第2話

 それから一月後。

 ラナは深夜の厨房でクッキーを焼いていた。

 窯から焼きたてを取り出した時、窓を叩く音が聞こえた。開けると、篭を持った一羽の烏が部屋に入ってきた。

「おかえり、スート」

 烏はラナに篭を渡し、焼き上がったばかりのクッキーを食べようとした。

「止めなさい。火傷するわよ」

 ラナは呆れ、手紙を取り出し読み始めた。

『ラナへ。一月もあればシレジアに着くと思ったが、まだ着いてない。逃げたわけじゃねえ。この前の長雨で橋が決壊して、その補修工事を手伝わされてたんだ。またクッキーを頼む。ヨハン』

「呪いの効果有りね」

 ラナは安堵し、焼き上がったばかりのクッキーに呪文を唱える。

「お前達を食するヨハンに災いを。但し心身を害するな」

 クッキーは一瞬光った。

「これでよし」

 ラナはクッキーを布袋に詰める。すると、スートがカアと鳴いた。

「時間稼ぎはダメだ、ですって? その間に私が魔物に勝つ方法を見つけ、それをヨハンに伝える。ヨハンは魔物を倒し、堂々と王都に戻ってこれる。それのどこが悪いのよ。さあ、持って行って」

 ラナは手紙と大量のクッキーを篭に入れた。スートは大きく羽を広げ篭を両足で掴み、窓から飛び立っていった。

 ラナはその姿を見つめながらため息をつく。実は魔物に関する情報はまだ見つかっていなかった。

「もっと調べないと」

 ラナは竈の火を消し、部屋に戻った。


 それから数日後。ラナは豪奢な部屋にいた。

「閣下にお会いできて光栄です」

 ラナは無表情で言う。軍服の胸元に幾つも勲章をぶら下げている部屋の主が、にやりと笑った。

「君は若いのに、かなりの実力の持ち主だそうじゃないか。あのお父上の血を引いているだけある」

「そんな話より、私が知りたいのはシレジアの魔物のこと。閣下は二十年前、討伐部隊の指揮官だった。そうですわよね」

 将軍は息をのむ。

「どうしてそれを」

「確かに公式記録には残っていない。ですが私は魔術士、失せ物探しは得意です」

 でも、とラナは唇をかむ。

「討伐部隊は魔物を倒せなかった。当時の様子を詳しく聞かせて下さい」

「極秘だ」

 将軍は首を振る。

「なぜ」

「国家機密だ。いかに君が優秀であっても言えない」

「何でもいいんです。教えてください」

 ラナは真剣に頼む。将軍は片眉を上げた。

「そうだなあ、ある人物を呪い殺してくれたら教えてやってもよい」

「呪い殺す?」

「偉そうにふんぞり返っているが、今の魔術士は呪詛くらいしか出来ないそうじゃないか。事故に見せかけ、ある人物を殺せ」

 将軍は命令するかのように言った。

「わかりました」

 ラナは素早く杖を将軍に向けて振った。すると将軍は気を失い倒れ伏す。

「見くびるな」

 ラナは将軍の頭に杖を立て、記憶を探る。しかし、どれだけ探してもシレジアの記憶が無い。

「記憶を消されている……」

 記憶消去は高度な魔術を要する。ラナですら、記憶を覗くだけで精一杯だ。そんなことができるのは、魔術士でただ一人。

「あの男が絡んでいるなんて」

 ラナは舌打ちする。

「私と会ったことは誰にも言うな」

 将軍に術をかけ、ラナは部屋から出ていった。

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