第4話

『ラナへ。やっとシレジア領に入った。長い城壁が続いている光景は異様だった。衛兵に、俺が勇者だ通してくれ、と伝えるとシレジア側から男が迎えに来た。なんとシレジア領主だった。驚いたことに、麓の森の中に村があって、人が住んでいる。なぜ魔物に襲われるかもしれないのに逃げないのかと領主に聞いたが、魔物を倒して生きて帰ったら教えてやる、と偉そうに言いやがった。お望み通りそうしてやるさ。すぐに魔物が住むというシレジア山に向かう。ラナ、一番気合の入ったクッキーを作れよ。ヨハン』

 ラナがシレジアに着いたのは、王都を出てから十日後のことだった。

 魔法をかけ巨大化したスートに乗って闇夜に紛れ、城壁を越えた。森の中にある領主の館の中庭に舞い降りると、兵士たちに周りを囲まれる。

「私は宮廷魔術士ラナ。怪しいものではない。領主にお目通り願いたい」

 ラナは元の姿に戻ったスートを肩に乗せ叫んだ。

「私だ」

 低音のよく響く声が聞こえ、一人の男がラナの前に進み出た。すらりと背が高く黒髪で凛々しい顔立ちをした青年だった。ヨハンはオッサンと言っていたが、まだ若い。しかしどこか老成した雰囲気をまとっている。

「私がシレジア領主リカルドだ」

「勇者ヨハンはどこ?」

 ラナの質問にリカルドは一瞬眉根を寄せた。

「彼は死んだ」

「嘘よ」

「彼は三日前に魔物が住む洞窟に入り、未だ出てきていない」

「だったらまだ洞窟の中にいるはずよ」

「魔物は人を喰う。特に若い男の肉が好み……」

 バシッ。ラナはリカルドの頬を叩いた。すると周りの兵士が一斉に殺気立つ。

「リカルド様は悪くない!」

「そうだ! 王都が勝手に押しつけてきたんだろうが」

「何が勇者だ! 弱い奴ばかり送って来やがって」

 そうだそうだ、と周りを取り囲む兵達が声を上げる。

「静まれ」

 領主が制すると、ぴたりと声がやんだ。

「詳しい話は私の部屋でしよう」

 リカルドはラナをいざなう。ラナは後をついていく。兵達は、ラナを訝しげに見つめた。


 部屋に着くと、リカルドは机から何かを取り出し、ラナに渡す。

「彼から預かっていた。烏が来たら渡すように言われていたが、君宛だろう」

 それはヨハンからの手紙だった。

『ラナへ。これが最後の手紙だ。はっきりと言っておく。俺はお前が大嫌いだ。いつも偉そうに忠告してくる邪魔な妹だった。

 お前もそうだろう? もめ事ばかり起こす俺なんていなくなれ、と思ってたはずだ。俺のことは忘れろ。そんで好きな男でも作って、お前の頭と同じぐらい固いクッキーを焼いてやれ。じゃあな。ヨハン』

「馬鹿ヨハン!」

 読み終わるなりラナは叫んだ。

「ええそうよ。ずっとアンタに迷惑かけられっぱなしだったわ! なによ、いまさら!」

「彼は幸せだな。今までの勇者達は、最後の手紙を書く相手などいない者ばかりだった」

 リカルドはつぶやいた。

「勇者の、いえ、シレジアで起こったことを、全部話して」

 ラナが涙をこらえながら尋ねると、リカルドは静かに語り始めた。

「二十年前のことだ。シレジア山の中腹にある祠が、雪崩によって壊れた。以降、山に入った者が行方不明になる事件が続出した。村人たちは祟りだと信じ、祠を修復するため、二十人の男達が山に入り、帰ってこなかった。唯一、半死半生で戻った男がいたが、祠に化物がいる、皆食われた、と言い残して死んだ。

 当時領主だった私の父は王都に応援を頼んだ。王都の魔術士なら、なんとかできるだろうと期待したのが間違いだった。ほどなく、数千の兵士と魔術士たちがやってきた。しかし」

 リカルドは片手で顔を覆う。

「兵士は我々を閉じ込めるように、あの城壁を造り始めた。女子供だけでも、シレジアの外へ逃がしてくれ、と父は頼んだ。しかし殺された。父を殺した兵士の無表情な顔は今でも忘れない」

 その兵は魔術士に操られていたのだ。ラナはワシリーの記憶を思い出す。

「シレジアの民は魔物と戦うしかなかった。そして戦いに疲れ果てた頃、勇者と名乗る一人の青年が王都からやって来た」

「せめてもの罪滅ぼしに、生贄を提供したということね」

 ラナはワシリーや将軍の顔を思い出し、冷笑を浮かべる。

「その祠に案内して」

「なにを考えているか知らないがやめておけ。君にできることはない」

「魔物は弱っていると聞いた。魔術士の私なら……」

「弱っている形跡ない」

 ラナはリカルドの言葉に愕然とした。ヨハンの言葉は嘘だということになる。いや、きっと将軍から都合のいい嘘を教えられ、信じたのだろう。

「祠に案内して。お願い」

 ラナは手紙を握りしめる。もう帰る場所はヨハンのもとだけなのだ。

「私とヨハンなら、その魔物を倒せる」

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