第2章第6話「真柴家へ」
グループラインを入れるとすぐに既読が人数分ついた。みんな今の時間空きコマなのか。それとも授業中に見ているのかは分からないが、あまりの反応の速さにちょっと驚いた。
詩織【レッスン室借りれないってほんと⁉ どうするの⁉】
凪音【残念ながら、ほんと。どうしよう……】
舞【せっかくみんなの予定が合ったのにね……】
奏良【どっか外の施設借りるか? でも、どこも状況は同じだろうな】
俺たちはどうやら出遅れてしまったみたいだ。他の人たちは、もっと早くからGWの予定を決めていたのだろう。少し遅れて真柴さんからの返信が入った。
琴乃【そしたら、私の家でやる? 防音室あるし。土曜日の夜ならちょうど親いないのよ。もしかしたら、途中で姉が帰って来るかもだけど……それでも良ければ】
真柴さんの家……⁉ 俺は動揺して指が震えていた。絶対、めちゃくちゃ高級住宅だろう。防音室がある家ってどんな家なんだ。みんなが行きたい! お姉さんいるんだ、とかむしろ会いたいよ! とかワイワイとメッセージを交わしている中、俺だけがまだ返せていなくて慌てて返信を打った。
凪音【ありがとう、迷惑でなければお願いしたいな】
つとめて冷静にそう返信をした。そうして、時間は流れて行き5月3日の土曜日がやってきた。昨日はレッスンで顔を合わせたが基本的に、奏良以外とはレッスンで以外は会わない。会わないようにしている訳では決してないのだが、元々俺は一人行動が好きだし、女子は女子でコミュニティがある。
俺たちは、音楽以外のところで積極的に仲良くしようと思っている人は少なさそうだった。たぶん、みんな大人数は苦手なタイプなのだろう。中園さんも一人は嫌だと言いつつ、真柴さんさえ傍にいてくれたらそれで良いと思って良そうだ。
真柴さんは、来るもの拒まずといった感じで特定の友達というのは中園さんくらいの印象。東宮さんは、分からないけど前にヴァイオリン専攻の知らない人と歩いているとこをみたから別に友達はいるのだろう。
俺と奏良は、男同士ということもあって日常的にも仲良くなっていた。食事も時間が合えば一緒にするようになった、空きコマが被れば一緒に練習したりしていた。
今日も、一人で向かうのは緊張するから真柴さん家の最寄りで奏良と待ち合わせをして向かうことになっている。真柴さん家は、港区の白金にあるそうだ。白金といえば、お金持ちが多く住んでいるといわれている街。お金持ちの知り合いなんて今までいなかったものだから、正直いうとワクワクしていた。
真柴さん家へは18時待ち合わせとなっている。最寄り駅の白金高輪駅に着き、改札口前で奏良を待っている間行き交う人を眺めていたが自分がいるのが場違いな気がしてきて落ち着かない。
「おーい!」
そんな時によく知った声がこちらに向かって、ぶんぶんと手を振っていてほっとした。
「手土産何買ってきた?」
「めちゃくちゃ悩んで、とりあえず高級そうなクッキーにした」
今回、とにかく悩んだのが手土産だった。友達の家にすら最後に行ったのは、中学生の頃なのに、それ以来の友達の家がお金持ちとなればもうどうして良いか分からなくて……。色々と調べて、1番無難そうでかつおしゃれで高めのクッキーを東京駅で買ってきた。しばらく節約をしないといけなくなったが、寮のレッスン室を借りていたらその分レッスン室代がかかっていたのだからプラマイゼロだろう。むしろ、お得だ。こんな機会はめったにない。
「お、良いな。俺はマドレーヌ買ってきた。家の近くのが評判良くてさ、いつか買ってみようと思ってたんだよなー」
色々と難しく考えずに、買ってみたかった物を買ってしまえる奏良がさすがだなぁと思った。俺も、その姿勢を見習いたい。
「それにしてもおしゃれな街だなー」
俺たちは今、駅を出て真柴さん家がある住宅地へと向かって歩いている。住所を教えて貰いグーグルマップを頼りに歩いている感じだ。真柴さんが「迎えに行けなくてごめんなさい」と何度も謝っていたが、こちらとしては迎えなんて恐れ多すぎるので助かったと思っていた。土曜日は、両親が車を使ってしまっていて、ドライバーさんが留守だそうだ。真柴さんはぎりぎりまで家の用事を終わらせておきたかったようで、迎えには来れず各自向かうこととなったのだ。
「こんな街歩くことめったにないよな。そう言えば奏良はどのあたりに住んでるんだ?」
「荒川区~都電荒川線沿い! だから全然雰囲気違くて新鮮~」
「へぇ、奏良の家も今度行ってみたいな」
「いつでも来いよ~」
そんな会話をしながら俺たちは大通りを抜けて、明治坂を上った。この明治坂を登り切った所に真柴さんの家はあるそうだ。大通りは大通りでそこかしこにおしゃれな店があったが、明治坂は、とても風情があって一気に落ち着く空気になった気がする。立ち並ぶ家々は、寮がある所とは比べ物にならないくらい立派だけれど、緑があるだけで親近感が湧く。
「お、あの家ぽいな」
「綺麗な家だな、ガレージデカい……」
辿り着いた真柴さんの家は、茶色を基調とした和モダンといった雰囲気の家で、玄関の傍には大きなガレージがあった。
「どっちが押す?」
「そこはリーダーの凪音だろ~」
「えぇ、ここリーダー関係ある??」
「あるある」
俺たちがモダモダとインターホンを押せないでいると、「何やってるのよ」と後ろから中園さんの声がした。
「中園さん! 東宮さんも一緒だったんだ」
「あんた達はインターホンも押せないの?」
呆れた顔で中園さんはそう言った。
「いや、だって、お金持ちの女子の家なんて……恐れ多すぎて……」
「情けないなー」
中園さんはそう言いながら、迷いもなくインターホンを押した。さすがだ。俺には到底できないことを軽々とやってしまっていて、各の差を思い知らされた感じがした。
「はーい」
「詩織でーす。みんなもいるよー」
「今行くね~」
しばらくしてバタバタと玄関へ向かってかけてくる足音が聞こえてきた。家の中から顔を出した真柴さんは、大学の時と髪型が違くてドキッとしてしまった。いつもは長い髪を下ろしているのに、今日はポニーテールにしている。
「いらっしゃい。遠いところ来てくれてありがとね」
「いや、こちらこそ誘ってくれてありがとう」
それから、おじゃましますと挨拶をして俺たちは真柴家へと足を踏み入れた。玄関は広々と大きく、すぐ横にはシューズクロークがあった。綺麗な廊下を進むと、明るいリビングダイニング。
「リビング広いなー!!! すげー! あ、これお土産のマドレーヌ」
俺が部屋の綺麗さに感動している間にも奏良は、手土産を渡していた。
「あたたし達はケーキ人数分買ってきたの。琴乃のパパとママ、お姉さんの分もあるから帰ってきたらあげて」
「あ、お、俺はクッキーを……」
結局俺は最後になってしまった。
「みんな、ありがとうね。練習終わりに食べましょ」
今日は、当然練習がメインなので夕飯は各自済ませてきている。
「防音室は、ここ。充分広さあるから問題ないと思う」
真柴さんが案内してくれた防音室は、リビングに隣接されていて立派なグランドピアノと椅子、譜面台が置いてあった。防音室というから、勝手に地下を想像していたから驚いたが素敵だなと感じた。リビングの様子がよく分かるように小窓がある。
「さっそく準備して始めようか」
「そうね。限られた貴重な時間だものね」
それから、各々楽器を取り出しチューニングを始めた。
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