笑わない宮廷魔術士と秘密のクッキー

富永牧

第1話

 宮廷魔術士ラナは笑わない。

 大理石のような白い肌に深青の瞳、蜂蜜色の髪を緩く三つ編みし左肩に垂らし、小柄のまだ二十歳の女性でありながら、堂々と宮廷内を歩くラナの姿に目を奪われぬ者はいなかった。

 男性達はラナから微笑みを得ようと試みた。その中にはやんごとなき身分の者もいたが、ラナから返ってくるのは冷めたい一瞥のみ。本来なら許されることではない。しかし、ラナは魔術士の中で十指に入るほどの実力者であるため、皆すごすごと引き下がるしかなかった。

 そんなラナは月に一度、大きな篭を持ち、甘いお菓子の香りを漂わせ、軍の宿舎に向かう。いつものように待合室に通され、クッキーを皿に盛っていると扉が開いた。

「なんだ、美人が来てるっていうから期待したのに、お前かよ」

 ラナと同じ顔立ちの青年が、いきなり憎まれ口を叩く。

「モテない双子の兄のために来てあげたのよ。感謝しなさい、ヨハン」

 ラナは勝気に笑って言い返す。双子の兄ヨハンだけにしか、ラナは笑みを見せなかった。

 ヨハンは椅子に座るなり、クッキーを食べる。

「今日のは母さんの味と似てるな」

 ラナは目を丸くする。

「いつも文句しか言わないくせに。また何かしたの? 正直に言いなさい」

 ラナはじっとヨハンを見る。ヨハンはぼそりと言う。

「お前、シレジアを知ってるか?」

「王国の北西にあるシレジア領のこと? もちろん。領地のほとんどが山と森で、小さな村があるくらいだって学校で習ったわ。けど、二十年前にシレジア山に魔物が発生して、シレジアを取り囲む城壁が造られた。だから現状は分からない」

「俺はその魔物を倒しに、シレジアに行く」

「なに言ってるの。いくらあなたが軍の兵士でも、簡単に入れないはずよ、入れるのは……」

「勇者に選ばれた者だけ、だろ。俺はその勇者に選ばれた」

「冗談はやめて。今まで選ばれた勇者達は誰一人、王都に戻っていないのよっ」

 ラナは声を荒げ立ち上がる。しかしヨハンはにやりと笑った。

「俺の実力なら勝てる。なんでも、その魔物は大分弱ってて、今がチャンスなんだと。心配するな」

「でも……」

「絶対に魔物を退治して、王都に凱旋する。そして見返すんだ、あいつを」

 ヨハンの真剣なまなざしに、ラナは何も言い返せなかった。

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