第30話駆け引き

「好きな人を振り向かせたい?」


 怪訝そうな一言は茜色の空の元に響いた。

 体育館と校舎の間のわたり廊下にある自販機前。俺は合歓垣に問いかけた。彼女の左手には紙パックのいちごミルク。相談に乗るならと要求されたものだ。


「あぁ。…俺じゃなくて、友達がなんだけど」


 俺の言葉を聞いた合歓垣はなぜか不機嫌そうな顔をしていた。きっとあんな目にあったばかりの俺から恋を患っているような言葉が出てきたことがひどく不満なのだろう。合歓垣はこう見えて根は優しい。心配してくれているのだろう。

 

「…先輩、流石に私もそれは協力できないっすよこの前失恋したばかりなのにまた誰かに恋するなんて、恋愛猿なんですか?発情期なんですか?…あんな先輩を見るのはもう、懲り懲りっす」


「ち、違うって!ほんとに俺の友達が困ってるんだよ!!!俺じゃねぇ!てか、あんな事あってまた誰かに恋するわけねぇだろ!」


 俺の必死の弁解に合歓垣は怪訝そうな様子で俺の表情を伺った。そして俺の弁解に嘘は無いと判断したのか、渋々といった様子で話し始めた。


「…まぁ、仮に好きな人がいるとしたら、さり気なく好意がある感じを出してみたり、積極的に話しかけたり、互いに信頼関係を築くとか…あとは振り向かせるだけなら相手の好みに合わせるとかっすね。どうなるかは本人の力量に寄りますけど」


「行事で活躍する、とかは?」


「いい手だとは思いますよ。スポーツに関心のある人ならなおさらっす。…でも、簡単じゃないっすよね〜…その人、スポーツ得意なんですか?」


「う〜ん、わかんね…」


「…友達なんですよね?もしかしてつもりなだけ?うわ、勘違い男〜」


 妙に苛つく言い方は相変わらずだ。だが、アドバイスは的確だった。

 確かに今考えてみれば、俺は志文のことをあまり知らない。自ら案を出すぐらいなのだから運動神経は良いほうなのだろう。後で確認しておくか…


「…あとは、人の好意を無碍にしないとかですね」


「なんだそれ。誰だって気づくだろそんなの」


「どの口が言ってるんですか!このドアホ!朴念仁!」


 バシバシを俺の背中を叩く合歓垣。俺は叩かれる理由が全くもって分からなかった。


「いってぇな…なんだよ。俺なんかしたかよ?」


「してないから言っとるんじゃボケぇ!人の相談してる暇あったら自分の行動見直せや!!!」


 合歓垣は俺の背中をゲシゲシと蹴る。いちいち行動が幼いのは彼女の魅力の一つなのだろう。

 俺もとりあえずで謝るほど愚かではない。彼女が怒る理由の分からない俺はどうすることも出来ずあれよあれよと壁に追い詰められていた。


「…先輩は鈍感過ぎます。よかったら私が一から恋って奴を教えてあげましょうか?」


「でもお前彼氏いたことないじゃん」


「…先輩のために、初めては取ってるんですよ」


 その一言に心臓が跳ねた。先程まではまくしたてるように俺を攻めていた合歓垣の頬がほんのりと赤く染まっている。幼さの残るその顔が紅潮する様は実に可愛らしく、それでいてどこか大人びていた。

 一回り小さい背丈も相まってか、いつも小生意気な合歓垣が今は可愛らしい生き物に見えた。


「な、え…?」


「ほ、本気じゃないです!冗談ですよこの勘違い男!こ、こんな演技に騙されるからあんなゲス女に引っかかるんですよ!」


 一瞬でも騙された自分を殴りたい。一蹴されてしまった俺はため息と共に壁に寄りかかった。得も言えない疲労感だ。恋ってのは話すだけでも大変だ。


「…ところで、その友達は誰を狙ってるんですか。人によっては私が好みを把握してるかもしれないので…」


「佳織だ」


 声はなかった。表情だけが合歓垣の心情を物語っていた。普段彼女がしないようなあまりにも抜けた表情だ。


「…マジで言ってます?よりによってその人いくかよ」


「珍しくはないだろ?あいつに恋する男子生徒なんて五万といる」


「そこが問題なんですよ。あの人は舞い込んでくる告白全部断ってる。相手がどんなにイケメンでも、内面的に出来た人でも。あの人、絶対好きな人いますよね?」


「おー、正解。流石だな」


「…先輩、知ってるんですか?」


「一応な。噂にもなってるし」


 合歓垣は再び訝しげな視線を俺に向けた。今度はどこか呆れたような感情も孕んだ視線だった。


「…やっぱり鈍感でもいいかもしれないっすね」


「…?どういう意味だ?」


「別に意味はないっすよ。いつまでもそうやって鈍感でいてくれたらいいんです。…でも」


 合歓垣はぐいっと一歩踏み込んで言った。


「私がその気になったら、ちゃんと答えてくださいね?」


 囁かれた一撃は俺の中に長い余韻を残す。普段の小生意気な様子からのギャップはかなりの威力を誇っていた。キュートなその様子は偽りのない彼女の本心なのではないかと勘違いしてしまうくらいに魅力的だ。


「お、おう…」


「…分かってるんだか、そうじゃないんだか…あ、そうだ。先輩、柊先輩と仲がいいなら好きなタイプでも直接聞いてきたらどうなんです?」


「それもそうか。分かった。ありがとな」


 俺は顔が赤くならないうちに急ぎ足でその場を去った。


「…馬鹿なところも含めて、変わってないですね。中学の時から」


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