第32話その頃フェリシアたちは(フェリシアside)

 アテナが出て行ってから時は過ぎ、大蛇の指定した夕刻が迫っていた。

 私は大蛇に言われた通り身を清めるため、町の裏にある清廉の滝で体を清めていた。

 この清廉の滝は私たち教会が管理している滝で、神事の前に身を清めるために使われているものです。


 シスター服を脱ぎ滝に入ると冷たい水流が私の体を打ち付ける。

 この痛みと冷たさに耐える事で、身に宿る邪気を払い神聖な力を得るとされています。


『シスターフェリシア聞こえるかい?』


 滝行に耐える私の頭に直接声が聞こえてきた。

 これは何? 〖念話〗とも違うし、いったいどこから……。


 私は周囲を見回し人や魔物の気配がない事を確認する。

 〖念話〗はスキルLVにもよるが距離が放れると届かないからだ。

 辺りに気配はない……この声は何なの?


『そこにいないから探しても無駄だよ。僕は神だからね。〖念話〗なんて使わずとも関係なく話せるのさ』

「神……ッ! もしや私の夢に現れた神様ですか? 女神セルフィーナ様ではなく、別の神様なのですよね?」


 声の主は自らを神と名乗った。

 伝え聞くセルフィーナ様と違い、性別の判断がつかない中性的な声だわ。

 でも、この声どこかで聞いた事があるような……。


『君の所の神であるセルフィーナじゃなくてごめんね』

「いえ、このように〖念話〗以外の方法で会話できるほどの力ある神様のお声が聞けるのはとても名誉ある事です。もしや私の夢に出てきた神様でしょうか?」

『その通り、君に夢で大蛇の生贄になるよう伝えた神だよ』


 やはり夢に出てきた神様でしたか、通りで聞き覚えのある声だと思いました。


「またお声がけいただけるなんて光栄です。言われた通り生贄の準備をしているところです」

『その事なんだけどちょっと事情が変わってね。急いで湖に向かってほしいんだ』


 神の声は私に急ぐように急かす。

 ですが、指定された時間にはまだ余裕があるはずですが……。


「すぐにでしょうか、大蛇の指定した時間は夕刻でしたが……?」

『ああ、今すぐにだ』


 そう答えた神の声には有無を言わさぬ力強さがあった。


「はい、承知いたしました」

『それじゃあ頼んだよ。これは君にしかできない事だからね』


 私の返事に満足したのか、そう言い残すと神様気配はなくなった。

 こうしてはいられない、急がなくては!

 私は滝行を切り上げて自宅に向かった。




 勢いよく自宅の扉を開けると、お父様と冒険者三人が貢物の荷造りをしていた。

 少し荒々しく扉を開けてしまったため、驚いたようにこちらを見詰めてくる。


「そんなに慌ててどうしたのだフェリシア?」

「神の声を聞き指示を受けました。今すぐ湖に向かいます。準備を急いでください」

「なにッ! 準備はできている。すぐに湖に向かうぞ」


 私の話しを聞いたお父様は用意した貢物を馬車に積み込み始めた。

 すでに貢物の用意ができているなんてさすがお父様ね。

 後はこれを馬車に積み込むだけだわ。


「二人とも待ってくれ! まだアテナ姉さんが戻ってねえ!」

「私たちはアテナ姉さんに頼まれてるの!」

「ここを通すわけにはいかぬ!」


 だが、出発を急ぐ私たちの前に冒険者三人組が立ちはだかった。


 この三人は人柄も良く、私も気に入っている人たちです。

 男性が二人に女性が一人のパーティーですから、いずれ男女間のいざこざで揉めるかもしれません。ですが、それもまた自由な冒険者稼業の醍醐味かもしれませんね。

 男二人が一人の女を奪い合う、そんな三人の将来を考えるとドキドキしてしまいます。

 それくらいには気に入っている方たちなのですが、私の邪魔をするというのなら、


「例えアテナの頼みであっても、それは聞けないわ。そこをどきなさい……ッ!」

「くぅ……なんて威圧なのフェリシアさん……ッ!」

「むぅ……ッ!」

「クソッ……だが! 俺らはアテナ姉さんと約束したんだ……ここでイモ引くわけにゃいかねぇ……ッ!」


 威圧を込めた私の一睨みで、冒険者たちは顔を引きつらせながら後退りする。

 だが、その顔を恐怖で歪めながらも、決して私から目を逸らす事はなかった。

 この三人は私よりも圧倒的に弱い。それでも、アテナとの約束を守るために必死に立ち塞がっている。

 はぁ、しょうがないですね。


「わかりました。アテナとの約束は私を見張る事でしょう? お父様と二人で向かう予定でしたが、貴方たちも一緒にきてください。それならば約束を違える事にはならないでしょう?」

「えっ、そうかな? そうかも……?」

「むぅ……確かに」

「ああっくそッ! アテナ姉さんとの約束とは違っちまうがしょうがねーッ! 俺らも行くぞ!」


 三人は私の折衷案に渋々ながらも納得したようです。


「ではすぐに湖に向かいます。貢物の積み込みを手伝ってください」

「わかったぜ!」


 威勢のいい返事とは裏腹に三人の積み込み作業の動きは緩慢なものだった。

 少しでも作業を遅らせて出発を引き延ばそうとしているのかしら?

 まあいいです。遅いといっても積み込みはすぐに終わるでしょう。


 こうして貢物を乗せ終わった私たちは大蛇の待つ湖に向かう。

 メンバーは私、お父様、冒険者たちの五名。私たちを乗せた馬車は走り出しました。

 ごめんなさいアテナ、貴方を待つ事はできないわ。

 貴方を置いて行く私をどうか許してください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る