2.VRでインターン ≪後編≫

 唐突とうとつで破壊的な警察の侵入に、鳥井部長も腰を抜かしていた。その感情を代弁するように、安室もまた顔を引きらせながらつぶやいた。


「馬鹿な…ここはオフィスビルの3階だぞ!? どうやって窓から入って来たんだ!?」


『最初に疑問を持つところそこなの!?』



 一方の倉石警察官は、鼻で笑いながらその問いかけに答えた。



「ふっ…愚問ぐもんだな。ジャンプ台を使ってジャンプアクションを決めたに決まっているだろう?」


『いや何もキマッてないからなその登場!! てかパトカーでオフィスをぶち抜く捜査自体が違法極まりないだろ!?』


笑止しょうし。労働者に違法な残業をいる使用者は狡猾こうかつで逃げ足が速いと相場が決まっている…だから電話で残業の状況証拠をつかみ次第突撃して現場を抑えることが許可されているのだ!」


『さっきワン切りしたのあんただったのかよ!? 残業に対してシビア過ぎるだろこの世界!?』



 悠然ゆうぜんと立つ倉石警察官に対し、安室に押し出される形でようやく鳥井部長が反抗に転じようとした。



「ざ、残業を咎められるいわれなんてないぞ! うちはちゃんと三六さぶろく協定を結んでるんだ!!」


『それっぽいこと言ってるけど残業代ねてる話聞いちゃったんだよなぁ』



 だが倉石警察官は、ポケットから何かの書類を提示しながらその反撃を突っねた。



「残念ながら御社から届け出がなされているのはサブロク協定ではなくサブリミナル協定なので、従業員に残業を課すことは出来できないのですよ」


『サブリミナル協定って何だよ!?』


「な…何だと!? 俺が無意識に三六サブロク協定を締結していた気になっていたとでも言うのか!?」


『おまえの書類管理が杜撰ずさんなだけだろうが!?』



 恵は鳥井部長を糾弾きゅうだんしながらも、その後方で北叟笑ほくそえむ安室の横顔を見逃さなかった。一方の鳥井部長は確信犯に気付くことなく、辿々たどたどしく倉石警察官にい下がった。



「…じゃあ令状は? 令状はあるのか!? たとえ残業を取り締まろうとも、元よりそれが無ければこんな捜査は無効だ!!」


『おまえらはパトカーがオフィスをぶち抜いたことには何も苦言をていさないのか?』


「令状ならちゃんと用意している……ただし、嫌疑けんぎの掛かっている罪状は異なるがな」



 倉石警察官は不敵な笑みを浮かべながら、掲げる書類を素早く入れ替えて高らかに宣言した。



只今ただいまよりこの会社を薬事法違反の疑いで家宅捜索する! ここで脱法ハーブを栽培ならびに販売していることは調べが上がっているのだ!!」


『はぁ!? なんだそりゃ!? そういう意味でブラックな会社だったってことかよ!?』



 宣言に釣られるようにして恵が振り返ると、鳥井部長が大袈裟おおげさ狼狽ろうばいしているのがわかった。だがそのかたわらでは、安室が心外だと言わんばかりに恵に答えた。



「え? それはうちの本業じゃないよ。きっと部長が趣味で勝手に育ててる植物が摘発されたんでしょ」


『その設定ここで反映されるのかよ!? てか自家製じゃねぇし!? 会社巻き込んでどうすんだよ!?』


「ち、違う! 断じて脱法ハーブなんかじゃない! これはその、料理のトッピングとかに使う…スパイス! そう、スパイスを育ててるんだ!!」


『隠語どストライクじゃねぇかよ!! アウトだよ!!』



 鳥井部長の釈明はかえって火に油を注ぎ、倉石警察官は勝ち誇ったような表情でオフィスの奥へと足を進めた。



「さて、あとは現物を押収するだけだな…そこの御三方おさんかたは後で事情聴取をするからその場で待機しておくように! 言っておくがこの建物はすでに包囲されている…万が一にも逃げおおせようなどと思うなよ!」


『なんでこの警察はこんなにウキウキしてんだよ』



 そうして嵐がぶち当たったような室内には静寂が訪れ、鳥井部長は絶望を感じてかその場に崩れ落ちた。安室はその姿に冷ややかな視線を送っていた。



「そんな…本当に違法薬物でも何でもないのに……摘発されればこの会社ごとおしまいだ…!」


「え、困りますよ部長。僕におごる表参道の高級ミルフィーユはどうなるんですか」


『もうそれどころの話じゃないだろ。おまえも大概たいがい図々ずうずうしい奴だな』



 だが情けない雰囲気にてられてか、恵のツッコミにも徐々に覇気はきが無くなって来ていた。


 仮に鳥井部長が独断でそのような植物を栽培していたのだとしても、安室のように実情を知る部下もいる以上、会社という組織単位で刑罰の対象になる可能性は充分にあり得た。そうなると従業員である恵もまた、会社の倒産によって路頭に迷うおそれがあった。



——何なんだろうこの状況。何の選択肢も選んでないのにゲームオーバーになったんだけど。どうするつもりなんだろう、このシナリオ…。



 散々な気が遠くなりかけていたそのとき、オフィスの玄関ベルが室内にむなしく鳴り響いた。



——え、こんなときに来客? 外は警察が包囲してるんじゃなかったのか?



 恵が玄関とおぼしき方向を振り向くと、誰も出迎えていないのに何者かが勝手にオフィスへ入って来た。



「あ、どうも~ピザキャップ希生町きおいちょう店で~す。ご注文のピザお届けに参りました~」


【彼はピザキャップ希生町きおいちょう店クルーの喜屋武きゃんです。よく摘まみ食いをして怒られています】


『なんで急にピザ屋が出て来るんだよ!? るのかこの配役!?』



 平然としている大柄な男を前に恵は思わず声を荒げたが、鳥井部長はトボトボと進み出ながら財布を取り出していた。



「ああ、俺が出前を取ったんだよ。君達にいきなり残業をさせてしまう以上、せめてもの夕飯をと思ってね…」


『もしかしてこの部長、これまでも現物支給で残業代をねていたのか?』


「だがこうなってしまっては、最早もはや最後の晩餐ばんさんという奴だな…ほら、冷めないうちにみんなで食べよう」


『いや俺これVRだから味わいようがないんだけど』



 恵の目の前では如何いかにも美味おいしそうなピザが開封され、鳥井部長と安室が黙々と食べ始めたが、恵には香りすら感じられずお預け同然だった。

 そんななか、何故なぜか配達員の喜屋武きゃんも1ピース片手に取りながら語り始めた。



「どういう状況かはわかりませんが、会社で最後の晩餐ばんさんと言うならばピザは相応ふさわしいメニューですね~」


「…その心は?」


「≪会社≫を意味する≪Company≫という単語の語源は、≪共にパンをしょくす≫らしいんすよ~。生きるかてを共に分かち合うという意味では、みなで分け合うピザは正に会社そのものと言っても過言ではないと思いませんか~?」


「そうか…会社とはこんなにも温かく、尊いものだったんだな…まさか自分が会社を潰しかけているときにそれに気付くだなんてな」


「皮肉なものですね。まぁ生地きじもサラミも美味おいしいですけど」


『なんでさっきから上手いこと言うみたいな展開になってんだよ』



 恵が傍観を続けていると、オフィスの奥から倉石警察官が足早に戻って来た。



「おいおい、警察が捜査している間に舌鼓したつづみを打つとは良い度胸してるじゃないか! 俺にも食わせろ!!」


『あんたまで仕事放り出すのかよ!?』


「まぁそう身構える必要はない。捜査の結果、例の植物は白だということがわかった! 紛れもなくこのピザとかに合いそうなスパイスだったことが判明したのだ!!」


『いやあんだけ威勢放っといて結局空振りだったんかい!!』



 その報告を聞いた鳥井部長の表情は、とろけたチーズのように安堵あんどで和やかになった。安室も淡々とピザを摘まみながらも、わずかに口元がほころんでいるように見えた。



「あ、それならいっそこのスパイスをピザに掛けて食べてみてくださいよ! 本当は今夜友人の店に直接おろしに行く予定だった品なんですけど…」


『冒頭で掛けてた電話はその案件だったのかよ!?』


「おお~これはいいトッピングですね~今度ピザキャップでも試しに仕入れさせてくださいよ~」


「部長がこんなところで商談を成立させるなんて…いっそのこと独立したらどうですか」


「はっはっは! 人の輪とは何がきっかけで生まれるかわからないものだな! ピザだけに!!」



 4人が談笑しながら食事を囲む様子が、徐々にフェードアウトしていく。VR体験がエンドロールを迎えていた。



【こうして≪会社≫の大切さに気付いた彼らは、また明日から仕事に励んでいくのでした】


『まさかのピザで丸く収めちゃったよこの脚本!!』



*****



【ご利用ありがとうございました。最後に一言感想をお答えください】


『…この会社だけには絶対入社したくないと思いました』

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