2.
じゃらじゃらと鎖繋がれて向かう先は、この国の国境地であり、人類の防衛壁とされている高く聳え立つ塔だ。どのような技術で、あのような摩天楼な構造物が出来上がったのか考えたら胸が踊った。
国境塔。
古の昔に作り上げた先人の叡智は、素晴らしいものだったのだろう。ほう、と吐息を漏らしつつ、見上げるそれは白銀に煌めいて、昔読んだ龍と呼ばれる神獣のようにも見える。
この塔と、そこに住まうカミ様によって人類は魔物と瘴気から守られて生きているのに、塔には見張りがいない。
雪を払いながら塔の中に入ると、螺旋階段が上へ上へと伸びている。何階まであるのかしら。首が痛くなりそうになったところで、開いていた重厚な扉が一人でに閉まった。
見届け人の神官三名と、騎士五名が周囲を警戒し身構えた途端、滑らかだった大理石の床が大きく歪み、足場を崩す。あっという間に深淵を彷彿する闇の中へと落ちていった。
私は運よく足場が固定されていて、あの黒い濁流に呑まれずに済んだものの、あまりの出来事に体が硬直して動かない。
あんなに簡単に命が奪われる。急いで立たないと、でも足が……っ。
「【人モドキ】が土足で神域に来るとは、死にたいようだ」
「──っ」
絵本に描かれた通りの宵闇を彷彿とさせる長い髪、陶器のような白い肌、
カミ様らしい登場に思わず魅入ってしまう。何もかも幻想的で、神々しい。
「……それで君は、どうして鎖に繋がれているんだい? この時代の婚儀は、そういうな風習ができたのかな?」
先ほどの地を這うような低い声とは一変して、温かみのある言葉に涙が出そうになった。腰が抜けてしまい挨拶もまともにできなさそうなので、床に頭を擦り付けるように頭を下げた。
ごぽっ、と耳元で音がする。
「【国境塔の神】、通常の花嫁を迎える時期ではないのは重々承知しております。王都で魔物が出現したため、図々しくもカミ様のお力を借りたく、ご相談に上がった次第でございます」
「王都……内側から魔物が現れた……と言いたいのかな?」
「そ……っ」
口が呼吸が上手くできなかった。沈黙を不快と感じたのか、カミ様は私に歩み寄る。ああ、何か答えなければならないのに……。
ごぽごぽぽぽっ……大音量で、耳朶に響く。
「──っ」
「黙っていて良いよ。君の見てきたものを見せて」
黒いベールを外して、私の前髪を上げた。目を見て話がしたい。そう望んでいたことなのに、こんなにも美しい方に瞳を見せて、ザナック王太子と同じように侮蔑されたら……。
しかし抵抗するも敵うはずもなく、何年振りか人と──いやカミ様と目が合う。
大きく見開く瞳は、宝石のように美しい。
音が大きく弾けて消えた。
カミ様は私の
それだけで涙がこぼれ落ちそうになる。私の瞳を見ても、変わらないでいてくれることがこんなにも嬉しいなんて……、気づきたくなかった。
「君は間違いなく【人】だ。であれば、僕の話し相手になってくれないだろうか」
「話し相手?」
「ああ。僕は君ともっと話をしたいし、君の話を聞きたい。……難しいだろうか」
落ち込む姿がなんだか人間味に溢れていて、可愛らしく見えてしまった。私に触れようと伸ばした手を下げようとしたのが見えて、両手で掴んだ。
「そんなことないです。私ずっとカミ様のことが大好きで、ずっとお会いしたいって思っていたのです。カミ様とお話がしたいです」
「私を? 不吉な漆黒の髪と、不浄の紫を?」
「そんな宵闇の色に艶のあるサラサラな髪はとっても神秘的ですし、
勢いに任せて言った後で、カミ様相手に馴れ馴れしかっただろうか。でもこれで不敬だと言い出すのなら、それでも良いと思っていたのだけれど、気づけばカミ様の腕の中に包まれていた。
「嬉しいよ。初めてだ。私の目を見て話せるのも、私を怖がらないのも」
「カミ様を? こんなに素敵なのに?」
疑問を口にするとカミ様は微笑んだ。私の瞳は魔眼らしく、また魔力耐性が高いからカミ様の前でも平気なのだという。この目は良くも悪くも特別だったのだと改めて実感する。そうこうしている間にカミ様は私の両手に視線を落とした。「邪魔だな」と、じゃらじゃらと揺れる鎖だけ消し去る。カミ様を拘束することも可能と言われた魔導具の一つだったのだけれど、簡単に砕けて消えてしまうのだから、カミ様を私ごときが、どうこうすることなど最初から無理なのだ。けれど無礼を働いた私に寛容で、優しいのは計算違いだった。
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