石榴の瞳と紫水晶の瞳が出会うとき
あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定
1
「ルージュ、お前の瞳は神様に愛された色なのよ」
「ルージュ、貴様の瞳の色は不吉で、厄災を呼ぶ色だ」
どちらも私の瞳のことを表している。一つは両親からの祝福、もう一つは婚約者だった王太子ザナック様からの罵倒。
公爵家の長女として生まれ、
王太子からは
ごぽっ……と時々幻聴が聞こえる。
自分の感情を影の中に沈める時、ごぽっ、こぽぽぽっ、と音がする。自分の感情が浮上しようとするのを何度も、何度も影の中に沈めた。その感情は不要だから。今浮き上がっても無意味だから。沈める。心を殺せば穏やかになるから、辛くも、悲しくもなく、淡々と日々を送れる。だから何度も沈めた。
私の仕事は古い文献や伝承の翻訳と、王太子の雑務処理を粛々と行うこと。
執務準備室、そう書かれているものの室内は安物の机と木の固い椅子と壁一面に本棚があり、資料が詰め込まれている。
紙とインクの匂いのする王城の一番端の暖炉もない部屋。窓硝子もカタカタと揺れて、隙間風が入ってくる。寒くて毛布に包まりながらも、今日の分の仕事に目を通す。
今日の翻訳は古い文献で、今から二千年前と思われる魔導書だ。国一番の魔術師が魔導書に触れた途端、魔力を全て奪われて死んだという呪われた一冊。私の元に曰く付きの本が届くことがある。
私の瞳の力なのか、魔導書はただ分厚い辞書というだけで何も起こらなかった。そんなだからか周囲からは【深紅の魔女】などとも言われ、恐れられる存在となる。一つだけ良かったと思ったのは、侍女たちからの嫌がらせが無いことだ。呪い返し、恨みを買って呪い殺されるかもしれないと思っているのだろう。
いつもの時間になってから【国境塔の神】のページを開く。
この世界は国境塔に住む神様の存在によって、魔物や瘴気の脅威から守られている。アトランティ王国、聖法王国シシロア、武装国家バミューズのみで、それ以外の国は百年以上前に滅んでしまった。
【国境塔の神】は、百年に一度花嫁を求め三ヵ国は順繰りに花嫁を捧げ、盛大に祝いを行った。その神は常に花嫁の特徴的な色を食らうことで、力を補填し結界を維持するという。私たち人間が払う対価は、花嫁と色だ。【国境塔の神】の神がその色を食らうと、次の花嫁が必要になるまで、三ヵ国でその色は失われる。例えば前回の花嫁は美しい
【国境塔の神】は人の持つ色を好み、その色に込められた思いを食らうという。故に花嫁として送る者は三ヵ国で相談し合って決まるとか。ただ教会に信託が下った場合は、その限りではないとも書かれている。
絵本や童話で語り継がれる【国境塔の神】。私は幼い頃から、この神様が大好きだった。人を愛した最後の神様であり、地上に残った慈悲深い方。
そんな【国境塔の神】なら、私の願いを叶えてくれるだろうか。
絵本では、黒い髪に
そもそも国境塔は、王都から遠く離れた北の果ての雪に覆われた場所にあり、国境の向こう側は魔物と瘴気で汚染された危険地帯。観光気分で気軽に行ける場所ではないし、生きて戻れる可能性だってかなり低い。それでも私には叶えたい願いがある。
そう思っていたある日、運命は動いた。
「王都に魔物が出るようになった。お前がいたとしても王都は安全とは言い難い。故に【国境塔の神】の元に赴き、結界の強化を頼んでこい。いいな、これは王命だ」
元婚約者ザナック王太子殿下の言葉を覆せる人などおらず、当時の枢機卿が亡くなっていたのも大きい。
ごぽっ、ごぽぽっ……。感情を殺して、沈めるたびに音が聞こえる。
私がいてもいなくても魔物の脅威を感じるのだから、これは体のいい厄介払いなのだろう。花嫁ではなく、供物として犠牲になれと暗に言われているのは分かっていた。地獄のような毎日だったけれど最後に国境塔を見て、カミ様に会えるのなら
花嫁でも聖女でもなく、元公爵令嬢は供物として捧げられる。
盛大な祭りも、花嫁衣装もなく、馬車数台で国境塔に向かう。旅は政務準備室にいた頃よりも穏やかに過ごせた。鎖に繋がれて罪人のような扱いだったとしても、窓の外が変わっていくこと、三食暖かな食事が出ること、一日に一度、水浴びや身を清めること、眠る時、毛布や暖炉石を与えられたことは幸福だった。
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