10.初めての討伐、初めての経験


 オレとユーリ、二人で武器を構えて盗賊の出方を伺っていると、存在がバレた事を察した賊たちは堂々と姿を現した。


 周囲をぐるりと、姿を現していないものも含めて12名いる。


「ヤマト! 9人いるよ!」


「隠れてるのも合わせて12人だ。ユーリ、飛び道具には気をつけろよ」


「え!? うん、分かった!」


 念の為に風魔法を詠唱し、オレとユーリの身体に纏わせた。

 この風魔法はいわゆる矢避けの魔法で、比較的小さな物理的な飛び道具を弾き返す魔法だ。


 賊の中から、一番偉そうなのが一歩前に出てこう言った。


「寝転がってるおっさんが1人と、可愛いお姫様に、いいとこ見せようとがんばる剣士様か。 安心しな、お前のお姫様は俺たちが美味しくいただいてやるぜ。お前の代わりにな!」


 うん、やっぱり実力的にも大した事はなさそうだ。オレと師匠だけなら有無も言わさず殲滅していたところだが……。


「おいおい、ビビって声も出せねえのか? お、そうだ。荷物とその女を置いてけば命だけは助けてやるぜ、そこのおっさんは持ってっていいぜ、9対2じゃあ勝ち目もないだろうからな、優しいなあ俺様は」


 なんという典型的なチンピラヤラレ役、ここまでお手本的なのはそうそういないぞ。

 せっかくだ、ちょっとだけ相手してやるか。


「御託はいいから掛かって来いよ。 隠れてる3人も合わせて、12人同時に来ても良いんだぜ?」


「て、てめぇ、なんでそれを……」


「元冒険者ならもうちっとマシな隠れようがあるだろ。……まあ、1人も生かして返さないけどな」


 雷魔法を詠唱する。

 『連鎖の雷チェインライトニング』を発動し、隠れている3人に攻撃を仕掛けた。

 手の平の先から稲妻の槍が発生し、隠れている賊3人を連続で貫くと、うめき声が聞こえ、木から落ちる音がした。


「ユーリ、やるぞ!」


「う、うん!」


 あっという間に、いや、少しだけ時間をかかって、全員を始末した。

 9人のうち、オレが8人、ユーリは1人を倒した。

 そしてやはり、ユーリは最初、トドメを刺せなかった。


 当たり前だ、それが普通の感覚だ。

 だけどオレはユーリに「ひと思いにやるんだ!」と指示すると、ユーリは躊躇ためらった後、目を瞑ってトドメを刺した。


 賊は決して見逃してはいけない。

 見逃せば復讐を考えるし、そうでなくても、見逃したせいで別の誰かが被害に会う。

 そしてそれは、秩序を守るための見せしめでもあるのだ。


 だけど、直接手を下すというのは、それは想像以上に辛い事だ。

 それが出来ずに戦う事を、冒険者を辞める者もいるくらいだ。


 しかしユーリはちゃんとトドメを刺した。

 それはこれから冒険者として戦う事を考えれば、褒められる事ではなくても、必要な事だった。


「ユーリ、お疲れ」


「え、あ、ああ、……うん」


 ユーリは自分の手の平をただ、じっと見ていた。

 命を奪った自分の手を。


「誰だって最初はためらうよ、オレだって師匠にドヤされながらやっとだったしな」


「あ、……ヤマトもそうだったんだ」


「そりゃあそうさ、相手は同じ人間だ、ましてやオレたちは……な?」


 オレとユーリは転生者だ。

 この世界の常識とは違う平和な世界に生きていた。


 ユーリは、相変わらず、自分の手の平をじっと見ている。

 まだ踏ん切りがつかないのだろう。


「ユーリ、もう殺したくないなら殺さなくても良い。他のヤツだったら”自分が殺されても良いなら”と付け加えるところだけど、オレにとってユーリは特別だ、だから代わりにオレが殺してやる。もう戦わなくて良い」


 ユーリに優しくしているようで、突き放した。

 この旅は遊びじゃない。背中を預けられる者でなければ、ついてこられない。


 ――だけど、ユーリならきっとそうはならない。

 ユーリなら、そんな扱いに満足するはずがないし、乗り越えてくれると信じてる。

 だってそれが、オレの知ってるユーリだからだ。


 それを聞いたユーリは、目を瞑り、そして顔を上げてオレを真っ直ぐに見た。 広げていた手の平は、固く握られていた。


「ヤマト、ごめん。 もう迷わない。これから先の戦いからも、逃げない。だから私に、色々教えてくれ」


 意思固く、決意を込めた眼差しでオレを見上げていた。

 やっぱりユーリだ、ちゃんと覚悟を決めた。それでこそだ。

 オレはユーリを安心させるように微笑み、手を差し出した。


「ああ、オレがユーリに色々教える。冒険者としても、戦いの覚悟も、色々だ。 オレたちはずっと一緒だ」


「――ヤマトッ!!」


 そう言うと、ユーリはオレの胸に飛び込んできた。

 まあ、今は不安で安心したいんだろう、そう思い、握手をしようと差し出した手で、頭を優しく撫でる事にした。


◇◆◇


「初の賊討伐おめでとうユーリ。……んで、いつまでイチャついてるつもりだ?」


 いつの間にか師匠は起きていて、……まあ、あれだけ騒いだのだから、師匠じゃなくても起きるだろうけど。そして、オレたちを眺めてボヤいた。


「ヤマトも偉そうな事を言うようになったもんだ、やらなきゃ見捨てるぞ、ってか? それは俺がお前に言った言葉じゃねえか」


「でもそれくらいの覚悟が無いとこの先厳しいですからね。ユーリにもそれを気付いて欲しかっただけですよ」


「だけどお前、王女様にはちとキツイ話だろう」


「いいえ、ユーリならきっと乗り越えてくれます、信じてますから」


 そう応えると、師匠は大きくため息を吐いた。

 そして頭をガシガシと掻きながら言った。


「……ったく、お前らのその信頼はなんなんだよ……俺にはさっぱり分からねえよ」


 師匠の疑問はその通りなのだけど、これだけは答えられない。


「さて、流石にここで一夜を明かすわけにも行くまい、なんせ血生臭くなっちまったからな。……全員起きた事だし、少し移動するか」


「そうですね。ユーリ、行くよ」


 そう言って胸元に縋り付いてるユーリに声をかけると、ユーリはパッと慌ててオレから離れた。

 そして顔を赤くしながら返した。


「あ〜、あ! …んん!……そうですね。少し移動しましょう」


 どうしたんだユーリのヤツ、昨日あんだけオレをスキンシップでからかっていた癖に、こんな事で真っ赤になるなんて、らしくないじゃないか。


 そう思ったのも束の間、ユーリはすぐに身なりを整え、何事も無い様に片付けを始めた。

 あれ? オレの気のせいだったかな?まあちょっと暗がりだったしな。

 と、勘違いだと思う事にした。


◇◆◇


 その後は魔物数体との遭遇はあったものの順調で、夜に襲われる事も無く、早朝に討伐対象の近くの村へと着いた。


 師匠が村長と依頼の話をしたが、オレたちがたった3人だったため本当に大丈夫なのかと心配をしていたが、オレとユーリで上級攻撃魔法使いが2人いる事と、聖ブリーズとその弟子である事を説明すると、まあそういう事なら……と、なんとか納得して貰えたのだった。


 そして村に着いたのが早朝であったため、そのまま魔物の群れの討伐へと向かう事となった。

 村から半日ほどの距離に魔物の群れを見つけた。


 さて、今回の討伐対象は村の近くの森に拠点を築いたオークの群れだ。

 依頼情報によるとその数30を超えるそうだが、実際の数はもっと多い可能性が高い。

 建物があると中の数までは把握出来ないからだ。


 ただ拠点といっても石造りの城壁のようなものがあるわけでもなく、崖にある洞穴を中心に地形を利用した木の柵と木の家という簡素な拠点だ。まあそんなものだろう。

 ただ全てのオークが武装しており、明らかに村に攻め入る気が見えた。


「んじゃま、頼むぜヤマト」


「雷で良いですか?」


「そうだな、火は森を燃やしちまうだろうし、雷のほうが生き残っても痺れて動きが鈍くなるからな。あと音がデカい」


「分かりました。ユーリ、よく見とけよ」


「はい。お願いします」


 師匠からオークの群れの中心に雷の大魔法を使うよう指示が出た。

 よしいっちょ、ユーリにお手本を見せてやるとするか。


 雷の上級範囲魔法を詠唱し、発動させる。


雷の嵐ライトニングストーム!!」


 群れの中心上空からいかずちを無数に降らせて、そして地表を稲妻いなずまで埋める。

 雷の直撃を避けても地上にいる限り稲妻からは逃れられない。通常のオーク程度なら、致命傷は免れない大魔法だ。


「凄い……それに派手ですね」


「まあ雷だからな、音もうるさいし」


「喋ってねぇで行くぞ!!」


 師匠の合図の元、残ったオークと洞窟の奥から異変を察知した首領らしきオークに向かって、オレたちは走り出した。


 ――結果として、師匠やオレからすればオークの首領ごときでは相手にならなかった。

 ユーリも、生き残ったオークを殲滅させた。

 圧勝だ。最初の雷の大魔法が強すぎたとも言えるけど。


 まあ、この程度の相手なんか大魔法無しでも余裕だと思うけど、師匠に言わせればその考えこそが慢心で、つまずく事になる考えだ。

 そう師匠に教育されて来たオレもそう思うし、だからこそ、初手の大魔法で殆ど壊滅させたのだ。


◇◆◇


「ユーリ! お疲れ!」


 そう言って拳を突き出した。

 それに気付いたユーリも拳を突き出し、拳同士を合わせる。

 師匠とオレとの間でよくやっていた、戦いが終わった後の挨拶みたいなものだ。


「ヤマトも! ……と言ってもこれじゃ戦った気がしないけどね」


 ユーリはこんな事を言ってるが、30体を超えるオークなんてのは、Cランク冒険者には無理だし、Bランクだって3人では厳しいのが普通だ。


「大魔法があればこんなもんだよ、次はユーリの大魔法も見てみたいけどね」


「水か氷か、アンデットとかなら大活躍なんだけどなあ。早く見せたいよ」 


「まあ、師匠はユーリの実力に合わせて依頼の難易度を上げていくつもりだから、そのうち大活躍出来るさ」


「……なんかヤマトってさ、クリスの事凄い信頼してるよね。やっぱり師匠だから?」


 突然そんな事を聞いてくる。

 そうだな……師匠への信頼か……。


「そりゃそうだよ、オレが10才の時に父さんに紹介してもらってさ、それからもう……6年近くか、ずっとオレの剣の師匠だからな。それに剣だけじゃなくて、色々と教えて貰った。人としての考え方や、冒険者としての教えなんかも、今じゃ人生の師匠とも言えるかな」


 するとユーリは腕を組んで小声でなにやらブツブツと言っていた。

 なんだ?何か教えて貰いたい事でもあるのか?


「安心しろユーリ、この旅ではオレが師匠に代わって色々と教えてやるから。心構えから実践まで、オレがみっちりと、嫌と言ってもな!」


 そう言うとユーリの表情はパァッ!と明るくなった。


「え!? 本当!? ヤマトが教えてくれるの!? それは嬉しいなあ!!」


「ああ、師匠に言われてるからな」


 応えた瞬間、ユーリの表情から打って変わって明るさが消えた。

 なんだ?オレ、変な事言ったか?


「そっか~、クリスに頼まれたのね~。そっか~」


 良く分からんな、何が気に入らないんだ。


「それにオレだって師匠に言われるまでもなく全てを教える気だったしな。聖竜の血があれば、師匠も超えられるとオレは思ってる」


 ユーリの表情がまた明るくなった。なんだかコロコロと忙しいやつだ。


「頼むよ、ヤマト!!お前が私に教えてくれ!! そして、クリスを超えて見せる!!」


「ああ、だからそう言ってるだろ?」


 ……まあ、機嫌が良くなったようだし、これで良いか。


 こうしてオレたちは無事に討伐を済ませて、村へ報告に戻るのだった。

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