第39話決着と旅立ち
確か昔読んだ本によると、〖天界〗は仏教の十界論において、努力の結果欲望が満たされた時に感じる喜びの境涯とされる。
しかし、〖天界〗の喜びは永続的なものではなく、時間経過で薄らぎ消えてしまう刹那的な幸福だったかな?
それでも、私の〖修羅界〗よりも幸福に近い上の境涯に位置されている。
神の声(仮)は十界称号スキル持ちが戦い、勝った方はスキルを奪う事ができる、そう話していた。
でも、私が命懸けでケクロプスと戦ったのはフェリシアを救うためなんだよ?
そのフェリシアと殺し合いなんてしたくない!
何とか話を聞いてもらわなくちゃ!
「いつまでも逃げ切れると思わないでください! 〖セイクリッドクロス〗!」
〖ホーリーレイ〗の光線を避けつつ間合いを詰めると、フェリシアは魔法名を唱え勢いよく両腕を交差させる。
すると、フェリシアの振るった腕の軌道に沿って十字に輝く光の刃が発生し、私に向かって猛スピードで飛んできた。
クソッ、避けきれない! だったら迎撃する!
〖ホーリーレイ〗よりもスピードのある光の刃を避けきれないと判断した私は前足を振りかぶり、光の刃に〖爪撃〗をぶつける。
だが、光の刃は私の爪を切り裂き、その勢いを弱める事なく私の肩を抉っていく。肩を切り裂かれてバランスを崩した私は〖飛行〗を維持できず、地上に墜落してしまった。
クッ……私の〖爪撃〗が通用しない……これが〖鑑定〗で初めて見た魔法、〖神聖魔法〗〖セイクリッドクロス〗か……なんちゅう威力だよ……ッ!
『形勢不利ですじゃ主様! ここは引きましょうぞ!』
ダメージを受けた私を心配したのか、追ってきたギン爺が撤退を進言してくる。
『ダメよギン爺! フェリシアをこのままにしておけない!』
『このままではそのフェリシア殿に殺されてしまいますぞ! 撤退は逃げではありませぬ。フェリシア殿を救うためにも、ここは引いて体制を立て直すのですじゃ!』
『ギン爺……わかった、この場は引くわ。逃げるよギン爺!』
『はいですじゃ!』
ギン爺に諭された私は撤退を判断する。
素早く背中に飛び乗ったギン爺と空へ離脱した。
「逃がさないわよアテナ!」
『いいえ! この場は引かせてもらうわ!』
再び〖セイクリッドクロス〗を放とうと両腕を広げたフェリシア目掛けて〖ダークミスト〗を発動する。濃い黒霧がフェリシアの周囲を覆った。
「私にそんな目眩しは通用しません! 〖ウィンド〗!」
フェリシアはケクロプスと同じく〖木魔法〗の使い手である。風を起こす魔法〖ウィンド〗で黒霧を吹き飛ばす。
しかし、
「クッ、もうあんな遠くまで……私の〖飛行〗ではLVが低くて追いつけない……! アテナー! 貴方は父の仇、どこまでも追いかけて殺してみせる! 絶対に許さないわよーーーッ!」
〖ダークミスト〗の煙幕で距離を離した私の耳にフェリシアの叫びが届く。
それは、怨嗟の籠った強い意志のある声だった。
アーッアーッアーッ! 聞きたくない聞きたくない聞きたくないー!
フェリシアのそんなセリフ聞きたくないよー!
『やあアテナ、僕の脚本は気に入っていただけたかな?』
辛辣なフェリシアの言葉に現実逃避していると、神の声(仮)の声が聞こえてきた。
はっ? 脚本? そういえばカルロスは神の指示を受けたと話していた。つまりは全部こいつの仕組んだ事だったのか!
『そうだよ、全ては僕の考えた計画だ。聖なる少女が激しい怒りによって人間から聖女に進化する。そんなアンバランスな設定にしたせいで、今まで聖女に進化した者はいなかったんだ。だが、想いは人を狂わせる。情が強ければ強いほどにね。礼を言うよアテナ、君のおかげで世界初の聖女が誕生したんだ。〖天界〗の称号スキルまで持ってね』
神の声(仮)が何か言っているが私の耳には届かない。
命を賭けてまで護ろうとした友達が、殺意を宿した瞳で私を睨み付けている。
そんな目の前の現実を受け入れられなかった。
『ちょっとアテナ、聞いてるのかい? せっかく君にピッタリなライバルを用意したんだ。もっと喜んでおくれよ』
はっ? 何言ってんだこいつ?
こんな人の人生を踏みにじるような真似で喜ぶわけねえだろ……?
『ハッハッハッ、怒ってる怒ってる! ねえ? 自分の命を懸けれるほど大事な友達に恨まれるのってどんな気持ち? 前に君の生真面目な性格が好きって言ったけど、あれは嘘さ。本当はゲボが出るほど嫌いなんだ。そこで僕は見たくなった。信じていた者に裏切られた時、君はどんな反応をするんだろうってね』
まるでこの世の醜さを集めて煮詰めたような醜悪な思考……このクソ神、なんつー捻じ曲がった根性してやがるんだ……ッ!
よーっくわかったわ。あんたは私の敵だって事がね。いつか絶対にその首落としてやるから、覚悟しておきなさい!
『おー怖っ! でもま、君に期待しているのは本当なんだ。いつか僕に挑めるくらい強くなるのを楽しみにしてるよ』
そう言い残し、神の声(仮)の気配は消えていった。
帰ったか、一昨日きやがれバカ神が!
って言っても、今の私じゃ相対する事さえできない。今後はあいつを倒す方法も探っていかなきゃ。
『どうされました主様、険しい顔をなされていますが……』
神の声(仮)の事を考えていたら、ギン爺が心配そうに問いかけてきた。
どうやら怖い顔になっていたようだ。
『……うん、ちょっと性根の腐った神に宣戦布告してたところよ』
『神……ですか? それはまたスケールの大きな話ですな。前の主様も神と戦っておりました。十界称号スキルを持つのも大変なのですな』
へー、私の前の〖修羅界〗保持者も神と戦ってたんだ。
あの神の声(仮)の事だ、至る所で恨みを買っていても不思議じゃないか。
それはそうと、ギン爺にはちゃんとお礼を言ってなかったな。
『ギン爺、今日は私と一緒に戦ってくれてありがとう。貴方のおかげでケクロプスを倒す事ができたわ』
私は背中に乗るギン爺にお礼を述べる。
感謝の気持ちを伝えるのは大事だからね。
『ワシも憎きケクロプスを倒せましたし、長らく上がらなかったLVも上がりました。こちらが礼を言いたいくらいですじゃ』
『そう言ってもらえると私も嬉しいわ』
長らくLVが上がらなかったか、ギン爺はB-ランクだもんな。そこいらの魔物相手じゃ経験値が得られなかったんだろう。
ケクロプスに止めを刺したのは私だけど、経験値は二人で分け合ったのかな?
【複数人で戦った場合、経験値は戦闘時の功績によって振り分けられます】
私の疑問に天の声の姉さんが答える。
なるほどね。戦闘で活躍した分だけ多く経験値を得られるんだ。ほとんど私にきてるとは思うけど、ギン爺にもLVが上がるくらい経験値が入っていたようね。
『嬉しいと仰いますが、その割に浮かない様子ですな。町もフェリシア殿も無事なのだから良かったではないですか、ワシも町の守護聖獣として鼻が高いですぞ』
ギン爺が守護聖獣?
そういえばフェリシアから聞いた事がある。
『昔のケクロプスは町を守護していたって聞いたけど、それってもしかして……』
『そう、それはワシですじゃ。ワシは村人に姿を見せませんでしたからのう。ケクロプスの奴めは湖だけでなく、ワシの功績まで横取りしたのですじゃ』
なるほど、昔のケクロプスのいい噂は全部ギン爺の功績だったんだ。
それを全て奪われるなんて……。
『そっか、それはギン爺も悔しかったでしょう?』
『はい、それはもう……ッ! ですが、主様が仇を討ってくれました。心から感謝しておりますぞ。本当にありがとうございますですじゃ』
ギン爺の〖念話〗から感謝の気持ちが伝わってくる。
今の私には大切なものを奪われた気持ちが痛いほどわかる。それを取り戻せたならどんなに嬉しいかも……。
私のした事は無駄じゃなかったんだって思えるよ。
『ギン爺にそう言ってもらえると救われるわ。嫌われちゃったけどフェリシアを救う事もできた。でも、ここにいるとフェリシアは私を殺しにくる。私はこの地を離れるわ。元気でねギン爺』
それでも、私と一緒にいたらギン爺まで危険な目にあう。だからここでお別れだ。
せめて安全な場所までは送っていこう。
『何を申しますか主様。ワシの居場所は主様のお側ですじゃ。どこまでもついていきますぞ』
そう思っていたのだが、ギン爺から思わぬ返答があった。
『いや、私と一緒にいるのは危険だよ。命だって保証できない。貴方の元々の主でもないし、それでもいいの?』
『クドいですぞ主様。ワシの命は主様のもの、自由にお使いくだされ』
『命ってあんた……』
重い……重すぎる……! そこまで私に背負わせないでよッ!
でも、旅は道連れ世は情けとも言うし、同行者がいるのも楽しいかもね。
『まあいいわ。好きにしなさい』
『ありがとうございますですじゃ。それで主様、これからどこに向かいますかな?』
さて、どこに向かおうか、逃げ出しただけで行き先は決めてないんだよね。
土地勘もないしなぁ。どうしよっか?
『海か山……かな。行くわよギン爺!』
『はいですじゃ主様!』
私は悩んだ末に目的地を絞り出す。
傷心の時の行き先は海か山と相場が決まっている。海でバカンスか、山で温泉にでも浸かってゆっくりしたいわ。
目的地を決めた私はギン爺を背中に乗せ、遥か先に薄っすら見える山脈に向かって飛び立つ。
【称号スキル〖町の救世主LV3〗を取得しました】
あれ? なんか称号スキルを取得したぞ? どんな効果があるのかな?
【〖町の救世主〗とは、善の行動を取り結果を残した英雄に与えられる称号です。進化先に影響があります】
私が〖鑑定〗する前に天の声の姉さんが教えてくれた。
〖町の救世主〗か、称号が示す通り、確かに私はフェリシアと町を救ったんだ。例え恨まれても、それが生きる力になってくれれば死んじゃうよりずっといい。だったら私はフェリシアの仇でいいよ。
私が絶対に救ってみせるから、その時まで待っててフェリシア……ッ!
――――――――――――――――――――
【後書きと大切なお願い】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。第1章完結です!
ちょうどキリのいいところで皆様に大切なお願いがあります。
ここまでアテナの物語を楽しんで、応援したいと思ってくださった方は、
・本作のフォロー
・下の『☆で称える』の+ボタンを3回押す
で応援していただけないでしょうか?
(カクヨムはシステム的に『フォロー数、☆の増加』→『作品の評価向上』となります)
この二つを行い、本作を応援していただけると大変嬉しいです。
ランキングが上がると、より多くの方に本作を届けることができます。
今後も頑張って面白い物語を書いていくので、ご協力どうかよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます