第3話「大丈夫なのか……」
レッスン室には、俺と真柴さん、それから男子が1人と女子が2人いてやはり夢と同じだ……! と俺は一人で感動していた。
とりあえず男子もいるし、何より先生が個人レッスンの講師でもある三笠先生だったのは安心した。
まだ2回しか授業は受けていないけれど、それでも良い先生なのだろうと言うのは伝わっていたから。
「じゃあ、まずは真柴から行くか」
「はい」
みんなの中心に立った真柴さんは、凛としていた。
「真柴琴乃です。今回は、集まってくれてありがとう。ずっと夢だったピアノ五重奏をこのメンバーで出来ることがとても嬉しい。やるからには、11月のオーディションを取りにいきたいからそのつもりでよろしくね」
11月のオーディション……。
そう言えばオリエンテーションの時にそんな話しをしていたっけ。
興味がなかったので、ぼんやりとしか聞いていなかったがそんなことを言ったら怒られてしまいそうだ。
何となくは分かっている。
11月末に行われる室内楽のオーディションで今までの成果を発表する。
そこで、トップに選ばれたグループは来年からのコンサートとかをしやすくなるし、個人でも優遇されやすくなると言っていた。
「じゃあ、次は城ケ崎」
「はいっ!」
次に前に立ったのは、唯一の同性の人だった。
「ヴィオラ担当の城ケ崎奏良です。奏良は奏でるに良いって書いてそらと読みます! 名前の通り良い音を奏でられるよう頑張りますっ! ただ、ちょーっと家庭の事情があって授業外に夜や早朝に練習するのは厳しそう、かな。そこは多めに見てもらえると助かります……! よろしくお願いします!」
「東宮舞、ヴァイオリン担当です。実家は千葉なので寮暮らしをしています。楽しく音楽が出来たら良いなと思っています、よろしくお願いします」
東宮さんは、大人しく優しそうだ。
俺以外にも寮暮らしの人がいてくれたことにほっとした。
「ヴァイオリン担当の中園詩織よ。琴乃とは親友なの。あたしもトップを目指して行きたいから緩いのは許さないと思っていてよね! よろしく」
この人は、苦手なタイプだ……と今すぐここから飛び出したい気持ちになってしまった。
みんな、自己紹介は同学年だろうと敬語でしていたのにいきなりため口だし、何か偉そうで嫌だなぁと思ってしまった。
「じゃあ、最後は沢渡」
「は、はいっ」
三笠先生に急に名前を呼ばれてどもってしまった。
何を話せば良いのだろう。俺も、城ケ崎くんみたいに授業外の練習は厳しいって言った方が良いかな。
だって、バイトがあるから実際厳しいし。
「沢渡くん?」
真柴さんが心配そうに俺のことを見つめている。
「あ、す、すみません。えっと、沢渡凪音です。チェロ担当です。よろしくお願いします」
俺は、結局必要最低限のことしか言えなかった。
絶対にもっと言った方が良いことはあるのに。
「えぇーでは、自己紹介もすんだことだし「先生の自己紹介はー?」
そう言って三笠先生の言葉を中園さんが遮った。
「あぁ、そうだったな。俺は、三笠笙吾。チェロの講師をやっていて、沢渡とは個人レッスンも一緒なんだ。良い音を持っている」
三笠先生がそう言うと、みんなの視線が一斉に俺へ向けられた。
何でそんな余計なことを言うんだ……!
「俺は、音楽以外のことに口出しはしないつもりだから、みんなで上手くやっていくように。以上」
パチパチパチとみんなの拍手が鳴り響いた。
それから、少しして次はリーダー決めの時間になった。
「沢渡くんで良いんじゃない?」
そうとんでもないことを言い放ったのは、中園さんだ。
「先生から気に入られているみたいだし」
あからさまに嫌そうな顔をしてそう言った。
まだ話したこともないと言うのに、何故だか俺は中園さんに嫌われているようだ。
まあ、俺も苦手なタイプだから別に良いけれど……。
「そう言う決め方は良くないと思う」
「……琴乃がそう言うなら、強要はしないわ」
「でも、沢渡くんが良いなと思うのは同じ気持ちなの」
「な、何で俺……?」
勇気を出して俺はそう問いかけた。
リーダーなんて柄ではないし、真柴さんの方が絶対に合っているし。
「勘、なんて言ったら怒るかな?」
真柴さんはちょっといたずらぽっく笑ってそう言った。
「勘……俺は、リーダーなんて今までやってきたことないし、人をまとめるのとかすごく苦手なんだけど……。社交性もないし、友達もみんなより絶対に少ないし……」
「だからこそ、良いんじゃないかなって思ったの。私が、リーダーになったって何も起こらない。たぶん、詩織でも東宮さんでも城ケ崎くんでも無難な感じに終わってしまうと思うの」
真柴さんは、とても真剣な表情で言葉を続けた。
「だけど、沢渡くんなら思いもよらなかった〝何か〟が起こりそうって音楽バーで出会った時に思ったのよ」
「え、じゃああの時からもうリーダーを頼むことまで決めていたのか……」
「そうよ。私は、刺激を求めているの。この室内楽を無難には終わらせたくない。だから、沢渡くんにリーダーを務めて欲しい。もちろん、サポートはするからお願い!」
音楽バーの時と同じだ。
お願いをされてしまっては、俺は断れない。
ましてや真柴さんからのお願いだ。
それに、リーダーを務めることによって真柴さんと仲良くなれるのなら、それは魅力的かもしれないと思ってしまった。
目立ちたくはないし、自信もないけれど……。
「東宮さんと城ケ崎くんはどう思う?」
「良いと思う。沢渡くん、真面目そうだし」
東宮さんは俺の顔を見てそう言った。
「良いんじゃね? チェロってリーダーって感じするしな~」
そうかな。俺は、チェロってこの中の楽器では1番マイナーな気がする。
音楽に興味ない人にはあまり知られていなさそうな楽器だと思っている。
「みんなもこう言ってくれてるし、リーダーやってみない?」
「お、俺で良ければ……」
そうやって結局、俺はOKを出してしまうのだ。
頼まれたら断ることが出来ない、そんな自分が好きではないけれどありがとう! と笑顔で言ってもらえた時は嬉しくて、人を傷つけるよりかは断然、こっちの方が良いなと思っている。
リーダーも決まり、その日は今後のスケジュールを聞いただけで解散となった。
真柴さんと中園さんは、先にお疲れさまーと言って仲良さそうに出て行った。
「また、明日」
バイバイと手を振って東宮さんも出て行いき、レッスン室には男だけとなった。
「んじゃ、俺も帰るわー」
「あーちょっと待ってくれ」
帰ろうとする城ケ崎くんのことを三笠先生は、引き止めた。
「何すか?」
「お前ら2人とも、女子たちより弱そうだったから心配でな~何か困ったことあれば何でも相談乗るから言えよ~」
俺はともかく城ケ崎くんも弱そう……?
俺にはそうは見えなかった。
城ケ崎くんはキラキラしていて、すぐに女子たちと打ち解けそうだ。
「ご心配どーも。んじゃ、さよならー」
「おー気を付けてな―」
城ケ崎くんが出て行ってから俺は、先生、と話しかけた。
「どうした?」
「俺がリーダーなんて大丈夫なんですかね」
「みんなが良いと言ったなら大丈夫なんじゃないか?」
「あんなの適当に言ったに決まってますよ」
「そうか? 他の奴らはともかく真柴の言葉は本心だと思うぞ」
そう言って三笠先生は笑った。
「うーん」
「まあ、とりあえず気軽にやってみな。音楽以外のことには口出ししないとは言ったが、個人の相談はいつでも乗るから」
「……はい、とりあえずやってみます」
気持ちは不安なままだけど、やると言ったからには投げ出したくはなかった。
リーダーなんてどうしたら良いのかとか何も分からないけど、三笠先生と真柴さんを頼りながらなんとかやって行ってみようと決意して次の授業へと向かった。
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