第2章第10話「仲間だから」

 それから一旦、各々カバンと楽器を取りにレッスン室へ戻ったりして30分ほどが過ぎた頃、奏良が目を覚ました。今、中園さんと東宮さんは買い出しに出掛けていて、真柴さんは車をなるべく近くまで入れられるように、管理室に頼みに行ってくれていて俺だけが保健室に残っていた。


「奏良、気分はどう?」

「……ごめん。せっかくみんなで集まれた日なのに」

「謝らないで。これから、みんなで真柴さんの家の車で奏良の家手伝いに行こうって話してたんだけど良いよな?」

「え、悪りぃって……俺なら平気だから、ほらちょっと寝たらもうピンピンして……」


 そう言いながら奏良は起き上がろうとしたが、すぐに頭を押さえ辛そうな顔をした。


「全然ピンピンしてないから。奏良に拒否権はないからな」

「……分かった」

「とりあえず、何か飲むか食べるかして薬飲んだ方が楽になると思うけど」


 そんな会話をしていると、ちょうど買い物に出掛けていた中園さんと東宮さんが戻ってきた。


「お待たせ。あ、城ケ崎くん起きてる」

「大丈夫?」

「ほんと、迷惑かけてごめん……」

「迷惑ではないけどさ、この中から食べれそうな物少しでも良いから食べて。何も入ってないところに薬入れるのは良くないからね」


 そう言って中園さんは布団の上に買ってきたものを並べた。


「うーん……なんか、ほんとに食べたいって思えねぇんだよなぁ」

「ひと口でも良いから。ゼリーならいけそう?」

「んー食べてみる」


 奏良は既に封を開けられたゼリーを手渡されて、ゆっくりと口にはこんだ。


「おいしい」

「良かった」


 それから、2、3口食べて限界がきてしまったようで申し訳なさそうにしていた。


「どこが1番痛い? 市販の薬になるからどれが良いか分かんなくて色々買ってきたんだけど……」


 東宮さんがそう言いながら、薬箱を取り出した。


「頭、かな……。咳とかそーいうのはないから」

「じゃあ、これで平気かな」

「ありがとう」


 奏良が薬を飲み終えた頃に、真柴さんが「校舎の中まで車入れてもらえたよ」と言いながら戻って来た。


「奏良、少しだけ歩ける? さすがに、俺だと三笠先生みたく背負えそうになくてごめんなんだけど」

「うん、大丈夫。薬飲んだら少し楽になった。真柴さん、ありがとう……あと、ごめん」

「気にしないで。困った時は助け合うのが仲間。じゃあ、私はチェロ持つから詩織と舞ちゃんは2人のカバンとヴィオラよろしくね」

「任せて!」

「うん」


 それから、俺はなるべく奏良が楽に歩けるように肩を貸してゆっくりと歩き始めた。肩に感じる奏良の体温は熱くて心配になる。

真柴家の車は、保健室がある校舎を出たすぐの所に止まっていた。普段はここまで一般車が入ることは許可されていない。


「真柴さん、ありがとう」

「気にしないで、じゃあ、真ん中に沢渡くんと城ケ崎くんで、1番後ろに詩織と舞ちゃん乗ってくれるかな? 後ろ狭くて申し訳ないけど」

「了解。そしたら、荷物も後ろに入れちゃうわね」

「ありがとう」


 ささっと2人は後ろに乗り込んだ。その後に俺は、奏良を支えながら車に乗り込み真柴さんは、助手席に座った。


「奏良、車乗ったよ。横になった方が楽だったら俺の膝遠慮なく使って良いからな」

「ん、横になりたい……」

「沢渡くん、このクッション使って」

「うん」


 真柴さんから手渡されたクッションを膝に置いて奏良はゆっくりと横になった。歩いたせいかまた少し顔色が悪くなっている。


「安全運転でお願いね」

「任せてください」


 運転手さんはそう言ってゆっくりと車は大学を出て行った。奏良はすぐに眠ってしまった。きっと睡眠もまともに取れていなかったのだろう。家のことをやりながら、空いた時間で練習をして、そんな生活いくら丈夫だからとか慣れてるからといっても持つわけがない。


「城ケ崎くん家どうにかならないのかな。こんな状態見ちゃったらこれから先、黙っていられないよ」


 静かに東宮さんはそう言った。俺も同じ気持ちだ。今までは、奏良が納得しているならそれで良いのかもしれないと思っていたし、いくら友達といえど他人の家に口出しなんて出来ないと思っていた。だけど、今回ばかりはそんなことも言っていられない。


「そう、ね……。助けられるところから助けていきましょう」

「そうだな」


 俺は、奏良の寝顔を見つめながらそう呟いた。それから、しばらく無言の時間が続いていて荒川区に入った辺りで奏良が目を覚ました。


「なぎ、と」

「ん? どっか痛い?」

「どうしよ、きょう、ゆーはんの材料なんもなくて……帰りに買って来るって言ってたの急に思い出して……っ」

 

 奏良はひどく慌てながら起き上がった。


「みんな、おなかすかせてる……っ」

「夕飯のことなら大丈夫よ。さっきお寿司頼んでおいたから私たちが着く頃にお寿司も着く予定よ」


 さらっと真柴さんはそう告げた。


「……ま、マジか。ありがとう」


 安心した奏良は、やっぱり起き上がっているのが辛いのだろう、すぐに俺に寄りかかった。


「お金は今度、返すから……」

「返さなくて良いから、これからはもっと私たちのことを頼って欲しい」

「……うん」

「今晩、お母さんは帰って来る?」

「たぶん、来ない」

「城ケ崎くんのこれからのことを、ご家族に相談したいのだけど話を分かってくれそうな子はいる?」

「え、良いよ。ほんと、今回はたまたまで……夏休みだったからヘマしちゃっただけだから」


 奏良の言葉に真柴さんは小さくため息をついた。


「そんなことないでしょ。これからもっと大変になる。自分を大切にして欲しいの」

「琴乃の言う通りよ。女子に頼りづらいならせめて沢渡くんにだけにでも頼りなさいよ」

「女子とか男子とか関係なしに頼って欲しいけどね」

「奏良、みんなこう言ってくれてるんだしさ、一人で抱え込もうとするなよ」


 俺たちがそう優しい言葉をかけると、奏良の瞳からは涙が零れ落ちた。その涙は俺の服を濡らしている。俺はよしよしと奏良の頭を撫でた。俺よりもずっと、奏良の方が大きいのに今はとても小さく見えた。


「ありがとう……っ」


 それから、奏良は涙を拭って、妹弟たちのことを教えてくれた。


「妹の、晴(はる)が高2だから1番話は通じると思う……ただ、反抗期だから……バスケ部でいつも忙しそうで今晩も帰りは遅いかも」


 弟たちは、 14歳で1番手がかからず大人しい琉翔(ると)くん、7歳の太陽くんはわんぱくで元気が良く1番大変。6歳の悠李(ゆうり)くんは、泣き虫で怒るとすぐに手が出るそうだ。年が近いのもあって太陽くんと悠李くんは毎日喧嘩ばかりしていると言っていた。


「これで、予習は完璧ね」


 真柴さんはそう言った。まるでこれから戦場に赴こうとしているかのような表情をしている。


「あたしね、けっこう子どもに好かれるのよ。子ども好きだし、任せなさいよ」

「え⁉」


 思わず素直に驚きの声が出てしまった。


「何よ」

「だって、中園さんが子ども好きって以外で……つい」

「失礼な人ねぇ。高校の頃の実習で子どもと関わることがあったのよ。その時に子どもに人気だったの。それに、あたしは一人っ子だからさ一度で良いからたくさんの弟妹たちに囲まれてみたかったんだ~上よりも下が欲しかったの!」


 中園さんの意外な一面を知れて、みんな驚いている。だけど、何となく中園さんがどうして今の性格になったのか分かった気がした。一人っ子で大事に育てられてきて、自分の想い通りにならないことが今まであまりなかったからだろう。一人っ子なのは俺も同じだが、俺の家はお金持ちではなかったからそこが違う。


「そっか。そしたら、たくさん遊んでやって」

「城ケ崎くんには借りもあるしね、任せて!」


 中園さんはそう言って笑った。それから、しばらくして奏良の家の前に着いた。

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