第41話雪山温泉と新たな出会い
私とギン爺は湖を支配する大蛇ケクロプスを討伐した。だが、事件の黒幕であるカルロスは自らの命を犠牲に、全ての罪を私に擦り付けた。
その結果、私がカルロスを殺したと勘違いしたフェリシアは怒りに燃え、世界初の聖女に覚醒してしまったんだ。
聖女に覚醒したフェリシアが強いのなんのって、誤解を解こうにも魔法が強すぎて近づけないし、そもそも私の話しを聞いてくれない。私たちにはその場から逃げるしか選択肢がなかったんだ。
そして、いつかフェリシアを救うために戦略的撤退した私たちは、北の山脈を目指して飛び立ったんだ。
◇◇◇
北の山脈に近づくにつれ、辺りは雪に覆われた白銀の世界へと変わっていく。それに伴い外気温も下がり、肌を刺すような感覚を覚える。
大分遠くまで飛んできたな。移動中にHPもMPも自動回復系のスキルでほぼ全回復できたわ。
でも、私はよくても亀は寒くなると冬眠するって聞くし、ギン爺は大丈夫かしら?
『かなり寒くなってきたわね。大丈夫ギン爺、老体には堪えるんじゃない?』
『なっ! 年より扱いはやめてくだされ主様、ワシは防御力には自信があります。それに〖痛覚緩和〗のスキルもありますゆえ、この程度の寒さなどへっちゃらですぞ!』
ギン爺を気遣っての言葉だったんだけど怒られちゃった。元気な爺さんだぜ。
『そう? ならよかったわ。山脈の麓まできたし、そろそろ降りてみようか』
『はいですじゃ主様!』
さてどこに降りようか……おっ、あれは!
着陸場所をさがしている私の目に、立ち昇る湯気らしきもの見えた。
もしや、あれは私の探し求めていたものでは……ッ!
私は立ち昇る湯気を目指して下降した。
地上に降り立つと、岩場から湧き出る温泉が五メートル四方はありそうな広い窪みに貯まり、その周囲に大きめの石が敷き詰められ、源泉から湧き出る湯を受け止めていた。
山ならあるとは思ったけど本当にあったわ。
『はて、これは何でしょうか主様? 水から煙が出ておりますぞ。煙の出る水とはけったいな……』
『あら、長生きしてる割に見た事ないのね。この大地から湧き出るお湯が温泉なのよ』
『ほぅ、これが主様の仰っていた温泉ですか……熱い! 水が熱いですぞ主様!』
温泉を初めて見たギン爺は興味深そうに見詰め、前足を湯につけるとその熱さにはしゃいでいる。
そっか、ギン爺は爺だけど普通の魔物だもんね。お湯なんて知らないのか。爺のはしゃいでる姿を見てるとほっこりするわ。
ふむ、匂いは殆どなく色は無色透明、シンプルな単純温泉かな? 肌への刺激が少なく、お年寄りから子どもまで楽しめそうね。
でも、確かに見事な温泉なんだけど、入浴するのに丁度いい深さの浴槽だったり、ふちに綺麗に並べられた石だったりと、人の手が入ってる気配を感じるな。
近くに住んでる人間が使ってたりするのかもしれない。私たちの姿は人から恐れられるから、怖がらせないように注意しなきゃ。
『して主様、この温泉とやらは何をするものなのですじゃ?』
『ふっふっふっ、それじゃあ温泉初心者のギン爺に温泉の使い方ってやつを教えてあげるわ』
『ご教授お願いいたしますですじゃ主様!』
私の言葉にギン爺がペコリと頭を下げる。
主とはいえ、年下の私に素直に教えを乞えるのはギン爺のいいところね。
こちらも教えがいがあるわ。
『オッケーよギン爺! この温泉マスターと謳われるアテナちゃんが教えてあげるわ! 温泉とは大地から湧き出るお湯に浸かってゆっくりするものなのよ』
『なるほどですな。ではさっそく』
『ギン爺待った!』
私はすぐにお湯に入ろうとしたギン爺を掴んで止める。
『何ですじゃ主様! お湯に浸かるのでは?』
何ですじゃないわよ!
ギン爺、貴方の行為は完全にアウトよ。
『いきなり湯船に入っちゃダメよ。その前に体を洗わなくちゃ、綺麗なお湯が汚れちゃうでしょうが! 体を洗う前に浴槽に入るのはマナー違反なのよ!』
『た……確かに。申し訳ございませんですじゃ!』
私の説明を聞いたギン爺は納得したようにコクコクと頷いた。
へー、やっぱりギン爺は賢いな。野生で生きてきた魔物が人間の作った文化的なルールなんて普通理解できないわよ。
まるで教育でも受けた事があるかのように頭がいい。〖人間言語〗のスキルまで取得してるし、もしかしたら誰かに教育を受けた事があるのかもしれない。
それか年の功だね。
『では洗ってから温泉に浸かりましょうかの』
そう言うと、ギン爺は浴槽に顔をつけて湯を飲み込みはじめた。すると、お腹が風船のように膨れていく。
えっ、体を洗うのになんでお湯を飲みまくってるの? それにしても凄い飲むな。浴槽の水位が少し下がってるわよ……。
湯を飲みまくって満足したのか、ギン爺は浴槽から顔を離して自分の胴体に首を伸ばし、ブシュ―ッとお湯を噴射した。
おおおっ! 凄い、自力シャワーだわ……ッ!
お湯の水圧で汚れを洗い落とすギン爺を感心しながら見ていると、噴射を止めたギン爺がジリジリ私に近づいてきた。
あれ、嫌な予感がするぞ……。
『ま、待ってギン爺……はやまるな!』
『次は主様の番ですな。いきますぞー!』
私の声が届かなかったのかギン爺は止まらない。口から噴射される高水圧のお湯が、私の汚れを洗い流していった。
くっさーーー……く、ない? あれ? 唾液と胃液混じりのお湯なのに臭くないぞ。
ギン爺の口から噴射された水鉄砲は意外と臭くなく無臭だった。
『主様、もしかしてワシの噴射する水が臭いと思っておったのですか? 取り込んだ水を〖水魔法〗で浄化しておりますので純水ですぞ。汚水であろうとも飲み水として使えるほどですじゃ』
なんとッ! ギン爺の胃袋は浄水器だったみたいだ。これぞ魔物式浄水器、水処理場もビックリの水処理亀だね。
『疑っちゃってごめんねギン爺……それじゃあ体も洗ったし入ろっか』
『はいですじゃ主様! ではさっそく、フゥオオオゥゥ……これは何とも言えぬ気持ちよさですなぁ……』
ギン爺は温泉に入ると幸せそうな吐息を漏らす。歴史を刻んだであろう皺くちゃな顔が気持ちよさそうに
うんうん、これはギン爺も温泉を気に入ってくれたみたい。そんじゃあ私も入ろうかな。
ギン爺に続いて私も温泉に入る。だが、
『オオオッ! 主様、お湯が……!』
『ああ、そうなるのか』
私が湯船に入ると、大量のお湯が流れ出してしまう。なぜお湯が流れ出したのか、理由は私のサイズが大きすぎるからだ。
ドラゴンに進化してから、私の身長は三メートルを超えるし、大きな手足も人間の体積を優に超える。何より身長がデカすぎて体の三割しか湯に浸かっていない始末だ。
これじゃあ半身浴ですらないよ! はみ出した体に北風が染みるわー!
寝そべってもいいんだけど、それじゃあ温泉のマナーに反する。だったらどうする……閃いた! 〖人化〗のスキルだ! 〖人化〗は使った事がないし、ここで試してみるか、〖人化〗発動!
〖人化〗を発動すると、体が内側へ圧縮されていく感覚に襲われる。
クォオオオッ、体が変化していくのが変な感覚! 〖痛覚緩和〗があるから痛くはないんだけど、くすぐったくてムズムズするー! 自分の体を作り変えるのってこんな感覚なの!
しばらく我慢していると体が変化する感覚が治まっていった。
大分落ち着いてきたな。それに目線がかなり下がった気がする。ギン爺も今までより大きく見えるよ。
『主様、その姿は……ッ!』
『これは〖人化〗のスキルよ。初めて使ったんだけど人間に見えるかな?』
『人間……ですか? それはご自身で確かめるのがよいかと……』
『それもそうね』
ギン爺の反応を疑問に思いながら湯船に映る自分の姿を確認する。そこには鱗に覆われた半魚人のような姿が映し出されていた。
うげぇえええッ! これが〖人化〗した私の姿? 半魚人よりは人間に近いけど、これを人とは呼ばないわよ! 何より私の美意識が許さないわ!
ってか、〖人化〗を使ってからというもの、どんどん体から力が抜けていくんですけど……! どうなってんのよこれ……。困った時は〖鑑定〗!
―――――――――――――――――――――
〖アテナ〗
種族:
ランク:C+
LV :21/55
HP :292/292(585)
MP :121/208(416)
攻撃力:243(487)
防御力:185(370)
魔力 :208(416)
素早さ:215(430)
―――――――――――――――――――――
クソッ! やっぱりだ! 〖人化〗中はMPが減り続けてる! その上全ステータスが半減してやがる!
……まあ、私の〖人化〗はまだLV1だし、まだまだ伸びしろがあるはずだ。
スキルLVが上がればもっと人間に近づけるし、MP消費も減少すると思う。使う頻度を上げてスキルを鍛えていこう。
〖人化〗について考えているその時、不意に私の〖気配探知〗が反応を示した。
「あっ、誰か先客がいるみたい。こんにちはー……って! 魔物!」
反応があった方を見ると、十二歳前後と思われる少女が私の姿に驚き、尻もちをついているところだった。
おっ! 可愛い原住民発見!
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