2.~序章2~

1、2、3話の連続投稿しておりますので見逃しが無いよう注意して下さい

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 10才の誕生日から5年が経った。

 つまり、今日はオレが成人となる日だ。


 15層の甘く、小さいパイを口に頬張り、飲み込んだ。


「誕生日おめでとうマット、これで大人の仲間入りね」


「おめでとうマット、毎年言ってるが、本当にあっという間だったな」


「マット、大人になった以上、もう手加減しねえからな」


「ありがとう父さん、母さん、それに師匠、皆さんのおかげでここまで大きくなりました。これからは大人として、さらに成長して立派な、恥ずかしくない姿をお見せします!」


 子供としての最後のお祝い、大人の一歩目、そして、旅立ちだ。

 明日はクリス師匠と一緒に王都へ向けて出発し、まずは来年開催される武闘大会への参加、そして優勝だ。


「マット、これを持っていけ。大事に使うんだぞ」


 父はそう言って、オレに一本の剣を手渡した。その剣とは、父の愛用する小さな聖竜の紋様が入ったミスリルの剣だった。

 以前聞いた話では、この剣は国王から賜った大事な剣だと聞いていた。


「父さん!? これは大事なものだと聞いています。良いのですか!?」


「ああ、今のお前なら必ず使いこなせるはずだ。お前にこそふさわしい剣だ」


 そう言って、父は嬉しそうに破顔してオレの頭をぽんと撫でた。


「ありがとう!! 父さん!!」


 もう一度、両親に感謝の気持ちを表した。


◇◆◇


  10才で師匠と会って以来、剣術を学び、さらに成長した。年齢に合わせて身長も身体も大きくなり、筋肉も付いた。今では父を超え、師匠と互角、そう思ってる。


 魔法も炎や雷、そして氷魔法に関しては母から教えて貰った魔法をほぼ使いこなせるようにまでなった。


 大きくなって気付いたのだが、ここアトラン村は一見普通の村でありながら、元冒険者や元傭兵などが集まる村だった。

 ここら辺一帯の治安維持を目的とした武装村で、だから魔物討伐や盗賊撃退・討伐を行っていたのだ。


 つまりこの村で上位の強さというのは国内で見ても上位に位置する、という事なのだ。

 まあ、王国内には同様な武装村がいくつも存在するので王国で一番、というわけではないのだけど。


 今この村で一番は師匠、次点がオレだ。

 ここ数年は未成年でありながら魔物討伐にも参加していて、大人たちとも交流して沢山の知り合いが出来た。

 そのおかげか、村の人たちはオレが村から出ていくのを仕方がないとしながらも淋しがってくれていた。

 また帰ってこいよ、とも。


 そしてオレは、最後になる村での両親との時間を大切にし、遅くまで一緒の時間を過ごしたのだった。

 最後の夜だから、と母のたってのお願いで3人一緒に、川の字になってベッドに入った。


「マットには反抗期らしい反抗期も無かったわね、お母さん助かっちゃったな」


 2度目の人生を経験して分かった事がある。

 親というのは大変で、そして、子供に対しとてつもなく大きな愛情を注いでいるのだ、ということが。

 他の人は知らないが、少なくともオレの両親はそうだった。

 前世が15才で終わったとはいえ、それでも前世の記憶があるから、親の事を見る余裕があった。


 それにオレには師匠がいた。これは本当に大きいと思う。

 暇を見つけては師匠に声を掛け、鍛錬や稽古の相手をしてもらった、そういう意味では発散出来ていたのだろう。

 他にも魔物討伐で知り合った大人たちからも構ってもらえたりしていたし、退屈と思う事は無かった。代わりに同年代の友達はいなかったけど、それは別に淋しくもなかった。


 だからオレにいわゆる反抗期というものは無かったのだと思う。


「マットは俺たちの自慢の息子だ、きっと将来はとてつもない大物になる、俺はそう確信している」


 父はそう言ってオレの頭を撫でた。

 オレは女神から世界を救うという使命を受けているし、その予感は当たっていると思う。


 転生者で、前世の記憶があるからといっても、この世界でオレはライアンとジョアンナの両親から生まれた。

 それは紛れもなく、オレの愛すべき両親で、尊敬すべき父と母だ。


◇◆◇


「いつでも帰ってきて良いんだからね」


「マット、ちゃんと大物になって帰ってこいよ。もし泣いて帰ってきたらぶん殴ってやるからな」


「もうあなた!! そんな事言って!!」


「母さん、大丈夫ですよ。父さん、必ず大きくなって帰ってきます、でも、有名になりすぎて帰ってこれなくなるかも知れません。 その時はオレが2人を必ず招待します」


「そりゃあ楽しみだ。 ……クリス、マットを頼む」


「――ライアン殿に頼まれたら嫌とは言えないですよ。とはいえ、俺の手からはすぐ離れていきそうですけどね。まあ、頑張れるだけ頑張ってみますよ」


「父さん、母さん、ありがとうございました! それでは、行ってきます!!」


 大きく手を振り、両親に別れを告げた。

 両親の後ろには見知った顔が大勢いて、みなで見送ってくれたのだった。


 村がギリギリ見える距離となり、村を振り返ると、そこにはまだ両親がいた。

 オレは最後にもう一度大きく手を振って、行ってきます!と聞こえないだろうけど、声に出した。


 前を向き、歩き始めたら自然と涙が溢れた。

 いつ帰れるか分からない、帰ってこれないかも知れない。そう思うとやっぱり寂しい。


 師匠はそんなオレを茶化すでもなく、慰めるようにオレの頭にぽんと手を置いた。

 普段なら子供扱いするなよ、と反応するところだけど、今はその大きく暖かい手が安らぎを与えてくれて、悪い気分じゃなかった。


◇◆◇


 女神の伝令の女の子とはあれから何度もやりとりがあった。

 いつでも好きな時に交信出来る、というわけではないようで、年に数回という程度だけど。


 名前と居場所はお互い分からないように施されているようで、名前を口にしても相手にはふにゃふにゃと変なバイアスが掛かって認識されないようになっている。

 どうやら、女神を妨害したい存在があって、それに名前や位置が分からないようにするための措置だと言う事だった。


 そのままではお互いを呼び合うのに不便なので、呼称は「救世主様」「伝令巫女」となった。

 「救世主様」に関しては、オレはそんな柄じゃないといくら言っても、伝令巫女が頑として聞かなかったからだ。一体どんな事を女神に吹き込まれたのだろうか。


 伝令巫女を通じて、女神に質問をした。

 どうすればユーリに、いや、親友に会えるのか、という事を聞くと、それも武闘大会で優勝すればおのずと達成される、と返された。

 ちなみに”ユーリ”は名前と判断されて、伝令巫女に正しく認識されなかったために”親友”として伝えた。


 年が近い友達がいなかった事もあってか、伝令巫女との会話はオレの楽しみの一つになっていた。

 会話の様子から察するに、伝令巫女もオレに対し悪い感情は持ってないと思う。もし会う事があればきっと仲良くなれる事だろう。


◇◆◇


 王都への道すがら、街や村へ立ち寄った。

 道中は野宿だからちゃんとした宿のベッドで眠りにつけるのは幸せな事なんだと実感する。


 最初に立ち寄った街の冒険者ギルドで冒険者登録をした。

 クリス師匠はBランク、これは5年もアトラン村にいて活動報告もしなかったためで、元々はAランクだったそうだ。

 オレは当然Fランク、いわゆる最低ランクで無頼漢ぶらいかんと何も変わらない、信用されないランクだ。


 なぜ冒険者登録をしたかというと、魔物討伐や盗賊討伐に参加するためだ。

 自分の村や指定の近隣区域の魔物討伐なら冒険者や傭兵で無くても参加出来るが、その他の地域の街や村で魔物討伐に参加するには最低でも冒険者として依頼を受けていなければならない。これは王国の決まりだ。

 魔物討伐という名目で他所の土地で暴れないようにするために、そういう決まりが出来ていた。守れなければ盗賊として指定される事となる。


 というわけで、立ち寄った街や村で魔物討伐なんかの依頼を受けたり、それに加勢し、路銀と経験を稼ぎつつ王都へ向かった。


 そして、約4ヶ月ほどの道のりを経て王都へ着いた。


◇◆◇


 ドラゴンブラッド王国、通称聖竜王国。その王都ドラゴンブラッド。


 高く、頑丈そうな外壁が王都をぐるりと囲み、その奥には白を基調とした王城がそびえ立っているのが遠くから見えていた。

 今までの街とは比べ物にならないくらいの規模で、流石は王都だと感じさせる。


 王都に入るには身分証が必要で、オレの場合は冒険者登録証がそれにあたる、門兵にそれを見せて王都の門をくぐった。

 4ヶ月前と違い、この旅を経てDランクへと上がっていた。

 ちなみに師匠はあっさりと、しかも門兵が敬礼までしていた。まるで貴族かお偉いさんみたいだ。

 やはり王国No.1剣士は伊達ではないという事か。


 王都に入り、まず師匠と一緒に冒険者ギルドへを顔を出すと、『聖ブリーズ』の帰還だ!!とギルド内が大騒ぎになったのだった。

 冒険者ギルドで登録証の更新を済ませ、ギルドを出てから師匠に尋ねてみた。


「師匠、『聖ブリーズ』って何ですか? もしかして聖者様?」


「違うって、あれはな――」


 師匠は頭をぼりぼりと掻きながら、少し恥ずかしそうに話してくれた。


 父から聞いていたとおり、師匠は元王国騎士団の一員で、その剣の腕は超一流、文字通り聖竜王国で一番の騎士だった。

 その武勇で数々の武勲を上げ、聖竜王国にブリーズ在りと言われるほどとなり、いつしか『聖ブリーズ』の二つ名で呼ばれるようになっていたという。


 そんな『聖ブリーズ』が王国騎士を辞めた理由は、貴族たちの目に留まり、引き抜いて直属の部下にしたいとして勧誘されたのだが、師匠にその気は無く、父が母と結婚し騎士団を辞めてしまった事を機に師匠も騎士団を辞し、冒険者となった。

 冒険者でも瞬く間にランクを上げていたが、それがかの『聖ブリーズ』と知るや、冒険者の間でもそれが定着してしまった、と話してくれた。


「大体、”聖”なんて柄じゃねえだろ」


 師匠は話した後にそうぼやいた。

 師匠はそういうけど、二つ名があるって羨ましい、それだけみんなが認めてるって事だ、それは凄い事じゃないか。


「そういえば、父にも二つ名とかあったりしますか?」


「あ~、そうだな……あったぞ。 あの人は”鬼”だ、地獄のしごきで『鬼のライアン』だ、そりゃあ厳しかったし恐ろしかったもんだ」


 そんな、冗談とも本気とも判断しにくい事を言った。

 オレの記憶では父はいつも優しく、鬼と言われるほど厳しいイメージはないのだけど、やはり騎士団時代は違ったのだろうか。

 そして師匠は、口では父の事を鬼と言いながらも、嬉しそうで、懐かしそうに微笑んでいたのだった。


◇◆◇


 目的である王都の武闘大会の開催が近づいていた。


 王都の武闘大会は4年に1度。優勝すれば国王から直接褒美を賜る事が出来る。

 他にも貴族からの勧誘なんかもあったりして、出世を目指すなら出場しない手はない。


 というわけで王都の武闘大会はその参加人数の多さから参加が3つの段階に分けられていた。

 1次予選からと、2次予選から、それに本戦からの出場だ。

 Aランク冒険者や前回優勝者であれば本戦からとなるが、オレはDランクで1次予選からだ。


 せめて2次予選から参加できるのCランク冒険者を目標として依頼をこなす日々だ。

 合わせて師匠の指南も受けていた。

 大会までまだ半年ほどの時間があるのでCランクはなんとかなりそうだと予測していた。


 王都で半年が経ち、そして応募締切の数日前、ぎりぎりでCランクへの昇格が認められたので2次予選での参加を果たすことが出来た。

 そして、2次予選開始日にグループ分けを見ると師匠の名前があった。


「なんで師匠も参加してるんですか!?」


「折角可愛い弟子が参加するんだ。師匠としては大きな壁になってやらんとな」


「いや、そういうの要らないですから」


 師匠とはやりたくない。単純な力の差だけで言えばオレが上だとは思う。だけど師匠に教えられ、手の内を全て知りつくされているのに加え、師匠にはオレより多くの経験があり、勝てるかどうか分からない。それでは困る。

 オレの目的は優勝することなんだから。


 しかし幸いな事に、2次予選では師匠とは別グループとなり、師弟対決は本戦までのお預けとなり、無事に2次予選を突破したオレと師匠は拳を突き合わせるのだった。


◇◆◇


 本戦は32名からなるトーナメント戦。


 本戦ではコロシアムのような場所で戦いが行われるため、予選とは大きく変わっていた。

 まず、戦いで傷を負っても試合後には控えている聖魔法使いたちに即座に回復してもらえる事。

 舞台の四隅から結界が張られ、舞台の外、観客や貴族、王族に被害が出ないようにしている事。

 そして試合アナウンスが付き、武闘場に審判が配置され、勝者の判定や降参、試合続行不可能を判定する事。


 おかげで武闘大会がショーめいた物に様変わりしていた。

 とはいえ、戦う本人たちは本気でやるのだけど。


 トーナメント表を見ると、ここでも幸いな事に反対側に師匠が配置されていた、当たるなら決勝となるだろう。

 でもあの人なら……決勝まで来そうだよなあ。


 オレの1回戦の相手はBランク冒険者。特に見どころも無く、圧勝した。

 師匠の試合はアナウンスに『聖ブリーズ』である事がバラされ、一気に会場全体が大きく盛り上がっていた。


 そして2回戦、3回戦と順調に勝ち進んでいった。

 3回戦を勝つ頃には強さが周知されるようになり、声援も増えた。


 全ての3回戦の終了後、準決勝2試合と決勝戦を明日に残して本日の武闘大会は終了となった。


 残ったのはオレと師匠、そして顔色の悪そうな魔法剣士、前回優勝者の4人だ。

 明日の相手は魔法剣士、試合を見ている限り師匠には及ばないがかなり強い事が伺えた。


◇◆◇


 武闘大会本戦、準決勝。

 準決勝からは貴族に加えて王族も観戦に来ていた。

 国王、后、そして第1王子に第2王女、第3王女とズラリと並ぶ、こんな光景は中々お目にかかれないだろう。

 ちらりと顔を見ると中々の美形揃い、オレは第3王女が可愛いと思う。

 特に長くて綺麗な銀髪が美しさと可愛さを際立たせている。


 歳は多分オレと同じくらいだな、とそんな事を思いながら第3王女を見ていると目が合った。そして小さく手を振ってくれたのだ!! オレに!!

 ……まあ多分、オレに振ってくれたわけではないと思うけど良いサービス精神だ、国民人気もあるんじゃないだろうか。


 ……さて、気を取り直して戦いに集中する。

 オレの相手は魔法剣士、多分オレのほうが強い、だけど油断はしない。


「本日準決勝第1試合は!! 新進気鋭!!マット・アンス・ヤシン選手!! ヤシンという事でお気付きの方もいるかも知れません!! なんと父親は元王国騎士団長のライアン様、そして母親はこちらも元宮廷魔術師のジョアンナ様です!! さらに剣の師匠は『聖ブリーズ』!! 完全無欠の金色こんじきのサラブレッド!! その圧倒的な強さも納得だッ!! Cランクは完全にランク詐欺ッ!! 今日はどのような戦いを見せてくれるのか!!果たして師弟対決はなるのか!! 楽しみですね!!」


 随分と勝手な……っていうか親までバレてるのかよ……。王国の情報網こわ~。

 それにしても父さんは騎士団長だったのか、色々と納得だ。


「そしてこちらは1次予選から這い上がってきた魔法剣士のコリン選手!! 昨日の戦いでも難なく勝ち上がっていてこちらも怖い存在だッ!! 剣で仕留めるか、魔法で押し切るか、見物みものです!! ……それでは、試合、開始!!」



 試合は終始押していた。剣術も魔法も、全ての面でオレが上回っていた。

 だけどコリンの殺気は凄まじく、一切の気が抜けなかった。


 そしてコリンが追い詰められた時、それは起こった。

 突然雄叫びを上げて、コリンの姿が変わったのだ。

 口は裂け、目は紅く染まり、爪が鋭く尖り、尻尾が生え、黒いコウモリのような翼が生えたのだ。


 コリンは魔族だった。

 そういえば女神が妨害があるような事を言っていた、こういう事か。

 多分、オレを抹殺する為に魔族から送られ、人間に化けて武闘大会に参加していたのだろう。


 会場は一気に騒然となった。

 逃げ出そうとする観客、警護兵が王族や貴族を守るように動き出す。

 しかし、オレは即座に魔族の姿になったコリンを追い詰め、何もさせずに首を落とした。


 確かに動きは素早く、皮膚も硬くなった。だけどそれじゃ足りない。オレには届いていなかった。

 会場はシーンと静まり返り、少しの後、拍手が巻き起こった。


「な! なんと!! コリン選手は魔族でした!! しかし!! マット選手が落ち着いて、いともあっさりと討伐してのけた!! これは頼もしい!! この調子で師弟対決も楽しませてくれ!!」


 そんなこんなで会場は落ち着きを取り戻し、準決勝第2試合、師匠対前回優勝者。

 見立てでは圧倒的師匠の有利。

 そして結果は師匠の勝利、今回は魔族なんて事は無く、トラブルは起きなかった。


◇◆◇


「さあ!! 武闘大会決勝戦!! 夢の師弟対決!! 王国No.1剣士『聖ブリーズ』が、弟子にまだ早いと貫禄を見せるか、それとも王国のサラブレッド『金色こんじきの魔族殺し』が師匠を超えて下剋上を果たすか。一瞬たりとも目が離せません!!」


 変な二つ名が付いていた。てか、オレが金髪だからって安直すぎだろ。


「よう、今日は本気でやろうか」


 師匠は指をぺろりと舐めて、剣を構えた。

 指を舐めるのは本気の時の癖だ、指を舐める事で集中力を高めるルーティーンだそうだ。


「オレはいつも本気ですよ」


 オレは静かに、父ライアンから譲り受けたミスリルの剣を抜き放って構えた。


「それでは試合……開始!!」


◇◆◇

 

 戦いは一進一退だった。

 会場も始めは騒いでいたが、次第に静かになり、全ての人が戦いの様子を固唾を飲んで見守っていた。


「お前をここまで育てたのは俺だぞ、癖は見切ってるからな!! オラッ!!」


 師匠がオレの剣を受け止め、間髪入れずに蹴り飛ばされた。

 すぐに起き上がり、構える。


 敏捷さも、力も、剣筋も、全てにおいてオレが上回っていた。

 だけど、師匠は経験と、戦闘勘と、なによりオレの癖を完全に見切っていて、互角に持ち込まれていた。

 オレだって師匠の癖はずっと見てきている、だけど、それ以上に師匠はオレの癖を熟知していたからだ。


 しかし長い攻防の刹那、師匠に隙が見えた。ここで切り上げれば、最悪でも剣を弾き飛ばせる、そんな体勢だ。

 踏み込み、切り上げる。師匠は回避が間に合わず、剣で防御し、その剣は上に弾き飛ばされた。


 好機。そう思った瞬間、師匠は残像が見えるほどの速度でバックステップし、槍投げのような構えをとった。

 しかしその手には何も無い。と思った瞬間、先程弾き飛ばした剣が、構えの逆手に綺麗に収まった。それはまるで、そうなるように計算されたかのようだった。


「ドリュースパイラル!!」


 師匠は槍投げの構えからそのまま剣に猛烈な錐揉きりもみ回転をかけ、射出した。

 その剣は光を帯び、光がドリルのようにねじれて見えた。


 やられた。

 隙に見えたあれは、誘われていたんだ。師匠の罠に見事にハマり、オレは切り上げた姿勢で隙だらけだった。

 それにこんな技、見たことも無い。師匠はオレの知らない奥の手を隠していたんだ。

 この距離、速度。今の体勢では回避する事は困難、かといってあれを素直に受ければ負ける。


 むりやり腕を引き寄せなんとか光を帯びて錐揉みする剣を弾いて軌道を僅かに逸らし、身体をひねった。

 間一髪、剣が纏う光のドリルが身体を掠め、そのまま結界の壁に突き刺さり、突き抜け、結界の外の壁に刺さった。

 結界を貫通する程の威力を持った一撃で、まさに奥の手、一撃必殺の技だった。


 一瞬の出来事に、会場は沈黙に包まれた。


「チッ! ダメだったか、降参だ降参! 参った参った」


 師匠は悔しそうにそう言って、負けを宣言した。

 そしてそのまま、全てを出し尽くしたようにドサリと腰をおろした。


「ク、クリストファー選手の敗北宣言により、マット選手の勝利、優勝です!!」


 そのアナウンスで一気に、会場が弾けたように盛り上がった。

 観客は立ち上がり、歓声をあげ、拳を突き上げている。


 しかしそんな会場の様子とは裏腹に、オレの心は晴れなかった。

 勝利宣言が行われた、だけど勝った気が全くしない。

 最後に運良く躱せただけで、最後の攻防は全て師匠の手の平の上、完全にオレの負けだった。


「師匠、完全にオレの負けでした。なんで降参したんですか?」


 そう言って、師匠に手を差し伸べた。

 しかし師匠はオレの手を払いのけ、こう返した。


「オレはあの一撃に全てを賭けた、体力も気力も全て、な。 それにとっておきの奥の手まで披露してな。だからもう何も出来ねえ、立つこともままならねぇ。 だから最後に躱したお前の勝ちだ。 ――優勝おめでとう」


 師匠はニヤリと笑った。

 だけどその目は、そんな事を言いながらも、まだオレは負けてない、そう語っていた。

 オレだって勝った気はしない、次にやりあう時は、もっと圧倒して、そして勝って見せる。


 とはいえ、このまま座らせっぱなしなのも格好がつかないので師匠に肩を貸して立ち上がらせ、観客の声援に応えた。

 国王の方を見ると、拍手をしていた。満足してもらえただろうか。

 そして、第3王女だけは、立ち上がって嬉しそうに拍手をしてくれていた。

 めちゃくちゃ可愛いな、あの子。


 こうして、武闘大会で優勝するという目標を達成する事が出来た。

 伝令巫女の話によると、この後は暫く流れに乗れば良いという事だが……。さてさてどうなる事やら。


◇◆◇


 翌日、国王から王城へ師匠と共に招かれた。

 武闘大会優勝の褒美を賜るのだが、願いを聞いて貰えるらしい。とはいえ何でも、というわけではないだろうけど。


 控室に通されて、ふかふかなソファに腰掛け、師匠と一緒にくつろいでいると扉がノックされ、開いた。

 迎えが来たのだろうかと扉のほうを見ると、そこには綺麗な銀髪の第3王女の姿があって、王女であるというのに深々とお辞儀をしていた。


「マット様、クリストファー様、失礼いたします。お初にお目にかかります、わたくしはユーリ・セインツ・ドラゴンブラッドでございます」


 この出会いから、オレとユーリの運命は大きく動き出した。

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