わたしの推しは敵幹部! 〜大好きな魔法少女アニメに転生したのに、推しとは敵対していました〜

葉南子

私の推しは敵幹部!

「今日の相手はこいつだ。出てこい、バハデラス」


 銀色の長い髪をなびかせた男性が上空から指を鳴らし、魔物を召喚する。

 

 私たち三人の前に召喚されたのは醜い異形の魔物だった。

 目は吊り上がってて黒目は見えない、口は大きくて歯並びが悪い、上半身だけ無駄に鍛えられたバランスの悪い身体……。


 ──なぜあんな美形な人から、こんな醜い魔物が生まれるんだろう……。


 私は大きなため息をついた。


「バハデラス、好きに暴れていいぞ。今日こそあいつらを倒してしまえ」


 男性は不敵に笑ってそう言い残すと、輝く銀色の髪をかきあげて、蜃気楼のように姿を消してしまった。


 ──ああ、待って! まだ……!


 この人はいつもそうなのだ。

 魔物を召喚したらすぐに私の前から消えてしまう。


 となれば、この魔物にもう用はない。

 さっさと殺ってしまおう。

 

 私はいつものように魔法のステッキを振り回し、必殺技名を叫ぶ。


「ルミナス・ブラスト!!」


 ちゅどーーん

 

 今回も瞬殺だ。



青「さすがリナ! 今日もあっという間だったね!」

黄「リナはいっつも美味しいとこもってくよなあ」


 この二人は私の仲間。

 ゆるくウェーブのかかったロングヘアが大人っぽくて、いつも優しくて知的な『ユズリノ スズハ』。

 カラーは青。


 襟足で跳ねる髪が活発さを表すショートカット、ちょっとお調子者だけどいざという時に頼れる姉御肌な『アイハラ マイ』。

 カラーは黄色。


 そして私! 今は『トメイ リナ』。

 この物語の主人公だ。

 曲がったことが大嫌い、髪も真っ直ぐストレート。いつも元気で明るい、ザ・主人公。

 もちろんカラーはピンク。


 このお話は、私たち三人の魔法少女が悪を倒し街の平和を守る。

 といった、よくあるお話なのだ。


 …………


 ……


 と、言いたいところだが本筋はそこではない。


 この魔法少女の世界は、私が六歳のころに放送していたアニメの世界の話なのだ。


 私は、このアニメが大好きだった。

 ごっこ遊びもした、絵も何枚と描いた、おもちゃだって買ってもらった。


 でもなによりも好きだったのは、敵幹部の男性だった。

 

 長くツヤのある銀色の髪、誰にもなびかない俺様キャラ、鋭く切れ長な目つき。


 生前はいろいろな漫画、アニメを見ていたが、推しになるのは、だいたいいつも同じタイプだった。

 そしてある時、気がついた。私の性癖は、この人が起源だったのだ、と。



 そんな原点にして頂点な私の推しと私は、今現在、敵対している。



 ───さかのぼること数ヶ月前。

 

 私はこのアニメの放送十五周年記念のイベントに来ていた。


 当時と違い、大人になった私には「金」という絶対的力がある。

 グッズは買い漁った。推しのグッズが少ないとSNSで愚痴った。

 

 十五年経っても推しへの思いは変わっていない。

 むしろ再熱し、また一話からアニメを周回しようと思ったくらいだ。


「やっぱりルドルフ様はかっこいいなあ」


 浮かれていた。

 だから、階段を踏み外して転げ落ちたのだ。


 ルドルフ様のアクスタを握りしめたまま、私は意識を失ってしまった───。




 そして、今はこの世界で『リナ』として暮らしている。

 

 現在、中学二年生。

 青と黄色の二人とは同級生で同じクラスだ。


 今は平和な日常パート。

 学校の休み時間、私たちは教室内で話をしている。


「もうすぐテストかあ。リナは勉強してる?」

 

 黄色……じゃない、マイは頭の後ろで手を組みながら聞いてきた。


「もちろん、やってるよ」


 やっている、と言うより知っている。

 ちょっと復習すればすぐに思い出す。高校の時の勉強に比べたら、全然楽勝だ。


「リナは意外と頭良いからね」


 そう言うスズハはクスッと笑っていた。


 別に勉強しなくても支障なんてないのだろうが、『また勉強が出来る』というありがたみは感じていた。

 大人になってから「もっと勉強しとけば良かった」なんて後悔したりもしたが、まさか実際にその機会が訪れるとは。


 放課後はいつもの喫茶店で勉強会をすることになった。


 

 ★★★★★


 

 お爺さんが細々と運営している昔ながらの喫茶店。

 

 他に客もあまりいないし、お爺さんは優しくて長居もさせてくれるのでみんなのお気に入りの場所だった。

 そして、ここがみんなのお気に入りである本当の理由がもう一つ……。



 勉強会を始めてからしばらくして、カランと扉の開く音が聞こえた。


「やあ、みんな。今日も来てたんだね」

「「アキオさん!」」


 スズハとマイが彼の名前を呼ぶ。

 

 この喫茶店でアルバイトをしている男子高校生、『ミヤヒメ アキオ』。

 スズハとマイはもちろん、リナにとっても憧れの対象である人物。


 爽やかなイケメン好青年、頭脳明晰で一流大学に進学希望。性格は温厚で誰にでも優しく正義感が強い。

 

 とまあ、ここまでくればどんな役割でどんな立ち位置なのかをお察しする人もいると思う。

 


 そう。

 この人は、私たちがピンチになるとやってくる正義のヒーロー『イリオス』の仮の姿なのである。


 そして、その正体が判明するのは物語もクライマックスに差し掛かった場面。

 それからなんやかんやあり、最終回で私たちは結婚するのだ。

 


 ──だが断る!!


 確かにリアルに結婚するならば、これ以上の相手はいないだろう。

 しかし、この世界には私の大好きな推しがいるのだ。


 クールな瞳、冷静で沈着、ふと笑った時のニヒルな笑顔。

 

 ──ああ、かこよ……。


 その姿を思い浮かべただけで顔がにやけてしまう。


 とにかく、そんな推しを、決して倒させはしない!!


 

 ★★★★★

 


 そうして勉強していると、外の方から悲鳴が聞こえてきた。


 ──きたっ! ルドルフ様!


 今日は街中に現れたらしい。


「二人とも! 外の様子を見に行こう!」

「「うん!!」」

 

 私は先陣を切り、外に飛び出した。

 


 ★★★★★

 


 ………………がっかりだ。


 ルドルフ様はもういなかった。

 魔物だけ召喚してもう帰ってしまったんだろう。


 醜い魔物がただ一匹、街中で暴れている。

 ルドルフ様がいないとは言え、魔物の好きにさせるなんて魔法少女の名に恥じる。

 とりあえず、一刻も早く抹殺しなければ。


「ルミナス・ブラスト!!」



ピンク  「私たちがいる限り」

青    「この街で」

黄色   「あなたたちの」

 

ピ・青・黄「「「好き勝手はさせない!!!」」」


 ちゅどーーーん


 

 ──キマった。


 

 幼少期のごっこ遊びではない。

 最初こそは羞恥心しかなかったが、今ではもう一ミリの狂いもなくキメポーズができるようになった。

 私はもう、れっきとした魔法少女なのだ。


「今日も楽勝だったなあ」


 マイがニヒヒと笑うが、街の様子が少し変だった。


 魔物を倒したのに、空には重々しい空気が流れていて闇のように暗い。

 

「どうして空が晴れないの……?」


 私たちは胸騒ぎを隠しきれなかった。

 辺りを見回していると、上空に気配を感じた。

 

 

「やはり駄目だったか。まあ、期待はしていなかったがな」


 

 ──その声は……!!


青・黄「「ルドルフ……!」」

ピンク「ルドルフさm……!」

 


 いけないいけない。

 思わず歓喜の声を上げてしまうところだった。

 

 でもこんなパターンは見たことがない。

 もしかして、主人公わたしの行動パターンがルドルフ様中心に変化したことで、少しずつアニメの話とズレが生じてきている……!?


 ──それにしても素敵……。


 なびく髪、見下すような目、冷たい声色。

 

 ──やっぱり…………、どストライク!!


「今日は俺が直々に相手をしてやろう」

 

 ──そうなのですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!!


 私は心の中で手を大きく振り上げながら何度も土下座をした。


青「あなたが相手だろうと私たちは負けない!」

黄「良い機会だ! そろそろ決着をつけようじゃないか!」


 ──っおだまり!!


「はっ、威勢だけはいいな。その何事にも臆さない目が濁っていく様を見るのが楽しみだ」


 ──素敵! 抱いて!


 なんて見惚れていたら、先制攻撃されたみたい。

 

「キュクロス・グラビティ」

「くっ……!」


 上から押さえつけられているようで身体が動かない。

 その名の通り重力の魔法だ。

 そのまま流れで「殺せっ!」って言ってもいいんだけど、本当に殺されかねないのでボツ。


 

「動けないだろう?」


 ルドルフ様が空からゆっくりと舞い降りて、こちらに向かってくる。


青「重力魔法……、まさかこれ程なんて……」

黄「こんな魔法、私たちならすぐに……!」


 ──あなたたち、いいから大人しく屈服してなさい!


「頭を垂れる様……。実に滑稽こっけいだ」

 

 ああ、生前は何百回とあなたに頭を下げたことか。

 でも確かに、このまま重力に押し潰されていてはルドルフ様のご尊顔が──。

 


 コツコツと私に近寄るルドルフ様。

 目の前で片膝をついたルドルフ様の手が伸びてきて、私のあごを掴み顔を持ち上げた。


 ──え……、あごクイ…………。


 こんなに至近距離でご尊顔を拝めるなんて。

 

 ──顔面強……。


 今、あなたの周りには美しい黒薔薇が咲き乱れています。

 そのままキスとか……って、それなんて少女漫画?

 


「こんな状況でもまだ目の光は消えないか。さすがは魔法少女といったところか」


 たぶん私の目の光はルドルフ様が思っている光とは違うものです。


 って、この状況にうっとりしていたら、勢いよく何かが飛んできてルドルフ様の手が私から離れてしまった。

 飛んできた何か、は一本のナイフだった。

 そのナイフは地面に突き刺さっている。

 

 ──このタイミング……、そしてこのナイフ……。

 

 俗に言う『ピンチなタイミング』で現れる人なんて一人しかいないじゃない。


 

「そこまでだ」


青・黄「「イリオス!」」


 ──くぅううう! やっぱりお前か!


 喫茶店はどうした!? 街中が大変な時にお爺さん一人残してこんなところに来るんじゃない!


「俺の手に傷をつけるとは……。いい腕をしているではないか」


 手の甲から滲み出た血を舐めるルドルフ様。


 ──なんで! そんなにかっこ良くて!! 私の性癖好みなんでしょうか!?

 

 

「僕が来たからにはもう大丈夫!」


 ──あ、大丈夫じゃなくていいので退場していただいてどうぞ。


「お前らにこんな仲間がいたとはな。少々甘く見ていたようだ。次はこうはいかない。覚悟しておけ」

「ちょっ! 待ちなさい! (え、待って! もう行かれてしまうんですか!? もっと……!!)」


 いつものように、ルドルフ様は姿を消してしまった。


青「助けてくれてありがとうございます」

黄「イリオスが来てくれなかったら今頃……」


 ──今頃……! キスしてた可能性もあるかもしれないじゃない!?


 私はグッと強く拳を握る。

 その握った拳を、イリオスの手が優しく包み込んできた。


「奴を逃がしてしまった悔しさだね……。でも、君たちが無事で本当に良かった」


 ──違う違う、そうじゃない。

 


 ともあれ、今日も街に平和が戻った。



 ★★★★★

 


「今日の相手はこいつだ。出てこい、ニムラス」


 上空にいる敵幹部の男性は今日も指を鳴らし、魔物を召喚する。

 

 ルドルフ様はまた醜悪な魔物を召喚して消えてしまった。


「……ルミナス・ブラストッッ!!」

 

 ちゅどーーーん


 八つ当たりするかのように、パパッと殺っつけた。


 

「ルドルフ様……またいつか……」

 

 

 ★★★★★


 

 私はこの街の平和を守る魔法少女。

 そして、私の推しは敵幹部。


 

 彼と恋に落ちるその日が来るまで……。

 

 私の推しは、決して倒させはしない!!

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わたしの推しは敵幹部! 〜大好きな魔法少女アニメに転生したのに、推しとは敵対していました〜 葉南子 @kaku-hanako

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