第25話大蛇の生贄

 フェリシアの家で歓談してたら大蛇がやってきて町は阿鼻叫喚の大騒ぎになっていた。


「あれは湖の大蛇……! 生贄の時期はまだ早いはずだ。なぜ町に……!」


 カルロスも大蛇の行動は予想外だったようだ。狼狽した様子で冷や汗を流している。

 ボスはアジトでおとなしくしてろよ!

 出歩くの反対!


「おい。あの大蛇、こっちを見てねえか……?」

「むう……ッ!」

「ひぃッ! 向かってくるぅッ!」


 チラリとこちらを見た大蛇が猛スピードで私たちに向かってきた。

 道中にある柵や家などお構いなしだ。

 障害物などものともせずに破壊して、私たちの前でピタリと動きを止めた。

 改めて近くで見るとでかい……鎌首をもたげていると三階建ての家くらいあるぞ……ッ!


「……湖の大蛇よ。まだ生贄の時期ではないはずだが、何用ですかな?」


 カルロスが堂々とした態度で問いかけるが、その声は若干震えていた。

 そりゃあんなバカでかい大蛇と相対したら震えもする。寧ろそれだけしか表に出してないカルロスの胆力が凄いよ。


 大蛇はカルロスを一瞥すると、面白いものでも見たように笑っているように見えた。


『確かに、まだ生贄の時期ではない』


 突然頭に直接声が聞こえてきた。

 これは〖念話〗? あの大蛇、言葉を理解して話せる知能まであるの?

 か……〖鑑定〗したいッ!


 だってこの大蛇、絶対凄いスキルやステータスしてるじゃん? そんなん見たいじゃん?


 でも、〖鑑定〗は相手に不快感を抱かせるから、無暗に使っちゃダメってフェリシアに言われてるしなぁ。

 我慢だ! 耐えるのよ私!

 ここは〖鑑定〗したい欲を抑えて話に集中する!


『だが、不届きにも我が縄張りに近づいた者がこの町にいる。そこの三人と黒いリザードだ』


 大蛇の〖念話〗に私と冒険者三人はビクッと体を震わせる。

 こいつ、私たちが湖に近づいたのに気付いていたのか?


「そ、それが何か問題あるのですか? 町の住民が湖に近づいてはならぬという決まりはないはずですが……」

『大いにある。我が縄張りに人間とその仲間が侵入するなど大変不快だ。よって、時期ではないが生贄を要求する事にした』

「ぐぅ……ッ!」


 大蛇の要求にカルロスが歯噛みしている。

 ごめんカルロス。私と冒険者三人のせいだったみたい。


『要求する生贄はシスターフェリシアだ。魔力の強い人間を食らう事で、我はより高みに至る』

「そんな……ッ! フェリシアは我ら人類にとって大事な存在です! どうかご再考を!」

『ならぬ。明日の夕刻、身を清めて湖までこい。こなければ町を滅ぼす。ふふふっ、もちろん献上品も忘れるなよ』


 大蛇はそう言い残すと嫌らしく嗤い去っていった。

 こえー! 大蛇こえー!

 あれは完全に私たちを食料としか見ていない、捕食者の目をしてたよ。

 あんな化け物と対立するなんて……どうすんのカルロス?


「大蛇め、フェリシアを生贄に差し出せだと……! だが、町を守るためには……」


 カルロスに目をやると娘と町を天秤にかけられ悩んでいるようだ。

 一見すると娘の命をなんだと思ってるんだと思われそうだが、そうじゃない。聞けばカルロスはこの町の代表的立場らしい。代表ともなれば大を生かすため小を殺すのも考えなければいけないのだ。

 だから悩むのはしょうがないと思う。でも、なんか引っかかるんだよなぁ、なんだろ?


「皆さん、突然すぎて私もフェリシアもすぐには決められません。明日までには決断します。一晩だけ考えさせてください」


 これは一つの町を左右する問題だ。

 簡単には決められないだろう。


「アテナ、今日はもう遅いです。私の家に泊まっていきませんか? よろしければ冒険者の皆様もどうでしょうか?」

「「「喜んでッ!」」」


 冒険者三人は先に誘われた私よりも先に大きな声で答えた。

 まったく、調子のいい連中だ。

 まあ、フェリシアが心配だから私もお泊りするけどね。

 こうして私たちはフェリシアの家で一泊する事になった。



◇◇◇



 その晩、客間でぐっすり眠る冒険者たちを置いて、私は話しをするためにフェリシアを探す。

 彼女は一人礼拝堂で女神セルフィーナ様の像に祈りを捧げていた。

 こんな時にまで信心深いな。いや、こんな時だからこそか。


『フェリシア』

「どうしたのですかアテナ」

『どうしたのじゃないよ。せっかく友達になれたんだもの。私は貴方に死んでほしくないわ。……一緒に逃げちゃう?』

「気持ちは嬉しいのですが、以前話したようにこの町は生まれ育った土地です。町の人たちを捨てて、私だけ逃げるわけにはいきません」


 私の提案にフェリシアは悲しそうに首を振って答えた。その表情は、人生を諦めたような悲しいものだった。

 くっそ、振られた。でもそうだね、フェリシアならそう言う。

 それでも私は……、


『逃げないって事は死ぬって事だよ。怖くはないの? フェリシア、貴方の本心を聞かせて』

「アテナ……」


 フェリシアを死なせたくない。救いたい。助けになりたい。

 その想いを乗せた言葉が届いたのか、フェリシアの瞳から大粒の涙が溢れる。


「……もちろん死にたくはありません。しかし、それでは町の人たちが……」

『それなら私も以前話したように、この町を護ると約束するよ』

「出会ったばかりの私のために、なぜそこまでしてくれるのですか?」


 私の言葉に心底不思議そうにフェリシアは問いかけてくる。


『人が人を好きになるのに時間は関係ないよ。私は貴方を護りたいだけ。もちろん貴方の好きなこの町もね』

「アテナ……貴方は人ではなくリザードでしょうに……ですが、その言葉は本当に嬉しいです。ありがとうございますアテナ……ッ!」


 フェリシアは涙を浮かべながらも力強く答えた。

 そう、私はフェリシアを護りたい。

 そのためにも、彼女の大切なこの町も護って見せるわ。

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