11.竜の聖女
ユーリの初めてのBランク依頼から、何度目かの依頼が完了した。
ここまでは
魔族領に近くなればなるほど依頼難易度も上がるので、途中の街で討伐依頼をこなしつつ、実力を上げていくつもりだ。
「今日のBランク依頼はこれだけか」
「王都周辺だと高ランク依頼そのものが少ないですからね。それこそここにSランク依頼が出たら王国の危機じゃないですか?」
「そうですね、王都周辺の街近くであれば常駐している兵や哨戒している兵がいます。流石に全ての村まではカバーしきれてはいませんから、そこの討伐依頼が入るくらいでしょう」
聖竜王国の首都だけあって、この近辺は比較的平和が保たれている。
だからこそ、Bランク以上の依頼がこの1件しかなくても、それはしょうがないというものだ。
◇◆◇
受けたBランクの魔物討伐は、やはり王都から離れた場所にある辺境の村だった。
いつものように支度を整えて出発し、4日ほど掛けて村が見えるところまでたどり着いた。
「ッ!! おい、急ぐぞ!!」
師匠は声を張り上げ自身に身体強化の魔法を掛けて駆け出した。
前方に見えた村が魔物の群れに襲撃されている最中だったからだ。
「ユーリッ!!」
「待って!!」
ユーリに振り返ると、ユーリは何やら呪文を唱えていた。
「『脚力上昇!!』」
魔法の発動と共にオレとユーリの脚力が強化された。
「急ごう!!」
そう言ってユーリは駆け出し、オレも後を駆けた。
その効果は師匠の身体強化より高く、あっという間に師匠を追い抜いた。
「あ、おい!」
「師匠!お先に!!」
「失礼しますね、クリス」
言葉が師匠に聞こえたかどうか、しかしそんな事より、急いで村へ行く方が大事だ。
「見えるのはオークにゴブリン……オーガもいる!」
「複数種族がいるって事は、統率する下級魔族くらいいるのかもな」
「うん、初の魔族討伐、気を引き締めて行くよ」
「ああ、警戒だけは怠るなよ」
すれ違いざまに何体かの魔物を倒しつつ、そのまま村へと入った。
◇◆◇
村に着くと同時に『脚力上昇』の効果が切れた。この移動距離を考えれば十分だ。そしてこの効果時間は、常時掛けて移動するような魔法ではないと感じた。
外であれば大魔法で一掃するところだけど、ここは村の中だ、村にこれ以上の被害を出さないためにも個別に対処していくしかない。
「手分けしよう、オレは奥に行く。ユーリは――」
「ここから倒して行くよ」
「救出優先だからな」
「分かってる!任せとけ!」
そう声を掛け、オレは村の奥へと駆け出した。
この程度の魔物相手でればユーリは全く問題にならない。あるとすれば大勢のオーガに囲まれた時くらいだろうか。
だけどオーガ自体の数はそこまで多くもなさそうだし、大丈夫だろう。
村の奥へ進むとそこには村人たちの抵抗だろうか、武装した男たちが村で一番大きな家を守る様に壁を作り、オークやゴブリン相手に戦っていた。
「助太刀します!!」
迷いなくその戦いに参加した。
一瞬で数体の魔物を薙ぎ倒し、割って入った。
そして、交戦中のところから順番に素早く切り伏せていく。
「ここにいる人で全員ですかッ?」
「い、いや、他にも逃げ遅れた者がいるはずだ……」
切り伏せながら尋ねると、やはりまだ残っている人がいるらしい。ユーリが間に合えば良いのだが。
そして、最前線と思われるここには魔物の司令塔、予想するに下級魔族はいないようだった。
そのまま近辺の魔物を全て倒し、この周辺の安全を確保した。
「ありがとう助かった。君……とんでもない強さだな」
「王都で依頼を受けた冒険者です。ここらは全て倒しましたので他の場所を探してきます」
「あ、ああ……」
「また後で」
今はまだ悠長におしゃべりをしている余裕は無い。
声を掛け、急ぎ残った魔物を探しながらユーリの元へと戻り始めた。
◇◆◇
途中で家の中で捕らわれている人を助けたりしつつ、ユーリの元へ戻ると、そこには追いついた師匠と、下級魔族と対峙するユーリの姿があった。
見渡す限りでは魔族の後ろに控えている魔物を除き、全てユーリと師匠によって倒されているようだ。
「おう、来たかヤマト。――さて、ユーリにとっては丁度良い相手だ」
師匠は呑気に腕を組み、ユーリと下級魔族を睨んでいる。
どうやら手を出す気はなさそうだ。
下級魔族とはいえ、冒険者基準でもかなり強い。BからAランク相当はあるだろう。
ちなみに武闘大会でオレが倒した魔物は中級魔族だ。あれを単独で倒すのは一般的にはSランクが必要だと言われている。つまり勇者やそのパーティの選ばれし冒険者の
そして師匠との試合を見て、ユーリは剣術だけならBランクでも上位だった、そして魔法も合わせて考えれば十分にAランクの実力はある。
加えて、ここ何回かの討伐依頼で実践を経験し、大きく成長している。オレの成長チートには及ばないが、聖竜の血とはとんでもない物なのだと思い始めているところだ。
まあそれでもオレにも師匠にも届いていないとは思うけど。
さて、そんなユーリの初魔族討伐だ。
オレも師匠の横に立ち、残った魔物どもを牽制しつつ、じっくりと観戦する事に決めた。
ユーリは国宝の剣と盾を構え、下級魔族の様子を伺っている。
下級魔族もユーリの隙を伺っていて、ジリジリとした緊張感が漂っていた。
「ユーリ!! 時間をかけすぎだ!!」
師匠の檄が飛ぶ。
1対1の試合ならば時間をかけてもいいだろう。だけどここは戦場で、終わった後の事後処理も控えている。悠長にしている時間はそれほど無い。
ユーリはその声に弾かれる様に下級魔族に駆け出し、一瞬で間合いを詰め、銀の剣を突き出した。
下級魔族は回避しようと身を翻すも間に合わず、ユーリの剣は腕を貫いた。
続け様、ユーリは盾で殴りつける。得意の剣と盾のラッシュだ。
そのラッシュは今までのものより鋭く、重たいものだった。ユーリの身体からキラキラと光が舞っている事から、自身に強化魔法を掛けているのだろう。
その勢いのまま押し切り、最後にユーリは下級魔族の首を刎ねた。
「よくやったユーリ!」
師匠がユーリに労いの声を掛けるのと同時に、残った魔物の掃討へと駆け出した。
オレも師匠を追いかけるように飛び出してユーリに向けて親指を立ててサムズアップし、そのまま逃げ惑う魔物を追いかけた。
ユーリはオレたちとは逆の方向、村の奥の方へと駆け出した。
多分、負傷者を助けるつもりなのだろう。
ユーリは高度な聖魔法の使い手だ。まあ、聖竜王族なのだから当たり前ではあるのだけど。
そして聖魔法とは、数少ない回復魔法の使い手でもあるのだ。
だから残った魔物の掃討よりも優先事項があるわけだ。
◇◆◇
残った全ての魔物を討伐し村へ戻ると、村の中央広場には人だかりが出来ていた。
どうやらユーリが負傷者を治している様だ。
「ユーリ」
「あ、ヤマト。すみません、今手を離せなくて」
「大丈夫。 何か手伝える事ない?」
その会話を聞いた1人の男が声を上げた。
「ユーリ……? まさか!! あなた様はユーリ王女なのですか!?」
ユーリはオレをチラリと見た。身分を明かして良いのか、という事だろう。
頷いて応えた。
「はい、私は聖龍王国第3王女、ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッドです」
その返答に辺りは一斉に騒然となり、どよめいた。
「おお……ユーリ様、ありがとうございます」
聖魔法による治療受けていた村人は涙を流し出し、感謝した。
他にも、村人たちは跪き、ユーリに感謝の言葉を述べた。
「王女様がこんな村まで来て、魔物の討伐だけじゃなく、治療までしていただけるなんて、ありがたい事です」
老婆がそういうと、ユーリは微笑みながら返した。
「いえ、今は王女であり1人の冒険者でもあります。それにこれは王族として当然の務めでもあります。お気になさらないでください」
「おお、ありがたいお言葉です」
「そ、そういえば聞いた事があります。ユーリ様は王都でも治療を施している、と。そして“竜の聖女”と呼ばれているとか……」
そういえばそんな言葉をユーリから聞いた気がする。
「竜の聖女様!!」
子供がそれを聞いて大きな声を上げた。
村人たちはそれに続く様に、“竜の聖女“に感謝のコールを始めるのだった。
◇◆◇
大騒ぎのうちに、一通りの治療が終わり、今は村長の家に招かれている。
「ユーリ王女、クリス様、ヤマト様、この度の魔物討伐、ありがとうございました」
本当はパーティリーダーは師匠なんだけど、まあしょうがない。
魔族首領を倒したのはユーリで、負傷者を治して助けたのもユーリだ。そもそも王女なわけだし。
「いえ、到着が遅れてしまいこちらこそ申し訳ありませんでした」
ここは王都の近くとはいえ、村の場所としては辺境の類、周りには街も村もなく、多分依頼の発注までに時間がかかっていたのだろう。
「とんでもない、お顔を上げてください。ここは辺境の村、正直を言いますと、助けは来ないと諦めておりましたのでユーリ様には感謝しかありません」
「そうですか……そうであれば良いのですが」
「はい、お気になさらず。 今日はここに泊まっていってください。お連れの方にもお部屋を準備しますので」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えさせていただきますね」
こうして、オレたちはこの辺境の村、フーギに泊まる事となった。
◇◆◇
その日の夜、ユーリは魔物に殺された村人たちの鎮魂の儀式を行った。
聖魔法での浄化の儀式、アンデットとなって魔族などに利用されないように浄化し、魂を帰すのだ。
村長を始め、多くの村人たちが見守る中、ユーリは白を基調とした銀と赤の飾り付けがなされた聖竜王国らしい聖なる衣装を見に纏い、鎮魂の祈りと舞で儀式を行った。
儀式を行うユーリの態度や振る舞い、そして舞は凛として美しく、高貴さに溢れ、見る者は言葉を失っていた。
そしてオレは、それが知っているユーリとはとても思えなくて、戸惑っていた。
オレの知らないユーリの一面、――ユーリがこの世界で生まれて育ったオレの知らない15年があるのだ、知らない面があって当たり前なのだけど、なんだかそれが、親友のユーリに対するものとは別の感情がオレの中で
しかしまだそれに気付けず、なんだか良く分からなくてモヤモヤとしていた。
鎮魂の儀式が終わり、村人たちから解放された。
今は村長に用意してもらった宿にいる。
「まあ、しょうがないよね。王女として接している手前、一緒の部屋にして欲しいなんて言えないし」
「だな。一応オレと師匠の部屋は護衛しやすい様に隣にしてくれているし、何かあったら飛び込むから安心しろ。――でも一応警戒はしとけよ。抑えが効かなくなった村人が飛び込んでくるかもしれないぞ」
「まさか! そんな事無いと思うけど」
「いーや!! 今やお前はこのフーギ村のアイドルだ! 盛った厄介なファンが生まれた可能性がある!!」
「……その時はヤマトが助けてくれるんだよね?」
「もちろんだ」
全ての村人が善良だなんて、オレは思わない。
助けてもらったからこそ、あんな舞に魅せられて、暴走するのがいたって不思議じゃない。オレはそう思う。
「ヤマトは心配症だな。ま、俺も警戒はしとくから、ユーリはぐっすり寝て、しっかり身体を休めてくれ」
――ハッとした。師匠の言葉に気付かされた。
ユーリは今日、聖魔法を大量に使っていて、鎮魂の儀式もしている。体力的にも、精神的にも疲労しているはずなんだ。
そんな時はゆっくり休んでもらわなければならない。
だから第1優先で考えるべきは、ユーリがぐっすり休める事のはずだ。
夜の襲撃者については、オレと師匠だけで対応するべき事で、ユーリに余計な負荷を掛けさせるべきじゃないはずだ。
自分の未熟さを痛感させられる。
ユーリの事を考えているようでユーリの身になって考えていなかった。
あくまで外からの見方しか出来ていない自分を恥じた。
「ごめんユーリ。師匠の言う通りだ。オレがちゃんと守るから、ユーリは安心してゆっくり休んでくれ」
そういうと、ユーリは嬉しそうに微笑み、応えた。
「はい、お願いしますね、ヤマト。クリス」
そうして、ユーリが部屋に入っていった後、慰める様に、気遣う様に、師匠はオレの頭を優しくポンポンと撫でるのだった。
「ありがとうございます」
「良いってこった」
師匠はニヤリと笑った。
まだまだオレじゃ敵わないなあ。
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