第37話初対面
佳織が零を意識し始めたのは中学2年の頃だった。
彼女が在籍していた栄光学園はエリートが集う学校だった。とある者は大企業の御曹司。またとある者は芸能界で活躍するアイドル。名の通らないものなどいないほどの環境は佳織にとっては少しだけ窮屈だった。
佳織はとある特待生として学園に入学した。彼女の家系は代々道場を営んでいる。そんな家系の一人娘である彼女が我流でのし上がるのにはそう時間はかからなかったのだ。
整った容姿。年齢差を感じさせない実力。誰にでも好かれる性格。三拍子揃った彼女を良く思わない人間も残念なことに存在するのだ。佳織は早々に部の上級生から後ろ指を刺される存在となってしまった。
最初こそ佳織は気にしていなかった。しかし、嫌がらせというものは時間が過ぎても薄れるものではない。確実に、いやらしく本人の中に溜まっていくものなのだ。学園一の武闘派美少女でさえも、嫌がらせには勝てない。
世界は平等ではない。たとえそれを謳っていたとしても、どこかに不平等は存在する。それを生み出すのは人の感情であり、あろうことか人に向けられる。つくづく人という生き物は愚かなのだと佳織は落胆していた。
部活に行くのが億劫になった佳織は心の中に部活に行かないという選択肢が生まれた事に悩んでいた。自分は特待生としてこの学園に入学した。部活で結果を残さなければ自分はこの学園にはいられない。そんな事は分かっている。いくら自分を鼓舞したところで彼女の足は依然として軽くならなかった。
とある日の放課後だった。部活に行くか行かないかで迷っている時に教室に一人の男子生徒が入ってきた。きょろきょろを辺りを見回したところで佳織の元に近づいてきた男、それが零だった。
「ごめん柊さん、正宗見なかった?」
「正宗くん?見てないけど…」
「…?柊さん、なにかあった?」
顔を覗き込まれたことに佳織は驚いた。当時、零とは話したことは数回しかなかった。とても親しい仲とは言えないというのに、心情を汲み取られたことに佳織は驚いていた。
「えっと、その、なんていうか…」
「あー、別に話せないなら良いんだけど…俺、結構口堅いほうだよ」
「…部活に行きたくなくて」
佳織の口からはぽつりと溢すように言葉が漏れた。そこからは驚くほどにするすると言葉が出てきた。今まで親しい友人にだって、家族にだって言うことはなかった。けれど、二人きりというシチュエーションもあってか佳織は自らの口を噤むことはなかった。
「…サボってもいいんじゃない?」
「…えっ?」
佳織はなんの反応も見せること無くすっと言ってのけた零に驚いていた。
今までは誰からも言われることのなかった言葉。励ましや羨望の言葉しか受けることのなかった佳織にとって、初めての否定ともとれるその言葉に彼女は言葉を失った。
「特待生だから結果を残さなくちゃいけないのは当然だけど、練習を頑張るのは義務じゃないじゃん?大会で結果残せればいいわけだし」
「で、でも、私…」
「無責任な事言うけど、一日ぐらい大丈夫じゃない?」
零の言葉を受けて、佳織の胸はすっと心が軽くなった。無意識に求めていた言葉が零の言葉だったのかもしれない。その時から佳織の中には迷いがなくなっていた。
「俺でよかったら遊び相手ぐらいにはなるよ」
「うん。…ありがと」
それからというもの、佳織は零のことを気に掛けるようになった。
この学園では珍しく部活に入っていなくて、無気力なところも目立つが、助っ人で練習に入っているところを見ると並以上の実力がある。不思議な人だなと思うのと同時に興味は自然と零に向いていた。
話す機会も自然と増え、零に対する感情も次第に膨らんでいく。悩みがあれば彼に。大会で勝ったら一番に彼に報告。佳織の中で零の優先度はどんどんと上がっていった。
好意と共に湧き出る欲は紛れもなく零に向いている。それがゆえに佳織は零を誰にも渡したくなかった。彼女の独占欲は零を包もうとしている。
零の思惑とは食い違う佳織の感情は真実を知った時どうなるのか、零は知る由もなかった。
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