第31話勘違い
夕暮れの教室に一人、佳織は佇んでいた。
意外なことに彼女は帰宅部。理由は零と帰る機会が増えるからということにほかならない。今日も零と帰るつもりだったのだが、本人が何処へやら消えてしまったためにこうして教室で帰りを待っていた。
(零くん何処に行ったんだろう。今日も一緒に帰ろうって言ったのに…)
佳織は自分が他の人間よりも少しだけ優れた容姿をしていることを自覚している。それゆえ零には積極的に出ることが多い。一緒に帰ったり、放課後にデートに誘ったりなどしているが、一向に零は振り向く素振りを見せない。ここ数年の彼女の悩みのタネだ。
(どうしたら私の事好きになってくれるんだろう…零くんのことだから、あまり容姿とかは気にして無さそうなんだよなぁ…)
かといって中身を気にしているかと言われたらそうではないと佳織は踏んでいた。
何しろ、最初の彼女があの忌々しき凛々子である。見る目がないのか凛々子が演技派だったのかは分からないが、零は中身を気にすることはないと見るのが妥当だろう。
(友達になるまでは早かったけど、そこからの進展が難しい…にぶちんは厄介だなぁ)
「あれ、佳織」
あれやこれやと脳内でシュミレーションしていたその時だった。ようやく零がやってきたのだ。佳織の頬は自然と膨らんでいった。
佳織はあざとさを孕んだその表情で迫る。
「零くん、どこに行ってたの?一緒に帰ろうって言ってたよね?」
「あ〜、ちょっと後輩と話が長引いてな…丁度よかった、聞きたいことがあったんだよ」
佳織は自分を放っておいたことが少々気に食わなかったが、他ならぬ零が相手ということで耳を傾けることにした。次の瞬間、佳織は自らの耳を疑うことになる。
「…佳織ってさ、どんな人がタイプ?」
佳織はかなりの助走を付けてハンマーで殴られた気分だった。そのあまりある衝撃で零を前に完全に思考停止してしまったことは言うまでもないだろう。数秒を経て動き出した彼女の脳は無意識のうちに状況を理解しようと務めるが、それでも以前彼女の頭は混乱するばかりだった。
「え、っと…?」
「あー、答えづらいなら答えなくてもいいんだけど…出来たら聞きたいな〜って」
(こ、これってもしかして…)
佳織は誤解していた。零はついに自分に振り向こうとしてくれているのだ、と。
実際は違った。零は探りを入れていた。志文を手伝うと言ってしまった以上、手を抜くというのは男としての名が廃る、と。零はやるからには全力を尽くす。そんなありがちな考えに囚われている人間なのだ。それが吉と出るか凶と出るかは明白であるが。
「ううん、私のでよければ教えてあげるよ。…そ、そうだなぁ」
佳織は考えるふりをしているが、答えは決まっている。だが、お前だよなんて言える勇気は彼女にはない。精一杯言葉を選び、そこはかとなく彼の存在をちらつかせるように思考回路を目一杯張り巡らせる。
「…す、少し疎いところはあるけど、誰にでも優しくて、私の事をちゃんと考えてくれて、困ってる時はいつも助けに来てくれる人…かな」
佳織は祈るように零を見つめる。対して零は佳織から情報を聞き出せたことを心の中で喜んでいた。
「そうか。ありがとう。…よし」
(今、ちっちゃくガッツポーズした!?これは間違いない。零くんがついに私の気持ちに気づいてくれた…!)
そう考えただけで佳織は頬を赤く染めた。ついに努力が報われる時が来たのだ、と。しかし、現実というものは非情だ。彼女が根本的な勘違いをしていることを誰も教えてはくれない。
想像もしえないのであろう。大好きな彼が自分の事を好いている誰かに手を貸しているなんて。
(なるほど。紳士的な人が好みなのかな?あいつは…無理だな。いくらなんでも隠しようが無い。勝機は薄いぞ志文…)
早くに告白の段階までサポートしてさっさと諦めさせればいい。そうすれば志文も諦めるだろう。それが零の結論だった。
この時彼は気づいていない。佳織が自分に対して強い独占欲を抱いていることを。
「さ、帰るか。早く玲奈のところに戻らないと。…行こーぜ」
「うん!」
心を踊らせる佳織の横で零は冷静にこの先の作戦を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます