第2章第11話「今までと同じではいられない」

 奏良から鍵を受け取り真柴さんが先頭に立ちドアを開けた。すると、すぐに奥からバタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。


 「兄ちゃん帰ってきたー! お腹すいたー!」

 「お腹すいたー!」


 元気の良い男の子たちだ。太陽くんと悠李くんだろう。2人はすぐに兄ではない知らない人が玄関を開けたことに気づき、誰? と首を傾げた。真柴さんは、子どもの目線にかがみこみ「お兄ちゃんのお友達なの」と自己紹介をした。


「お兄ちゃんは?」

「お兄ちゃん、風邪引いちゃったんだ。後ろのお兄さんに支えられてるよ」


 真柴さんが、そう言って俺の方を振り向けば子どもたちもこちらへ視線を移した。


「お兄ちゃん!」

「おー太陽、ごめんなぁ。今晩、にいちゃん何も出来そうにないからさ、代わりにお友達が来てくれたんだ。中に入れてあげて。あと、悠李は琉翔呼んできてくれるか?」

「わかった~!」


 悠李くんは元気にそう返事をして、家の中へと入っていった。その間に俺たちも、太陽くんに案内されながら城ケ崎家へと足を踏み入れた。奏良はふらつきながらも、自力で靴を脱いだ。

 奏良の家は、真柴家とはまた違ったタイプの大きな家だ。小さな子どもがたくさんいることを思わせるものが玄関にも置いてあった。


「俺の部屋、すぐそこ」


 廊下を歩いている時に真ん中の部屋を差してそう言った。


「じゃあ、沢渡くんは城ケ崎くんのことお願いね。子どもたちのことは私たちに任せて」

「分かった」


 俺たちが部屋に入ろうとした時に、もう一人の弟くんが控えめに声をかけてきた。


「兄ちゃん……」

「琉翔、心配かけてごめんな。ここにいるお姉ちゃんたちが、家のこと手伝ってくれることになったからどこに何があるとか教えてあげてくれるか? あと、夕飯も頼んでくれてるみたいだから来たら受け取って。晴が帰ってきたら事情説明して欲しい」

「うん……。兄ちゃん、大丈夫? 良くなる?」

「大丈夫、大丈夫。一晩寝れば復活するからな!」


 奏良はしんどいだろうに、弟の前だとそのしんどさを見せずに笑いながら小さな頭をぽんぽんと撫でた。


「分かった。お姉さんたち、こっちへ来てください」


 琉翔くんに案内されながら、真柴さんたちは奥へと進んで行った。みんなは1番奥の部屋の中に入った。俺と奏良も奏良の部屋へ入ると、奏良は気が抜けたのかふらふらとその場にしゃがみこんでしまった。


「悪りぃ……」

「大丈夫だよ。もう心配はないから一旦寝ようか? ベッドの上の物動かして良い?」

「うん」


 奏良の部屋は俺の実家にある部屋と同じくらいのフローリングでベッドと机、本棚、クローゼットがある部屋だけど何日も部屋を掃除していないのか、とても散らかっていた。

 ベッドの上にも楽譜や教科書、CDが散乱していたのだがこの状態で一体どうやって眠っていたのか。聞かずとも分かる。きっと、数日ベッドで眠ることはなく、自分の部屋を片付ける暇もないくらい忙しかったのだろう。

 俺が片付けている間、奏良は壁に寄りかかってぼんやりしていた。


「こんなことまでさせてほんと、ごめん」

「気にすんなって。でもさ、こんなになるくらい厳しいならちゃんと相談しないと。弟くんたち、奏良のこと心配してたじゃん。太陽くんと悠李くんは小さいから手伝えること少ないかもだけどさ、琉翔くんはすごくしっかりしてそうに見えたよ。奏良が手伝って欲しいって言えば、きっと手伝ってくれるんじゃないかな」


 実際に弟くんたちの姿を見るまでは、どれだけ奏良を苦しめている存在なんだろうかと不安だったけどいざ出会ってみたら、みんな良い子たちそうに見えた。こうしている今だって邪魔をしてきたりはしない。


「……分かってる。でも、本当に今までは大丈夫だったんだ」

「うん、俺も同じ。アマービレだと今まで通りにいかないんだよな。俺だって、去年までなら練習の為にバイトを調整したりなんてしなかった。練習は、授業の時と空きコマの時にやればいい。最低限単位が取れて卒業出来ればって思ってたんだよ」


 その考えだけならば、何にも気にせずにバイトが出来ていた。仲間なんていなかったから、周りに合わせる必要はなかったんだ。自分さえ何とかなればそれで良かった。


「1番なんてこだわりなかったのになぁ……。自分がこんなに周りに影響されやすいとは思わなかった」

「俺もだよ。何か、真柴さんたちといると今までの自分ではいられなくなる」

「うん」

「だからさ、奏良はもっと周りを頼ろう。練習時間もっと欲しいんだろ?」

「うん……」


 奏良の部屋に落ちている物を見たら分かる。奏良は、忙しい中でもなんとか時間を見つけて楽器は弾けずとも楽譜を読み込んだり、CDを聞いていたりしていたのだ。


「じゃあ、とりあえず片付いたから寝ようか」

「ありがとう……」


 奏良はゆっくりと立ち上がって、ベッドに入った。寝る前にもう一度熱を測らせてもらったがまだ38度近くもあった。だけど、最初倒れた時に比べたら息苦しさは軽減されたようで、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきてほっとした。俺は、みんなの様子を見に行こうと奏良の部屋を静かに出た。

 

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