第32話練習
「…成る程、佳織さんは紳士な人がタイプ…俺じゃん!」
梅雨も過ぎ去り、柔らかな日差しが差し込む体育館。昼下がりの朗らかな空気は盛大な勘違いを包みこんでいた。
今日も今日とて正宗と志文と昼食を摂っている俺は佳織から聞き出した情報を二人に伝えていた。これで諦めてくれたらと思っていたのだが、どうやら彼の恋は未だお熱いらしい。
「紳士、ねぇ…そんな奴どこにいるんだか」
「相手に合わせるのも手だ。…どうせ無理だけど」
「性格のほうは無問題だな!残るは競技か…」
今日の午前、うちのクラスでは球技大会のエントリー決めが行われた。男子はドッジボールとバスケ。女子はバレーとバスケというそれぞれ二種目エントリーという形になった。
その中でも俺と志文が出るのはドッジボール。シンプルなゲーム性と比較的誰にでもできる競技としてウチの学園では人気の競技だ。その人気から活躍すれば一年は安泰と言われている。
「お前らドッジボールだったよな。零はともかく…志文、お前スポーツできるのか?」
「まかせろ。球技は慣れてるんだ」
「なるほど。お前の頭もボールみたいだしな」
半笑いで正宗が志文を小突く。いじられ慣れているのか、志文は軽く受け流した。
「それよりも、俺は氷織のほうが心配だ。俺が活躍する以前に目指すは優勝だ。勝たなくちゃいけない。…お前、スポーツ経験は?」
「小さい頃に色々やってたよ。バレーとか、サッカーとか。どれも今はやめたけど」
「ほー…少しはできるみたいだな」
「零なら心配いらねぇと思うけど?…まぁ、心配ならバスケで1on1でもやってみれば?」
正宗の提案により志文とバスケで対決することになった。俺としては運動能力に自信があるわけではない。かといって出来ないというわけでもない。中の中ぐらいだと思っている。
「よっしゃ、ルールはハーフコートで1対1。俺がディフェンスやるから氷織はオフェンスな。お前がシュート決めたら勝ちだ。いいな!」
ルール説明と共にボールを受け取る。バスケはやっていた訳では無いが、多少の知識がある。問題はその知識だけでどこまでやれるのかというところだ。
相手は志文。彼のスポーツ経歴は知らないが、そのはにかんだ口元を見るに、自信は十分。それに付随した実力があるものだと見ていいだろう。
やるからには勝つ。それだけを念頭に置いてやるとしよう。
「よっしゃー、かかってこい!正宗、合図頼む」
「そんじゃ、よ〜い…スタート!」
合図と共にドリブルを始める。バスケは緩急が大事だと聞いたことがある。どこかでフェイントをかけて抜き去るのが得策だろう。
志文はサイドから抜こうとする俺の前に立ちふさがる。俺は一度止まると、股下で何度かボールを交差させ、志文の出方を伺う。志文は俺の狙い通りに手を伸ばしてきた。
しめた、と言わんばかりに俺は一歩下がる。わずかに届かなかった手によって重心がズレて志文は体勢を崩す。俺はすぐさまドリブルに移行して志文を抜き去った。
フリーになった後は冷静に狙いを定めてシュートを放つ。ボールはきれいな弧を描いてネットを揺らした。
「ゴール。志文の負け〜」
「くっそ、やるじゃねぇか氷織…俺割とバスケは得意な方なんだが、もしかしてやってたのか?」
「いや、やってないけど。素人がやればこんなもんじゃない?」
「…」
「こういう奴なんだよ零は。あまり睨まないでやってくれ。あくまで零はこれが”普通”だ」
「ふふ、すごいでしょう私の零くん?こう見えてすごいポテンシャルを秘めてるの」
「げ、光ヶ原のご令嬢…」
どこからともなく瑠璃さんが現れた。正宗は驚きの相に。志文は恐怖の相になる。
「げ、とはなによ。零くんがいるのだから私がいても不思議ではないでしょう?」
「なんですかその謎理論は。あと”私の”じゃないですよ」
「まだ、ね。そのうちそうなるから」
ちらり、と志文の方に視線を向ける。今すぐにでも逃げ出したいと顔に書いてある。
俺が志文に手を貸していることがバレたら瑠璃さんも怒るだろう。とりあえずここは解散のほうがいい。
「ところで、何を話してたのかしら?私だけ仲間外れなんて、つれないわね」
「別に、他愛もない話ですよ。…志文が今日見た女子のパンツの話とか」
「は!?」
「…相変わらず下品な男ね。零くんがいなかったら今頃社会的に抹殺されてたのに」
「いやいや、そんな話一ミリも…そうだよな正宗!」
「…いや、隠し事は良くないと思うぜ」
瑠璃さんの切れ長の目つきから繰り出される冷めた目線は志文に突き刺さる。おかんが走るほどの冷酷さに日和らない男はいない。
俺と正宗はしらんふりをして体育館を出た。今日のところの犠牲は志文だけで済んだようだ。
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