第2章第13話「演奏会」
週明け、三笠先生が今週は特別に水、木も放課後にレッスンを出来るようにしてくれた。
「先生、この前は迷惑かけてすみませんでしたっ」
「元気になったならそれでいい。ちゃんと食って寝てるか?」
「はい、大丈夫っす」
「それなら良かった。じゃあ、早速だが練習を始めるか」
はい! と俺たちは元気に返事をしてチューニングを始めた。今回、芸祭ではドヴォルザークと奏良が好きなシューマン、東宮さんが好きなフォーレを演奏することになっている。ドヴォルザークはもう何度も合わせてきたから安心できるが、まだシューマンとフォーレは不安なところがあったので、本番前にみっちり練習できる時間が取れたのは嬉しい。
俺はもちろんバイトを休み、奏良はちゃんと晴ちゃんと琉翔くんに連絡を入れて家のことは任せたそうだ。
全ての曲の通し練習が終わると「良い感じだぞ」と三笠先生は言った。
「これなら、良い演奏会になりそうだ」
「ありがとうございます」
そうして、何事もなく日々は過ぎて行き、芸祭当日がやってきた。
芸祭は、美術棟に行く人の方が圧倒的に多く、音楽棟の方は比較的すいている。俺たちも自分たちの演奏時間が来るまでは学園祭を楽しんだ。去年までは一緒に回る友達もいなかったので、今友達と一緒に回っているというのが不思議な感じがする。
今、俺は奏良と一緒に美術棟を回っている。美術棟は音楽棟とはまた全然違った雰囲気で新鮮で面白い。女子たちは、女子たちで一緒に回っているみたいだ。最初、東宮さんは真柴さんと中園さんと仲良くなれるか不安そうにしていたが最近はすっかり仲良くなっているみたいで、良かったなと勝手に安心していた。
「そういえばさ、奏良は去年まではどうしてたんだ? なんか、晴ちゃんが最近の兄ちゃんは大学のこと楽しそうに話すようになったって言ってたからちょっと気になって……」
「あいつそんなこと言ってたのか……。別にふつーだった。特別仲が良い友達がいたわけでもねーし、友達がいなかったわけでもない。でも、大学で過ごすより家族のが大事だったから行事とかはほぼさぼってたんだよな~夏休み中でそれどころじゃなかったしさ」
「なるほど……。俺と似たようなもんだな」
「凪音はバイトしてたのか?」
「もちろん。学園祭なんて出なくても単位に影響あるわけでもないからさ」
「わかる~」
そんな会話をしながら俺たちはそれなりに芸祭を楽しんでいた。お昼は女子たちと合流して一緒に食べながら最終確認をして、本番に挑もうとなっていた。
「いたいた~2人とも楽しんでる?」
真柴さんがそう言いながら待ち合わせ場所で待っていた俺たちに向かって駆けて来た。
「うん、それなりに楽しんでるぜ~」
「美術棟普段行かないから新鮮で楽しかったよ」
「分かるなぁ、美術棟って独特な雰囲気あって良いよね」
「向こうばっかり盛り上がってる感じして勝手に闘争心湧いちゃうけどね」
「ほんとよね! こっちの演奏会もどこも素敵なのに~」
「まあ、俺たちの方って美術棟に比べて敷居高い感じするからなぁ」
美術棟はけっこうどこも自由に入って見ることが出来て、気楽に散策が出来た。だけど、音楽棟の方は事前予約が必要だったり、チケットがないと入れないような所が多く、ふらっと楽しめる雰囲気ではないから仕方がないように思う。
現に、俺たちがこれから行う演奏会もチケット制だ。当日券はあるにしても、チケットを購入してまで見ようと思う人は本当に好きな人くらいしかいないだろう。
それから俺たちは、演奏会が行われる校内にある楽奏堂へと移動をした。楽奏堂の前にはけっこうお客さんが並んでいて、思って板よりもこの演奏会を楽しみにしてくれている人がいるということを知れて嬉しかった。
「沢渡くん、出来る限り全力を出すこと意識してみてね。すぐには難しいのは分かっているけど……こういう所でそういう意識持ってやったら、オーディションの時に楽になるはずだから」
「うん。頑張ってみるよ、ありがとう真柴さん」
芸祭の演奏会は、成績には関わってこない。だけど、たくさんの人に聞いてもらえるし、オーディションの時と同じ曲を弾けるから良いシュミレーションになるのは分かっている。奏良は周りを頼り始めた。だから俺は、この仲間たちを信用していかないとなと思っている。去年までの人たちとアマービレは全然違う。元々、俺よりずっと上手な人たちなんだ。だから俺も、本来の強みをもっと前へ出しても問題ないはず。
控室について、楽器の準備をして俺たちはステージ裏へと回った。アマービレが始まってから、今日が初めて人前で弾く演奏会。今まで三笠先生にしか聞いてもらっていなくて、三笠先生は良い音楽だと言ってくれていたが、他の人たちにどう聞こえるだろうか。
ちょっと不安だけれど、ただ今日は楽しみたいと思っている。これからの演奏会はどれも直接成績に響いてくるから純粋に楽しめる演奏会は今日だけ。
「私たちのベストを尽くしましょう」
ステージへと出て行く前に、真柴さんが真剣な眼差しでそう言った。
「もちろんよ!」
「良い音楽にしようね」
「俺も全力で弾く!」
「うん、俺も」
明るいステージへと足を進める中、心臓がドキドキと煩く鳴り響いていた。
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