第4話「嫌いな展開」
次の日、今日は曲決めと合奏をするから楽器を持って来て欲しいと言われた。
みんなの前で音を奏でるのは今日が初めてで不安だ。
俺は、2年生の時の室内楽での出来事がきっけで学内では、本当の自分の〝音〟を隠して弾くようにしている。
2年生の時、チェロ三重奏のレッスンを受けたのだけどその時のメンバーの中だと俺が1番上手かった。
別に他の2人が下手だったわけではない。
俺の音には〝感情〟があるそうだ。その時の先生に言われて初めて知った自分の能力。
感情を乗せて弾くのが上手い、と言われた。
意識せずに弾いていないのが良い、自然と流れるように気持ちよく悲しい曲は悲しい、楽しい曲は楽しい、そう言うのがまるで人が笑ったり泣いたりしているかのように聞こえるのだと言われた。
その言葉は素直に嬉しかった。
だけど、先生は俺ばかりを褒めてしまって他の2人のことは全然褒めず、あげく怒ったりして2人のやる気はどんどん無くなって行ってしまった。
1人は女子だったけど、影で泣いているところを見てしまった。
直接、俺が何かしたわけではないけど俺が泣かしているようなもので……。
とても辛くなった。
2人とも出会った頃は楽しそうに弾いていたのに、どんどんレッスンに来なくなってしまって……。
それでも、試験はやってきて2人も単位は欲しいからちゃんと試験は受けてくれた。
結果はひどかったけれど。ひとまず単位が取れればそれで良い、と言った感じだった。
もちろん、そのグループは学園祭を待たずして解散となった。
自信を無くしてしまった2人は、2年の途中から担当楽器を変えた。
俺の音のせいで、音楽をチェロを好きだった人たちを2人も傷つけてしまった。
それが、すごく悲しくて、辛くて、俺はその出来事以降、意識的に〝音〟を抑えて弾いている。
三笠先生は、新任の先生だから去年の俺のことは知らないはず。
だけど、真柴さんは音楽バーで俺の〝音〟を聞いてしまっている。
俺は、学内以外でなら本来の〝音〟で思うままに弾くことが出来てしまうんだ。
だから、きっと真柴さんは気づいてしまうだろう。
真柴さんは、何て言うだろうか……。
そんな過去を思い出しながらレッスン室へと向かった。
全員が集まるとまずは、曲決めの話しになった。
どうやらピアノ五重奏は曲は自由だそうだ。
去年は課題曲があったので、顔合わせと共に楽譜を渡されたっけ……と思い出しかけてぶんぶんと首を振った。
今は現実に集中しなければ。
「え、えっと曲は自由に決めて良いらしいけどどうしようか……」
先導を切る行為は得意ではないけれど、リーダーになってしまったからには仕方がない。
「曲目選びで遅れを取りたくないから、みんなで明後日金曜日までに1曲は候補を持ってきてその中から多数決で決めるって言うのはどうかな?」
真柴さんがはきはきと意見を述べてくれて、やっぱり真柴さんがリーダーになるべきだったのでは……? とどうしても思ってしまう。
「金曜日までか~時間足りるかなー」
最初にぼやいたのは城ケ崎くんだった。
「琴乃の意見に反対なの?」
中園さんが真っ先に突っかかって行って、あぁこれは嫌な予感がする……と感じた。
俺の嫌な予感は大体当たるんだ。
「反対ってわけじゃねーけどさー」
「なら良いじゃない。早く決めるに越したことはないでしょ?」
「あんまり強要するのも良くないよ」
そう言って、2人の間に真柴さんが入ってくれた。
東宮さんと俺はそんな3人をぼんやりと見ていることしか出来なくて……。
「琴乃……あたしは、琴乃と同じ意見だよ! 早く曲決めて練習始めたい!」
「うん、そうしたいけど金曜日が難しそうなら週明けの月曜日にする?」
優しくそう問いかける真柴さんは、聖母に見えた。
俺も、金曜日よりかは月曜日の方がありがたい。
「んーそうだな。まだ月曜日の方が余裕あって助かるかも」
「じゃあ、月曜日までにそれぞれ候補曲を決めてくるってことで沢渡くんと舞ちゃんも良いかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「俺も平気」
「よし、じゃあ曲目についてはそんな感じで、今日はちょっとした曲を合奏してみようか~」
三笠先生のその言葉で、いよいよきたか……と俺の心臓はドクドクと高鳴り始めた。
レッスン室の真ん中にそれぞれ椅子を並べて、真柴さんはピアノの前についた。
「曲は、きらきら星変奏曲だ」
こう言う時、大体はきらきら星が選ばれる。
誰もが知っている曲で、かつ意外と難しい曲。
ピアノ五重奏用に編曲された楽譜を配られて、最初10分ほど個人で好きに弾く時間を設けられた。
真柴さん以外は、俺の音を聞いたことがない人たちなのだから気にせずに弾けば良い。
真柴さんだって聞かれたと言っても、音楽バーの賑やかな空間でだったしはっきりと覚えていないと期待している。
きらきら星変奏曲は好きな曲だ。明るくて、楽しくて、弾いていて幸せな気持ちになれる。
早速、真柴さんがピアノを弾き始めた。やっぱり綺麗な音だ。
東宮さんも、中園さんも、城ケ崎くんも上手い。
俺も、最後に音を出してみる。
「じゃあ、音出しはそのくらいにして早速合奏してみるか~」
三笠先生の掛け声と共に、みんな真剣に楽譜に向かう。
トゲトゲしていて嫌な感じの中園さんも、音楽に対しては真面目らしい。
三笠先生の指揮と共に、曲が始まった。
初めて合わせるはずなのに、みんなが上手いからか初めてのような気がしないくらいスムーズに曲が流れていく。
俺も気持ちよくチェロを弾けた。
2年生の授業が終わってから、今日まで人と合わせると言うことをバイトで以外してこなかったけれどやっぱり合奏は楽しい。
最後の1音を奏でた時、あぁ終わってしまうんだと寂しくなった。
「へぇ、なかなか良いじゃないか」
三笠先生は、感心したようにそう言った。
「私も、とても楽しかった」
東宮さんが静かに言った。
「初めてじゃないみたいだったな! 興奮した!」
「当然でしょ、琴乃とあたしがいるんだから!」
みんなが喜んでいる中、真柴さんだけは「そうかな……」と呟いた。
「ねぇ、沢渡くん」
真柴さんの凛とした声が俺の名前を呼んでいる。
俺は、緊張しながらも真柴さんの方を見た。
「あなたの音、それ偽物でしょ?」
あぁ、やっぱり真柴さんには気が付かれてしまっていたか。
だけど、俺は今回こそ上手くやりたいんだ。
だから、どうか嘘をつくことを許して欲しい。
「偽物? 何で? これが俺の実力なんだけどな」
「ごまかさないでよ。音楽バーの時はもっと良い音だったじゃない」
「それはきっと環境と空気のおかげだよ」
俺がはっきりとそう告げると、真柴さんはそれはそうかもしれないけど……と言うような顔をして少し黙ってくれた。
そしてちょうど良いタイミングでチャイムが鳴ってくれた。
「じゃ、じゃあ、来週候補曲持ち寄るってことで今日は解散で良いですかね、三笠先生」
「あ、あぁ。大丈夫だ、良い演奏だった。今後が楽しみだ」
「ありがとうございます」
俺は解散の流れを作り、そそくさとチェロを片付け始めた。
東宮さん、中園さん、城ケ崎くんは俺と真柴さんのやり取りが気になっているようだったけれど特に突っ込んでくる気配はない。
変な空気の中、俺はおつかれさまーと挨拶をして一番にレッスン室を出た。
レッスン室から離れて、次の授業の教室に入ってから小さくため息をついた。
俺を誘ってくれた優しい真柴さんに嘘をついてしまった。
だけど、みんなに知られたくないんだ……。
真柴さんにだけは、理由を教えた方が良いのかもしれないけど上手く伝えて理解してもらえるだろうか。
あぁ、どうしてあの日真柴さんは俺のバイト先の音楽バーに来てしまったのか。
いや、でも来てくれたから今の俺があるわけで……。
複雑な気持ちのまま、時間が流れて行き授業内容は何も頭に入ってこなかった。
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