妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

 とにかく私は間が悪い。運が悪い、とも言うかも。


 私はそこそこ地位がある貴族の生まれで、金銭的には不自由なく育った。でも、人生は微妙で。


 幼い頃は、妹に取られた人形を取り返したところで家庭教師に見つかり、なぜか私が妹の人形を取ったと怒られた。

 ある時は、妹が花壇の花を摘んで私に花束をプレゼント。受け取ったところで、それを見た庭師から私が花を勝手に盗んだと怒られた。


 学生になってからも災難は続いた。


 学校でもスキあらば、ちょこちょこと私の後をついてまわる妹。私の後ろで学食を運んでいる途中、盛大に転けた妹。それがナゼか私が足をひっかけて転けさせた、と濡れ衣を着せられた。

 人目があるところで妹と関わるとロクなことがないから、裏で妹が忘れたノートを届けたら、私が妹のノートを脅し取っていたと噂された。


 しかも本人はその噂をいっさい否定しない。見た目通りのふわふわな、考えなし頭で「私は、なんともありませんわ」と微笑むだけ。

 それがまた儚げやら、なんやらで同情は買うし、周囲は妹の味方のみ。両親でさえも妹を贔屓している。


「もう……本当にイヤになる」


 私はため息とともに愚痴を吐き出した。


「みんな、あなたの美しさに嫉妬して、そんな噂を流すの。気にしてはダメよ」


 そう言って涼やかに笑うのは学校で唯一の友人、シーナ。

 緩やかなウェーブがかかった白金髪プラチナブロンドに、少しタレた大きなアイスブルーの瞳。筋が通った鼻に、潤んだ唇。それが収まった小さな顔は完璧な美少女。

 そこに穏やかな声が合わされば、もう母なる大海原。

 いつまでも隣にいたいし、愚痴だって自然にこぼしてしまう。


 シーナが穏やかに微笑む。


「アリーシャはキリッとした美人さんですものね。太陽のように明るい金髪。翡翠のように透き通った緑の瞳。高い鼻に意思が強い唇。絵画映えする容姿よ」

「悪目立ちする金髪に、威嚇していると誤解されるツリ目。傲慢、高飛車と陰口を叩かれまくりだけどね」


 もう一度大きくため息を吐いた。


「あーあ。私もシーナみたいに可愛らしく生まれたかった」


 顔を両手でおおってシクシクと泣き真似なんかをしてみる。これで少しは悲劇のヒロインっぽくならないかなぁ。

 そこにシーナがポツリとこぼす。


「……私は可愛らしくないほうがよかった」

「え? なに?」


 聞き取れなかった私が顔を上げると、シーナは聖母のようにこちらを見ていた。その眼差しが優しすぎて胸がキュンとしてしまう。

 ……私、人の優しさに飢えすぎてるわ。


「そろそろ、休憩時間が終わりますよ」

「そうね。あ、そういえば」


 私はスカートのポケットからハンカチを出した。


「次は刺繍の授業よね? これ、使って」


 シーナがハンカチを広げる。そこには細かく刺繍された真っ赤なバラの花。ただし売り物よりは劣る。だって、刺繍したのは私だから。

 ハンカチを見てシーナは困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。授業の終わり頃に私の作品とこっそり差し替えるわ」

「シーナって完璧にみえて、細かい作業は苦手なのよね」


 淑女に刺繍は必須。最低限の技量がないと卒業させてもらえない。ところがシーナはその最低限の技量がなくて落第寸前だった。

 市販品を自作として提出すれば、技術が高すぎるとバレる。悩んでいたシーナをたまたま私が見つけて、こうして刺繍の授業のフォローをするようになった。


「本当にありがとう」


 シーナの笑顔にドキッとする。顔が赤くなるのを感じた私は慌てて顔を背けた。


「そ、そんなお礼を言われるほどでないわ」

「そんなことないわ。アリーシャにはいろいろ助けてもらっているもの」

「そう?」


 あ、レース編みの授業もフォローしてたわ。次の授業までにレースも編んでおかないと。

 二人に降り注ぐように始業を知らせる鐘が鳴る。私は急いで立ち上がった。


「早くいかないと遅刻するわ!」

「そうね」


 私はおっとり頷くシーナの手を掴んで走り出した。背後でシーナの顔が真っ赤なバラのようになっていることに気づかないまま。



 卒業式間近。卒業生たちは浮足立っていた。クラスの半数は許嫁がおり、卒業と同時に結婚する。残りの半数も社交界デビューして伴侶を探すようになる。

 かく言う私も許嫁がいる。騎士の名門一家で、家族ぐるみで数回顔を合わせた程度。

 まあ、外見はキリッとして、いかにも騎士って感じ。悪くはなさそう。ただ、それだけ。

 だって家族がいる前で話もそんなにできないから、相手のことを知りようがない。

 そんな状態でも嫁ぐのは普通で、当然私も卒業と同時に嫁ぐと思っていた。




 ――――――――父が盛大なアホをやらかすまでは。




「失礼、お父様。もう一度、おっしゃってくださる?」


 私の怒りをひしひしと感じているのだろう。妹そっくりのふわふわ頭で、目線を斜め上にそらしながら説明をする。


「いや、だから、おまえは卒業したらニエッケ男爵へ嫁ぐことになった」

「ニエッケ男爵って、いろいろ怪しい噂がある成り上がり男爵ではありませんか! いえ、このさい成り上がりは置いておきましょう」


 私は父を睨んだ。


「なぜ、父どころか祖父より年上の方に嫁がないと、いけませんの!?」

「そ、それは……土地の借用書を…………ちょっと、その……酒場で……」

「だぁかぁらぁ! 重要な書類を持っている時は寄り道せず、まっすぐ帰るようにって何度も!」

「いや……思いのほか商談がうまくいって、相手と意気投合して……」


 私は頭を抱えた。酒を飲むとすぐに酔っぱらい、気前よく散財してしまう父。だから、外で酒は飲むなと忠告していたのに。

 こうなったら、商談がうまくいったのも、父に酒を飲ませるのが目的だったのでは、と邪推してしまう。


「そもそも、私には許嫁の……」

「そっちは大丈夫だ! おまえではなく妹のエリーゼを嫁にほしいと打診があった!」

「はぁ!?」


 父を殴らなかった私を褒めてほしい。拳の代わりにスカートを握りしめて訊ねる。


「どういうことですの?」

「許嫁殿がエリーゼのほうが好みだと言ったそうでな。それなら、と承諾した」


 ほくほくと満面の笑みを浮かべる父。勝手に承諾してるんじゃねぇ!

 と叫びたかったけど、その前に土下座された。


「先祖代々の領地を守るためだ! どうか嫁に行ってくれ!」


 私はそれはそれは深くため息を吐いた。


「相手は老い先短いジジイ……っと、口が悪くなりました。ご老人ですから。話し相手をするためと考えましょう」

「ありがとう! アリーシャ!」


 父が膝立ちになり歓喜の顔で私の手を握る。


「あ、ニエッケ男爵には前妻の子がいるそうだ」

「子どもどころか、孫もいるでしょうね」

「生まれて半年だそうだ。前妻はおまえの二歳上だったそうだが、もともと病弱で最近亡くなられたらしい」


 話し相手どころじゃない!


「絶対! お断りします!」


 足にすがりつく父を蹴らなかった私を褒めてほしい。



「……っていうことがあったの」


 私は両手で顔をおおって、さめざめと泣いた。いや、泣いてるフリをした。もう、涙は枯れ果てた。


 人があまり来ない裏庭でシーナに愚痴る。いや、もう愚痴レベルではない。


 シーナが静かに訊ねた。


「それで、その縁談を受けるの?」

「だって、そうしないと領地が他人の手に渡ってしまうから……」

「そこにニエッケ男爵がどう関わっているの?」

「失くした土地の借用書分の金銭を私の嫁入り準備金として父に贈るって。それで失くした土地の借用書を見つけて買い戻すらしいわ」


 シーナが顎に手をそえて黙る。考え込む姿は可愛いけど凛々しい。気心も知れてるし、性格も知ってる。

 あんな見ず知らずのジジイじゃなくて、嫁ぎ先がシーナだったら……


 と、考えて私はシーナに飛びついた。


「ねえ! シーナにお兄さんとか、従兄弟とかいない!? シーナの家族となら、私うまくやっていけると思うの!」

「ちょ、ちょっと待って。いきなりそんなことを言われても。それに土地の借用書は、どうするの?」


 アイスブルーの瞳が丸くなる。ビックリした顔も可愛いなぁ。

 現実逃避しながら私はシーナから離れた。


「そうよね。ごめん、忘れて」

「……でも、うん。やれることはやってみる」

「え?」


 立ち上がったシーナが私を見下ろす。太陽を背負ったまま私に手を差し出した。


「大丈夫。悪いようにはしないから」


 にっこりと笑うシーナ。その笑顔はいままで見たことがない。可愛いのにカッコよくて。まるで王子様みたい……


「あ、ありがとう。でも、無理はしないでね」


 急に恥ずかしくなった私は、地面に視線を滑らせてシーナの手をとった。



 卒業式。

 母と妹に卒業式に来てほしくなかった私は、事前に流行りの芝居のチケットをプレゼントしていた。もともと私に興味がなかった母は、私の計画通り妹を連れて芝居観劇へ。

 父は急用が入ったと策を巡らすまでもなく、どっかへ行った。


 その結果――――――――


「連絡くださいね」

「もちろんですわ。たまには私のサロンに遊びにいらして」

「えぇ」


 涙、涙のお別れ。私はそれを離れたところから一人で眺めていた。

 私も涙のお別れをしたかったのに、それができる唯一の友人であるシーナがいない。

 卒業の式典が終わると同時に姿を消した。たぶん、家族と感動を分かち合っているのだろう。


「ちゃんとお別れしたかったな……」


 私は一人で歩きだした。シーナがいなければ、こんな場所にいる意味はない。

 そこへざわめきが響いた。顔をあげれば、絢爛豪華な馬車がこちらに向かっている。


「どなたの馬車?」

「あの飾り、最高級の象牙よ」

「こんな素晴らしい馬車見たことないわ」

「よく見て。ドアノブを宝石で装飾しているわ」

「走る芸術品ね」


 称賛の囁きが聞こえる。馬車がアリーシャの前で止まった。


「え?」


 生徒たちの視線が集まる。御者が階段をおろし、ドアを開け、そこから降りてきたのは……


「迎えに来たぞ、アリーシャ」


 私の祖父よりも白髪で髪の毛が少なく、シワも多いご老人。風が吹けば飛ばされそう。


 老人より先に私の意識が飛びかけていると、遠巻きに見ていた生徒が声をかけてきた。


「アリーシャさんのお祖父様?」

「それともご親戚?」

「え、いや……あの……」


 羨望の眼差しが集まる。祖父の家がこれだけ裕福なら自慢になるだろう。でも、実際は……


「こんなに若くて美しい嫁とは。ワシも、まだまだ若い者には負けないな」


 ニエッケ男爵の一言ですべてが凍りついた。一瞬で羨望から憐れみの眼差しに代わる。


 私は震える体を抑え、どうにか声をしぼりだした。


「あの、後日そちらにお伺いする予定でしたのに、どうかされましたか?」

「早く嫁に会いたくてな。このままワシの屋敷へ行くぞ」

「お待ちください。まだ準備が」

「必要なものは、いくらでも買えばいい」

「いえ、でも急にいなくなっては両親が心配……」

「父君から承諾は得ている」


 あんのぉ、クソ親父!


 私は顔に笑顔を貼り付けたまま怒りで燃えた。プルプルと怒りで震える手をつかまれる。


「さあ、乗りなさい」


 有無を言わさない強引さ。


「あらあら。お迎えに来られるなんて素敵な殿方ね」

「年上でしっかりされてて、いいじゃない」

「本当、お似合い」


 周囲からは嘲るような笑い声が聞こえる。カッと目頭が熱くなる。枯れ果てたはずの涙がにじむ。


 こんなことのために学校に通っていたわけじゃない。淑女としての礼儀を身につけ、伴侶を支え、穏やかで過ごしやすい家庭を作るために。


 ただ、普通の……普通の生活を、幸せを望んだだけなのに……


 それなのに……


「さっさと来い」


 手を引っ張られて体がよろめく。


「あっ」


 バランスが崩れ、膝から崩れ落ちる。顔面に迫る馬車の階段。このまま強打すれば、顔は血だらけ、傷だらけになるだろう。


(それでも、いいわ)


 私はすべてを諦めて目を閉じた。



「危ない!」



 聞き覚えがある声。そして、しっかりとした腕に支えられる。


「よかった。間に合った」


 顔をあげれば、そこには美少年……というか、美青年?

 長い白金髪を後ろで一つにまとめ、男性の正装に身を包んでいる。瞳と同じアイスブルーの上下で爽やかな服に、翼のように軽やかな白色のマントが舞う。


「ケガはないか?」


 心配そうに覗き込む瞳。それは何度も見た――――――――


「……シーナ?」

「あぁ。遅くなって、すまない」

「え!? えっ!? えぇ!?!?」


 私は驚きながら立ち上がった。


「ほ、本当にシーナ!? でも、話し方が違うし、声も少し違うような……」

「話し方は女性っぽくしていたし、声もそれに合わせて裏声にしていた」

「していたって、その格好……ど、どういうこと!?」


 私の頭は完全にパニックだった。シーナはどう見てもお淑やかで華麗な美少女。

 でも、目の前にいるのは美しいけど立派な美青年。


「女性に見えるようにコルセットとか、服装とか、いろいろ細工していたからね。でも、卒業したから、これで終わりだ」

「終わ、り?」

「そう。だから、こうして君を迎えにきた」

「え?」


 呆然とする私にシーナがニヤリと笑う。


「それに、君にはたくさん助けられた。今度は私が助ける番だ」


 そう断言するとシーナは私を背後に下がらせ、ニエッケ男爵の前に立った。


「ということで、アリーシャは私がいただく」


 唖然とした顔で成り行きを見ていたニエッケ男爵が怒鳴る。


「な、なにを勝手なことを言っている! こちらはアリーシャの親から許可を得て……」

「こちらもアリーシャのご両親から許可は得ている。手紙も預かった」


 ニエッケ男爵はシーナが取り出した手紙をひったくり、破くように開けた。


「こ、今回の縁談を破棄する!? こんな一方的なもの、認められるか!」

「とは言っても、犯罪者に愛娘を嫁がせるのは親としても遠慮したいからな」

「犯罪者だと!?」


 ニエッケ男爵が顔を真っ赤にして血管が切れそうなほど憤怒する。


 このまま昇天してくれないかなぁ、と不謹慎なことを考える私とは反対に、シーナは淡々と説明した。


「アリーシャの父の商談相手に確認したところ、酒を飲ませて土地の借用書を盗んできてほしい、とニエッケ卿より直々に頼まれたという証言があった。そこで先ほど、そちらの屋敷を捜索したところ、アリーシャの父が紛失したという土地の借用書が出てきた」

「バ、バカな! 私はついさっきまで屋敷にいたのだぞ! こんな短時間で捜索して見つけるなど! そもそも、なんの権限があって捜索を!」


 肩をすくめたシーナが当然のように話す。


「盗んだ、という証言があれば捜索はするだろう」

「だからって、それだけで……」

「もちろん、屋敷の捜索理由は、それだけではない。ほかにも使用人への不当な処遇、賃金未払い。商談相手への脅迫、傷害……いくらでもあるな。むしろ、なぜ今まで放置されていたのか、不思議なぐらいだ」


 ニエッケ男爵が歯ぎしりをする。


「若造が。私の顔の広さを知らんのだな。その気になれば……」

「それを言うならニエッケ。あなたこそ気づくべきだ」

「は?」


 そこに一台の馬車が走ってきた。馬車の上には二羽の白ワシが描かれた王家の紋章。


 その馬車が私たちの前で停まる。そして、後ろから来た馬車から従者が降りてきて、シーナに頭を下げた。


「お迎えにあがりました、シーナルド王太子殿下」


 その一言でざわざわと騒いでいた野次馬がいっせいに沈黙する。波が引くように、サァーと全員の血の気が引く。


 そんな中、シーナが慣れた様子で悠然と頷いた。


「ご苦労。その前にニエッケ卿の処分を頼む」

「御意」


 従者が手で合図を出す。それだけで控えていた兵士がニエッケ男爵を拘束した。


「ま、待て! 話を……」


 叫ぶニエッケ男爵は口を塞がれ、素早く連行された。


 あまりの展開にどこまでが現実か分からない。呆気に取られている私にシーナが手を差し出した。


「今日は家まで送ろう」

「え? で、でも、そんな……」


 私がためらっている隙に卒業生の一人が前に出てきた。

 さっきまで私を嘲笑っていた筆頭。名前はディーバ。容姿に自信があって、縁談はすべて断ったと自慢していた。その理由は社交界デビューして、王太子を射止めるためとか。


 記憶をさかのぼる私の前でディーバがうっとりとシーナを見つめる。


「失礼いたします、王太子殿下。このような場所でお会いできるなんて、私の胸は感激で……」

「ディーバ嬢」

「は、はい!」


 名前を呼ばれると思っていなかったのか、ディーバが期待で顔を赤く染め、次の言葉を待つ。


「縁談相手のランク付けもほどほどにされた方がよろしいかと。家柄と外見だけでは、中身まで分かりませんからな」


 そういえば、ディーバは縁談相手となりうる年頃の男子をランク付けして一覧表にしていた。それをシーナにしっかり見られ……


 ディーバも同じことを考えたのだろう。顔が赤から真っ青になっている。


「ところで、私は何ランクですか?」


 一点の曇りもない笑顔。本心のように見えるが、その裏にはナニがあるのか……と、ここでディーバが失神した。


 シーナとは学友として一緒に過ごし、女子の裏事情からドロドロ劇までバッチリ見られている。


 他の生徒たちが顔をひきつらせて下がっていく。一番見られたくない人に、一番醜い姿を見られた可能性があれば、そうなるよね。自業自得だから、同情しないけど。


 物理的に遠ざかっていく同級生を眺めていると、シーナが声をかけてきた。


「話を戻そう」


 シーナがエスコートするように私の手を取る。


「本当なら、このまま城に連れて帰りたいぐらいなのだが、それだとあの野蛮人ニエッケ男爵と同じだからな。後日に……」

「連れてって!」


 気がつくと私は叫んでいた。


「このまま連れて行って!」


 夢かもしれない。なら、覚めてほしくない。


 私はシーナを逃さないように手を強くにぎりしめた。


「私はシーナと一緒にいたいの!」

「あ、いや、う、うん。わかった……から、ちょっと離れようか」


 気がつくとシーナが顔を真っ赤にして横を向いている。私はシーナの手をにぎるどころか、体を密着させて迫っていた。

 私は慌てて手を離した。


「ご、ごめんなさい!」

「い、いや。突然で少し驚いただけだ」


 シーナは小さく咳払いをすると私を正面から見据えた。


「では、本当にこれから城へ連れて行ってもいいのか?」

「いいわ」


 その意思は変わらない。


 シーナが嬉しそうに笑う。


「では、ともに城へ帰ろう」

「はい」


 私は差し出された手をとった。



 あれから私は本当に城で暮らしている。今は公務の間の休憩時間。忙しいシーナとの貴重なティータイム。

 温かい紅茶とケーキを前にして、シーナが声をかけてきた。


「半ば強引に連れてきたが、よかったのか?」

「いまさら?」

「許嫁もいたのだろう?」


 抜け目ないシーナだから、そこら辺もしっかり調べていたのだろう。

 私はフンと顔を背けた。


「いいのよ。あんな外見しか見てない許嫁なんて。そもそも騎士の家系なのよ? 嫁いだら騎士の礼儀作法から最低限の護身術まで嫁入り教育があるわ。私にいじめられて育って、根性があるから大丈夫だろうって。そんな理由で、外見が好みな妹を選ぶようなヤツなんて、こっちから願い下げよ」


 シーナが紅茶を片手に口角を上げる。


「いじめられて育ったから、根性あるとか、その考えがおかしい。そもそも、いじめてもいないのに」

「そろそろ妹は実家に帰るんじゃないかしら? 学校を中退してまで嫁入りしたのに。これで、良縁はこないでしょうし、これから、どうするのかしら」

「君が何度も先のことを考えて行動するようにって、忠告していたのにね」

「本当よ。まあ、実家と絶縁した私には関係ないことだけど」


 私とシーナはそろって紅茶を飲む。


「君は大丈夫かい? 実家に帰りたくならないかい?」

「まさか。ここの居心地が良すぎて、実家より実家みたいよ。お義母様はお優しいし、私のことをとても気にかけてくださるもの」


 王家では昔、暗殺を防ぐために王位継承権がある男子は女装して女学校に通っていたらしい。


 今でも、その風習が残っており、先代の王も女装して極秘で学校に通っていた。しかし、なかなか無理がある外見だったらしく、生徒たちから浮いてボッチ生活をしていたそう。

 そこに今の王妃が話しかけ、一緒に学校生活を乗り越えたとか。


 そんな王妃だから私と気が合う。気が合う。


 学校生活は王妃選びも含まれているらしく、代々の王妃はこんな感じで選ばれている。そのため、私もすんなり迎え入れられて、お城生活となった。


 公務やら作法やら覚えることは多いけど、これはこれで楽しいし、なによりトラブルを起こす家族がいない!


 私の話にシーナが安堵した顔になった。


「それは良かった。でも」


 紅茶のカップを置き、私の手に手を重ねる。アイスブルーの瞳が優しく微笑む。それは学生の頃と変わらない眼差し。


「少し妬けてしまうな」


 美青年の憂いをおびた、どこか寂しげな笑顔。母性本能をくすぐりまくる。


「ハゥ!」


 最近は公務をしている姿がカッコよすぎて直視できないのに、ここにきて新たな姿が! もう、どんな姿でも毎日惚れ直してて、私の心臓がもたない。


 そんな私の気持ちを知ってか、知らずか。シーナがケーキのイチゴをフォークに刺して、私の前に差し出した。


「このイチゴ、甘くて美味しいよ」

「え、あの……」

「イチゴ、嫌いだっけ?」


 首を傾げるシーナ。すきあらば私を甘やかそうとする。これだから、使用人たちに表では仲睦まじい、裏ではバカップル夫婦、と呼ばれたり。


 でも、嫌じゃないから困ってる。


 私は贅沢な悩みを抱えながら、イチゴをパクリと頬張った。


 

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