第42話ユナ

『いやぁ……ユナを食べても美味しくないよぉ……見逃してぇ……ッ!』


 私の姿に脅えた少女は尻もちをつきながらも器用に後退りしていく。

 へー、この子よく見たら可愛い子だな。肩で切り揃えた銀色のミディアムヘアにロリ特有の大きな瞳、花のように可憐でありながらも愛嬌を残す顔立ちが私の庇護欲をかきたてるわ。


「と、とにかく逃げなきゃ!」


 動揺から少し回復した少女が起き上がり、四つん這いになって必死に逃げようとしている。

 う~ん、このまま逃がしちゃってもいいんだけど、後々面倒な事になりそうだなぁ。


『待って! 私は悪い魔物じゃないから大丈夫だよ!』

「そんな嘘に騙されるもんか! ――ウギャッ! ヒィッ、こっちにも魔物が……ッ!」


 なんとか立ち上がった少女は私の声に耳を貸さずに走り出すが、野生の魔物にぶつかって再び尻もちをついてしまった。

 あれは前に戦ったベビーベア? あいつには当時大苦戦したな。でも、今となっては雑魚だ。

 この土地で初めて出会った少女が殺されるのは忍びない。やったるかー!


「グオ……ッ!」


 腕を一振り、〖真空斬〗がベビーベアを真っ二つに切り裂いた。


【経験値を12取得しました】


 あれ? 経験値これしか入らないの?


【ランクとLVに加え実力に差がありすぎたため、取得経験値が減少しています】


 取得経験値の少なさを疑問に思っていると、天の声の姉さんが理由を説明してくれた。

 なるほどね。一撃で倒せるような相手じゃ経験にならないからしゃあなしか。


「えっ、あの変な半魚人が助けてくれたの?」


 変な半魚人とはなんだ。聞こえてるぞ。


「でも、ユナを助けてくれたんだもん、お礼をしなきゃだよね。ありがとう半魚人さん! おかげで助かりました!」


 少女はペコリと頭を下げてからニコッと笑う。それは、まるで花の咲くような朗らかな笑顔だった。

 うっ! 今のはキュンッときた! 凄い破壊力……恐ろしい子だわ……ッ!

 取りあえず半魚人は訂正しなきゃ。


『半魚人じゃなくてドラゴンよ』

「ひぇっ、喋った! でも、ドラゴンにしては小さいよ」


 少女の秘めたポテンシャルに驚愕しつつも訂正すると、〖念話〗に驚きつつもツッコんできた。

 確かに今の姿じゃそう思うよね。だったら、


『小さい? これならどう?』

「ええっ! ふわぁ……!」


 私は〖人化〗を解きドラゴンの姿に戻る。すると、少女は大きな瞳をキラキラさせて感嘆の声を上げた。

 あれ、驚かないんだ? 寧ろ喜んでる?


『貴方怖くないの? 私は魔物だよ?』

「怖い? 確かにドラゴンさんは魔物だけど、そんな悪い感じしないし、大丈夫だと思うな」


 少女はドラゴンの姿を「スッゲー! ドラゴンだー! かっこいいなぁ……」と嬉しそうに見上げている。

 魔物の危険さを教えるつもりが気に入られちゃったみたい。

 まあ、さっきのベビーベアにはビビッてたし、本能的に危険を察知してるのかもしれない。それなら大丈夫かな。


『私はアテナ、こっちの亀はギン爺よ。貴方は?』

「あたしはユナだよ!」


 ユナが白い歯を見せて花が咲くように笑う。

 まあ、名前は知ってた。一人称が自分の名前な子だったからね。そういう子が嫌いな人もいるけど、私は割と好きだよ。


「アテナとギン爺はここで何してるの? この温泉には魔物除けの術がかけられてるから、たまにさっきのクマみたいに近づいてくるのもいるけど、温泉までは入れないはずなんだよ」

『魔物除けの術? 何も感じなかったけどなぁ。ギン爺は気付いてた?』

『そうですな。何やら術がかけられているようですが、我らに効果はないようですな』


 弱い魔物にしか効果がないってことかな? さっきのベビーベアがギリギリのラインだったようね。


『私たちにその術は効かないわよ。強いからね』

「ほんとにー! アテナもギン爺もすっごーい!」


 ユナは胸を張って答える私をキラキラした瞳で見詰めている。

 子供の純粋な憧れの視線きもちー! そんなに素直な反応されると嬉しくなっちゃう!

 私が気持ちよくニマニマしていると、ユナが突然「忘れてた!」と叫んだ。


「ユナも温泉入りにきたんだった! ねえアテナ、ギン爺。ユナも一緒に入っていいかな?」

『もちろんよ。温泉はみんなの物、一緒に楽しみましょ』

「やったー!」


 こんなに素敵な湯なんだもの、独り占めなんてしたら地獄に落ちるわ。

 それに、可愛い子と温泉の相性は抜群なのよ! 相乗効果で幸せ十倍だわ!

 私は申し出を快く受け入れ、仲良く三人で温泉に浸かり、その後ユナを町の近くまで送っていった。


『私は町に入れないからここでお別れよ』

「ええっ! アテナなら入っていいのに!」


 ユナはプクッと頬を膨らませて不服そうだが、こんな大きなドラゴンが町に現れたら阿鼻叫喚の大騒ぎだ。

 〖人化〗のLVが上がれば町に入れるようになるかもだけど今は無理だね。


『ま、そのうちね』

「そっか、じゃあねアテナ、ギン爺! 今日は助けてくれてありがとう! またねーッ!」


 ユナは私たちに別れを告げ、町に走っていった。

 元気で可愛い子だったな。また会えるのが楽しみだね。


 ユナと別れた私たちは温泉からほど近い場所に〖ダート〗で大きな穴を作り、そこで寝泊まりする事にした。

 いい温泉も見つけたし、可愛い女の子とも仲良くなれた。北の山脈にきたのは正解だったな。

 暫くはここで湯治して、心の傷を癒すのもいいかもね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る