第35話練習
「オラッ、くらえ!」
「そうはいくかよっ…!」
少しだけ蒸し暑い昼下がり。体育館では球技大会に向けた練習が行われていた。
この時期になると各クラスに二時間だけ練習の時間が与えられる。俺達三年三組はこの午後の時間が与えられた。
現在は休憩時間…のはずだが、数名は構わずドッジボールを続けている。やはりこの学園の生徒の球技大会に対する熱量は高い。
俺はみんながドッジボールをしているところを外野から眺めながらとある場所に熱い視線を送っていた。
「…なぁ、零」
「うわっ!?…びっくりした。志文かよ」
「そんなに驚かなくていいだろ。…あれ、見ろよ」
隣にやってきた志文が顎で見るように促す。彼の視線もやはりと言ってか見ている場所は俺と同じだった。
体育館を二つに隔てたネットの先。入口側のコートでは女子バレーの練習が行われていた。
バレーという競技は上下の運動が激しいスポーツである。上に下にとボールを追いかけて手やら足やらを伸ばさなくてはならない。そうなれば揺れるのだ。主に胸部が。
「ひゅ〜、佳織さんの胸が踊ってるぜ…」
「きっしょいなお前。モテる気ある?」
やはりと言うべきか、志文の視線は佳織に向いていた。
彼女は男子高校生からすれば理想的な体つきをしている。大きすぎず小さすぎずな胸部はさることながら、臀部も魅力的に膨らんでいる。他の部位も全体的に健康的だ。男子高校生の欲望を集めたらあんな感じになるのではないのだろうか。ゆさゆさと揺れる二つの果実は魅惑の色気を醸し出し、俺達の視線を釘付けにしていた。
「あんなの反則だよな…どこの女優だっての」
「お前俺の話聞いてた?結構キモいぞお前」
「いや〜、あんなの見せられたら興奮せずにはいられないというか。ここで興奮しなかったら大和男子の名が廃るってもんだぜ!」
志文は鼻息を荒くして熱い視線を向けている。やれやれとため息を吐いた一方で、彼は興奮が止まらないようだった。
「なぁ零、お前は誰が好みなんだよ?あれか、四宮さんとかか?」
「俺的にはは結構アリだな。細身の子ってなんか守ってあげたくなるな」
「…意外だな。お前のことだからもっとおっぱいのでかい奴が好きなのかと」
「胸はあればいいけど、無いなら無いでそれは美しい。自らの手で育てられると考えたら…なんか良くね?」
「とことんきしょいなお前」
自分の欲望を包み隠さずひけらかす志文を前に俺は少し気圧されていた。愚直でありながら欲に忠実な彼の精神は並大抵のものではないだろう。どこぞのお嬢様に匹敵するのではなかろうか。
「お前は誰がいいんだよ。…もしかして、光ヶ原様?」
「様て。…まぁ、好きじゃないわけじゃないけど」
志文は名前を呼ぶにも億劫な様子を見せた。あの人のトラウマの植え付け方はエグい。やると決めたらとことんやる人だ。味方にいる分は頼もしい限りだが、相手にはしたくない。
瑠璃さんも負けず劣らずのスタイルをしている。その美しさは前に述べた通り。波の人間とは一線を画すものがある。彼女は度々学園一を自称しているが、あながち間違いでは無いだろう。
「…!」
ぼーっと瑠璃さんの様子を眺めていると、刹那にこちらをむいてウィンクした。あの人まさか最初から俺の視線に気づいて…?
「お、おい、見たか今の!光ヶ原さんがウィンクしてたぞ!」
「馬鹿言えよ。あの光ヶ原さんが誰にするって…お前、まさか熱中症か?」
「…氷織、お前って結構愛されてるのな」
「そうかな…そうかもな」
「あっ、氷織!危ない!」
瑠璃さんに気を取られた刹那だった。完全に注意を損なっていた視覚外からの声に俺は反応ができなかった。
なぜだろうか、世界がスローモーションになって見える。焦燥しているみんなの顔。飛んでくるボールの軌道。普段ならこんなの俺でも躱せるはずだ。けれど、姿勢を崩してしまっている今ではどうしようもなかった。
次の瞬間、鈍い音が響く。
「「「氷織ぃぃぃぃ!!!!」」」
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