第2章第5話「愛しく、優しく」
週明けの月曜日、俺たちは結果を伝えた。真柴さんと奏良にはメッセージでも伝えていたけれど、東宮さんと中園さんは何となくまだ気軽にメッセージを送ることは出来ない。
「良かった~時間作ってくれてありがとうね」
「いや、俺もこれからはもう少しバイト減らして練習に集中するようにするよ。それから、1つ提案があるんだけど良いかな?」
「うん」
「グループラインを作りたいなって思って……。休み中も気軽に連絡取りあえるようにさ。連絡事項とか共有するのに便利かなーって……」
まさか、こんな提案を自分からするようになるなんて思いもしなかった。
「賛成! 私もグループラインないのかなぁって思ってたの」
東宮さんが嬉しそうにそう言った。
「良いと思う。もっと早くに作っておけば良かったね」
「いきなり色々あったからな~」
奏良がそう言って中園さんの方を見た。
「何よ~~」
「何でもなーい」
2人はあの件以来、やっぱり少し距離が近いような気がする。
「そしたら私が皆を招待するけど、グループ名どうしようか」
「何か、このグループの名前欲しくない?」
「バンド名みたいなもの?」
東宮さんの言葉に「そうそう!」と中園さんが答えた。
「良いね、バンド名。欲しいかも」
「でしょでしょ~」
女子たちがわいわいしているが、イマイチ俺と奏良は着いて行けていない。
だって、ピアノ五重奏などクラシック系でグループ名というのはあまりなじみがないからだ。まあ、そもそもこういうノリに弱く何て反応するのが正解なのか分からないのが1番なのだけど……。奏良も仲間で良かった、と心底思った。
「ちょっと男子2人ぼんやりしてどうしたのよ! 何か良い案ない?」
「え!? いや、普通に〝ピアノ五重奏〟でいくのかと思ってたから……グループ名とか全然思いもしなかった」
「えぇ~~~」
「俺も~あ、じゃあ〝沢渡組〟とか!?」
「それじゃあ、ヤクザみたいじゃない!」
「うん、俺もそれは困る……」
「冗談だって~」
そう言って奏良は笑った。それからしばらく5人で考えた始めてしまった。三笠先生は、そんな俺たちのことを黙ってみている。
「あ!」
突然真柴さんが大きな声を出した。
「amabile(アマービレ)はどうかな?」
音楽用語で愛らしく、愛おしくや優しく、を意味する言葉だ。
「アマービレ、素敵だと思う! ドヴォルザークの曲の始まりにもぴったり」
「うん、私もすごく好きな音楽用語だな」
「ほんと? 私も響きがとても好きなの。それから、これから私たちが表現していく音楽は愛しく優しい音色でありたいなって願いも込めて……」
「めっちゃ良い!!」
愛しく、優しく。それは、とても素敵な言葉だと思った。
「すごく良いと思う」
俺がそう答えると真柴さんは「良かった」と嬉しそうに笑った。
そうして俺たちのピアノ五重奏グループの名前は〝アマービレ〟となり、心機一転な気持ちでレッスンが始まった。まずは、一通り合わせてみるところから。俺たちは今回、ドヴォルザークのピアノ五重奏曲の中から第1楽章を選んだ。
美しい真柴さんのピアノから入る。まだ楽譜を渡されて間もないというのに真柴さんの音はもう完璧だった。その後に入るのはとても緊張するが、あまり気負い過ぎずにとにかく間違えないように音を奏でた。
今、俺はずっと雲の上のような存在だと思っていた真柴さんと共に音を奏でているのかと思うととても不思議な気持ちになる。
ピアノとチェロのデユオが終わるとどんどんと激しくかっこいい曲になっていく。
中園さんと東宮さんは、見た目からは想像も出来ないくらい激しい音を持っている。逆に奏良のヴィオラは、繊細で優しい。俺の音はどんな風に聞こえているのだろうか……。最後の1音を奏でる時はいつも寂い。
「さすがこのグループ……アマービレはレベルが高いな」
三笠先生は、満足そうにそう呟いた。
「いえ、きっとこれからもっと良くなると思います」
真柴さんの声は俺にだけ向けられているような気がして、ドキッとした。
「そうだな。 まず中園は、自分が前に出たいと言う気持ちが強すぎるな。もっと周りと調和していかないと一人で突っ走っているだけになってしまう」
「……はい」
「東宮の音はとても丁寧で綺麗だが、教科書通りと言う感じがしてしまう。もう少し感情を乗せて弾いてみても良いんじゃないかな」
「はい! 意識して練習します」
「城ケ崎は、ちょっと音が小さすぎるな。繊細で優しいところはプラスにもなるがマイナスにもなる。女子に遠慮する必要なんてないのだから、もっと音を出すことを意識した方が良いな」
「りょーかいでーす」
「……真柴は、何か迷いがあるのかそれがピアノにも移ってきてしまっているように思う。ほとんどの人には気づかれないと思うが」
「はい。本番までには解消しておきたい迷いです。弾く時は忘れるように努力します」
「あぁ、それが出来るならそうした方が良いな。沢渡は……探り探り弾いているように聞こえる。真柴とのデュオのところは特に分かりやすいから、もっと堂々と楽しく弾くと良い。せっかくチェロが目立つ曲なんだからな!」
先生は一気にそう全員分の感想を述べた。
「すみません、頑張ります……」
俺は、見事に痛いところを言い当てられてしまいどうしたものかと小さくため息をついた。
「じゃあ、今日はこんなところで次までに各自言われた箇所意識して練習しておくように。おつかれ~」
お疲れ様でした! と挨拶をして三笠先生はレッスン室を出て行った。
「沢渡くん、この後空いてる?」
皆が片付けをしている間に、真柴さんがそう声をかけてきた。
「え、あー、ごめん、急ぎの用があって……」
「……そっか。分かった」
しんと変に空気が重くなってしまった。
「あ、3日の土曜日さ寮のレッスン室借りられないか聞いておくな!」
場の空気を変えるために慌ててそう俺は話題を変えた。
「ありがとう、よろしくね」
「うん、じゃあまた」
レッスン室を出て少し歩いた所で、ふぅと息をはいた。真柴さんはきっと、俺の音のことについて聞きたいのだろう。分かってはいる。だけど、今はまだ話せる気がしないし話したことで微妙な空気になってしまうのが嫌だった。せっかく、良い雰囲気なのだから……。
そんなことを思いながらぼんやりと学生課へと向かっていた。
急ぎの用なんてものはない。次の授業は空きコマだったので、外でチェロの練習をしようかと思っていた。その前に、学生課へ行き寮のレッスン室の予約をしてしまいたかった。予約は1週間前から出来ることになっている。GWは実家に帰る人も多いそうだが、油断は出来ない。
「すみません、レッスン室の予約をお願いしたいのですが……」
「ご希望の日時と人数を教えてくれますか?」
「えっと、5月3日の18時~22時で5人です」
「少々お待ちくださいね」
事務員さんは、カタカタとパソコンを打ちながら空きがあるか調べてくれた。
「申し訳ございません、その日だけちょうど埋まってしまっていて……他の日なら空いているところもあるのですが」
何ということだ。GWってそんなに、みんな練習するんだと驚いた。旅行とか実家に帰る人はいないのか……。あぁ、でも東宮さんも4日から帰ると言っていたから東宮さんパターンの人が多いのか。
「どういたしますか?」
「あ、いや、そしたら大丈夫です。ありがとうございます」
全然、大丈夫ではないけれど他の日は無理なのだから別に借りられる場所を見つけるしかない。ひとまずグループラインに現状報告を入れた。
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