのか!?』


「おいおい恵、早くも《らいふポイント》が残り500だぜ。次のマイナス具合によっては社会的に死ぬぞ」


『くそ、どうしようもねぇなこのゲーム…初見とはいえまったく正解を見出みいだせねぇ』



 2巡目を終えての《らいふポイント》は千亜紀が1,700、春が2,800に対し、恵は500と圧倒的な差を付けられていた。というより、自滅を重ねていた。



ようやわかってきたようだな…そう、このゲームは人生そのものだ! そうそう正解なんて見つけられるわけがない…そのなかで必死に藻掻もがいていくしかねぇんだよ!!」



*****


果たして恵は社会的に死ぬことなく人生を終えられるのか。後編へ続く。

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