第29話恋敵

「佳織さんにいいところを見せたいッ!」


 威勢の良い声が屋上に響いた。

 昼休み。志文に呼び出された俺は屋上にて志文と政宗と昼食を摂っていた。そこで志文は突如として叫んだ。どうやら本日のお呼び出しの目的はそれらしい。


「上履き盗んだ奴が何言ってんだよ。大人しくしとけ」


「なんだよ、手伝ってくれる約束だろ?…それに、今回も策があるんだ」


「なんだ、今度は何盗むんだ?筆箱?ハンカチ?ジャージ?」


「だー!今回はなにも盗まねぇ!…強いて言うなら佳織さんの心、かな」


「「きっしょ」」


「うるせぇな!…近々あるだろ。球技大会」


 我が七星学園には三大行事というものが存在している。体育祭、文化祭、そして球技大会。一番最初にやってくるのが球技大会だ。

 クラスも変わり、初めての行事。ここで勝ったクラスは今年一年は安泰だと言われている。確かにここで活躍すれば少しは見る目が変わるかもしれない。


「そういやもうすぐだったな。でもお前球技得意だっけ?」


「得意不得意の話じゃない。これは愛の話さ」


「「きっしょ…」」


「いちいち引くなよお前ら!冗談じゃん!」


「いや、お前の場合ガチっぽくて…」


 前科がある以上、何をするにしても前提に前科がつきまとってくる。このクソ坊主は上履きを盗んだという窃盗があるのだから疑いの目があるのは当然だ。


「今度の球技大会、年度で初めての行事だ。そこで活躍すれば、少なからず俺の事を見てくれるはずだ!そうすれば、少しはお近づきに…」


「…どうだろうな」


 不意の俺の呟きに志文は首を傾げた。俺は「あぁ、いや」と付け加える。


「佳織ってさ、今までいろんな人から告白受けてきたわけじゃん?その中にはサッカー部のエースとか、全国常連の空手部とかいたわけだけど、そんな人には一切振り向かなかった。一時の行事での活躍如きで振り向かせることなんてできるのかなって」


 説明の後の沈黙は暗に同意を表していたのだろう。

 佳織は例えるならば難攻不落の城塞。フレンドリーな性格の裏には誰も寄せ付けない鉄壁の守りが存在する。攻略は不可能に近い。そんな相手を前に行事での一時の活躍など、風前の灯火に近いと思えた。


「…確かに。活躍するだけってのは弱いかもな。それ以前に本人の好みもあるだろうし」


「坊主は流石にな…」


「そこは後でなんとでもなる!問題はどうやって振り向かせるか…」


 不可能性を説明した後でも志文のやる気は俄然収まる気配を見せなかった。恋する人間とは実に愚かであり、盲目的である。無謀な戦いにでさえも構わず向かっていく。これが恋なのだと俺はここで悟る。一度は囚われたその盲目に俺は憐れんでいたようにも思える。


「まぁ無理だな。あんな高値の花、特別ななにかが無い限りは振り向かせるのは。…ただの活躍じゃ、の話だがな」


「回りくどいぞ正宗。何が言いたい?」


「優勝だ」


 確信めいた一言に志文だけではなく俺すらも驚きの色を見せた。


「振り向かせるにはまず活躍するだけじゃ叶わないだろう。そこになにか心を突き動かすようなドラマや情動がなければダメだ。そのためには、大活躍しての優勝。それが必須条件だ」


「…確かに、大活躍して優勝なんてすれば少なからず注目はされるだろうな。そこから気を引けるかはお前にかかってるけど」


「優勝、か。果てしなく遠い目標だな。…よし、そうと決まれば今から練習だ!」


 愚かな程の輝く志文の瞳は希望に満ちていた。もとより無理な綱渡り。可能性が存在しているだけまだマシだと考えているのかもしれない。


「…やる気みたいだな」


「こんなことで折れてたら上履き窃盗なんてしねーだろ。…まったく、厄介なことに首突っ込んじまったなぁ零」


「まったくだよ。…あいつ、なんであんなに諦めないんだろうな」


「恋ゆえの盲目って奴だ。お前と一緒だよ」


「うっせーな…」


 志文に協力することを承諾してしまった事を後悔しながら屋上を後にした。


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