9.活動開始の朝
「お~い。起きろ~。もう朝だぞ~」
身体が揺れる感覚で目を覚める。
……誰だよ、こんな朝っぱらから……。
「そろそろ目を覚ましたらどうだ? 今日は凄く天気が良いぞ~」
耳元で何者かが囁きかけてくる……。だれ……だ?
って!!ユーリじゃん!!
ガバっと身体を起こすとそこには寝間着姿のユーリがいた。
「おお、やっと起きたか。 おはよう、親愛なるヤマトよ。相変わらず寝坊
「……おはようユーリ。寝坊癖って……まだ朝早いだろ……」
あらためてユーリを見ると、寝間着の薄い衣が朝日に照らされてキラキラとしていて、それでいて身体の線が透けていて、それがまた綺麗さに深みを持たせて、とにかく綺麗だ。
じゃなくて。
「先に起きたんなら着替えとけよ」
ユーリの寝間着姿は良くない。主にオレの心臓に。
そんな格好でウロウロチョロチョロとされたらドキドキがバクバクしてしまうじゃないか。
だからオレが寝ている間に着替えておいて欲しかったのだが。
「じゃあ着替えてる時に襲われたら? ヤマトが寝てるのに?」
……う。確かにその通りだ。
ここで着替えても問題ないのであれば、そもそも一緒の部屋に寝泊まりする意味自体が無い。
襲われる危険や可能性があるからこそ、一緒の部屋にいるんだ。
ユーリの言に反論の余地は無かった。
「確かにその通りだ。 考えが足りなかった」
オレは軽く両手を上げ、降参のポーズをとった。
ユーリは微笑み、魔法袋から衣類を取り出した。
「分かればよろしい。じゃあ着替えるよ」
言うが早いか、寝間着に手を掛けて脱ぎ始める。
まだオレは目の前でベッドに座ったままだというのに、そんな事はおかまい無しだ。
慌ててベッドを飛び上がり、扉の前で外向きに立った。
「別に気にしなくて良いのに……」
そうは言うが、そう言うわけにもいかないんだ。
むしろ見た方が注意が削がれて危険すら有る。
……まあ音だけというのもそれはそれで想像力が掻き立てられてしまうんだけど。
っといかんいかん!! ちゃんと周囲の気配に気を配らないと。
「もういいよ~」
ユーリの着替えが終わり、自分も身支度を始めた。
ユーリも魔法袋から小道具を取り出し、身支度を始めていた。
「手慣れたもんだな」
「まあね~もう15年も女やってるし」
「化粧なんかしなくてもあんなに綺麗なのに……」
「あれ?もしかして初めて綺麗って言ってくれた?嬉しいなあ」
あ、しまった。思った事が口から漏れてしまっていた。
だけど別に言わないようにしてたわけじゃなくて、口にするタイミングが無かっただけだ。
心の中で綺麗だと思った回数は数え切れないくらいだ。
「そ、そんなの言わなくても分かるだろ。大体オレに綺麗って言われて嬉しいのか?」
「いや~、やっぱ違うよ、言葉にする事は重要だよヤマト。態度だけじゃ中々伝わらないものさ。それに誰よりもヤマトに褒められる事が一番嬉しいし」
そう言って、ユーリはオレに向かってぴょんと飛びついてきて、そして耳元で囁いた。
「まあヤマトは態度も足りないと思うけどな。なあ? 私の親愛なる親友よ」
そんな事ないだろ。ユーリが態度に出しすぎなだけだと思う。
それに親愛なるって。確か、恋人や異性じゃない人で、家族みたいな好ましい感情……だよな?
「お、お前はスキンシップが多すぎなんだよ! 男の時ならともかく、今は女の子なんだから少しは控えろよな!!」
いくら前世でスキンシップが多かったからといって、今は女の子なんだ、安易に男に抱きつくもんじゃないし。それに……ユーリだって分かってても、色々と困る……。
「え~~、別にいいじゃん、誰もいないんだし。 人がいたらこんな事しないよ、分別はつけてるはずだけど?」
確かに、他人と話す時は喋りも丁寧だし、過剰なスキンシップもしてこな……再会時はまあ、感情が爆発したんだろうしノーカンとして。そう考えると確かに分別は付けてる気はする。
オレと二人きりの時だけ、昔の様な親友に戻るというわけだ。
それくらいなら良いか、うん。だけど1つだけ釘を刺しておこう、オレが困るから。
「まあ良いけど。だけどやっぱりスキンシップは減らして欲しいかな。女の子なんだし。な?親愛なる親友よ」
「え~、……まあ、前向きに検討して善処していきたい所存だなあ」
「いやそれ何もしないやつ!!」
「検討する、うん、前向きに考えるって!」
「こいつ~~!!」
そう言ってオレは昔よくやっていたように両のほっぺたをそれぞれ人差し指と親指で挟んでつまんだ。
「ひゃ、ひゃへほ~」
凄く久しぶりの、というか今生では一度も無かった、前世でユーリと良くやったじゃれ合いをした。
自然と顔が綻んでくる。懐かしいし、凄く楽しい。ユーリとの、中学時代の親友との時間だ。
そんなこんなで、お互いじゃれ合いつつ、朝飯の時間となった。
◇◆◇
朝食を食べ終え、冒険者ギルドに顔を出した。
ユーリも今日からDランク冒険者として活動が始まる。
ギルドに入ると何人かの冒険者が気付いたようだが、オレたちは何事も無いように依頼を確認した。
昨日でユーリの剣の実力は分かっている、それにオレたちがいるという事で、まずはBランクの魔物討伐依頼を受ける事になった。
Bランクの魔物討伐ともなると、魔物の群れが相手になる事が殆どだ。
この世界での群れ相手の集団戦闘は、まず上級魔法使いが大型範囲魔法を使って数を減らし、その後に残った者に対し戦闘に入る、というのが流れだ。
これは対人間でも、対魔物でも変わらない。
当然、賊や冒険者、普通の魔物には上級魔法を使う者はいない事が多いので、一方的な戦闘となるけど被害が少なければそれにこした事はない。
この世界の魔法は初級・中級・上級と分かれていて、上級の攻撃魔法の殆どは大型範囲魔法となっている。
中級までは範囲魔法であってもその範囲は数メートルのものが大半だ。
そしてオレの母ジョアンナは元宮廷魔術師で、上級魔法も教えてもらっている。
つまり相手が魔物の集団であっても数を大きく減らして戦える、というわけだ。
ちなみにオレは火属性と雷属性、それに風属性の魔法が得意。
ユーリは聖属性に加えて水属性が使えるそうだ。
師匠は戦闘に関しては多少の自己強化を使える程度で攻撃魔法は全くだとか。
ついでにギルドの依頼ランクについても。
今回受けたBランクの魔物討伐、これは一般的に上級依頼と呼ばれる依頼となる。
Cランクまでの依頼については単独パーティを対象としていて、Bランク以上は討伐対象が集団前提となるため、依頼を受ける冒険者側も複数パーティとなるのが基本だ。
Sランクの依頼ともなると、街が殲滅されうるレベルの魔族に率いられた魔物の侵攻があった場合などで、その依頼主は領主貴族か国王となる。軍の数が足りない場合や出す時間や余裕がない時に発生する。
過去にSランクの依頼があった時は30を超える冒険者パーティが参加したのだとか。
そして例外として、上級攻撃魔法が使えるオレやユーリみたいなのがいる場合に限り、上級依頼を単独パーティで受ける事が出来る。
とはいえ上級攻撃魔法の使用者が二人もいるパーティなど極めて稀なのだけど。
◇◆◇
Bランク依頼を受け、出発準備を整えたオレたちは王都を出発した。
王都を出て初日の道のりは平和そのものだった。
王都に近い事もあって魔物の姿はなく、見晴らしが良い場所でもあるので賊が潜む場所もないからだ。
しかし初日の夜、事は起こった。
王都を離れて森に差し掛かり、休むに手頃な場所を見つけて食事を終え、眠っていた。
ユーリ立っての希望で、オレと師匠だけでやるつもりだった見張り番にユーリを加える事となった。
順番は師匠、ユーリ、オレの順番だ。
そしてユーリが見張り番のタイミングを見計らうかのように賊どもが現れたのだ。
しかしまだ未熟な賊たちなのだろう、足音を立てていて、ユーリはそれに気付き、オレを起こすように揺さぶった。
さて、なぜ寝ているはずのオレがそんな状況まで分かっているかと言うと、師匠が見張りの交代のタイミングでユーリに気付かれないようにオレを起こしてくれていて、オレは寝た振りをして周りを警戒していたからだ。
これはユーリを信じるとか信じないとかの話じゃなくて、単純に経験による差の話だ。
眠気に抗い気配を探るというのは想像するより難易度が高く、気付いた時には周りは囲まれ手遅れ、という事にも十分になりえる。
オレだって15に成って師匠と旅に出た当初、オレが見張り番をしている時、師匠は寝た振りをして周りの様子を伺っていた。
オレが気配に気付かない事は何度もあって、師匠のお陰で助かった事もあるし、ちゃんと気付けた時は褒めて貰えたものだ。そうやってオレは成長し、今では見張り番を分担され、任されるまでになったのだ。
そしてそれを、今度はオレがユーリにする番なんだ。
だから師匠はオレに任せてちゃんと寝て休息を取っている。
「ヤマト! 何かいる!! 来るぞ!!」
その声とほぼ同時に身体を起こし、枕元の剣を手に取った。
「よく気付いたユーリ! 上出来だ!」
ユーリが向いている方向とは反対の方向を向き、構えた。
「そっちは任せた! 油断……いや、ちゃんとトドメをさせよ!」
これは少し酷な事かも知れないと思いつつ、正直に言った。ここを誤魔化しても良い事は無いからだ。
油断をしていけないのは当然としても、相手が人間だろうとちゃんとトドメは刺す必要がある。
相手も命がけなんだ、そんな相手に可愛そうなどと手加減していたら、自分が危険な目に合う可能性がある。
実力はあっても所詮は模擬戦、命の取り合いを経験しているわけではないのだから。
であれば、一切手を抜かず、最後までその気で行かなければならない。
「わ、……分かってる!!ちゃんとトドメを……刺す!!」
ユーリはそう応えた。
うん、良い気合だ。
……だけど、実際に事に及びそうになった時、多分躊躇するだろう。それがまともな人間だ。
オレだってそうだった。
――とうとうオレは、ユーリに一線を超えさせてしまうのか、この相手が魔物だったらどんなに気が楽だった事か。
多分、師匠もオレに対して同じ事を思ったんじゃないか、そんな事をふと思ったのだった。
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