第28話眠り
「電気、消すわよ」
部屋の明かりが消えて暗闇が広がる。既に俺が入っているベッドにもう一人入ってくる。言うまでも無く瑠璃さんである。風呂上がりの彼女は暖かく、そしてフローラルなシャンプーの良い香りがした。
「意外と狭いわね」
「…一人用なんだから当然ですよ」
普段俺が使っているベッドで二人で寝るのは少し狭い。壁を向く俺に対して覆いかぶさる形で瑠璃さんが寝ている。
足やら手やら体の色々な部分が触れ合ってそこから互いのぬくもりが伝わってくる。そしてなにより背中に押し当てられている柔らかな感覚。それだけで理性が破壊されそうになる感触に俺は悶々としていた。
心臓の鼓動さえも聞こえてきそうなこの距離感で二人で寝ているという事実は俺の心拍数を跳ね上げた。
現在、俺は佳織のソックスを持っていた罰を実行されている。罰の内容は瑠璃さんと一緒に寝る事。最初こそ寝るという言葉に深い意味があるのではないかと危惧していたものの、瑠璃さんは本当にただ一緒に寝る気らしい。我ながら変な妄想をしてしまったことを恥じる。
「すんすん、零くんのいい匂い…」
「本人の前で堂々とそういう事するのやめてくださいよ。せめて隠れたところでやってくださいよ」
「想いは言葉にしないと伝わらないものよ。私が怒っているということ。貴方のことが大好きだと言うこと。黙っていては伝わらないの」
怒っていることはともかく、大好きだとかこの人はどうして恥ずかしいことを平然と言えるのだろうか。これも光ヶ原の力という奴だろうか。そうでもない限り辻褄が合わない。
「…ねぇ零くん、一緒に寝るって聞いて少し変な想像しちゃったんじゃない?」
俺の肩越しに瑠璃さんが話しかけてくる。寝かす気ないなこれは。
「してません」
「本当は?」
「…ちょっとだけしました」
「えっち♡」
否定しようにも事実である以上、俺は瑠璃さんからのからかいを甘んじて受けるしかなかった。
彼女は腐っても学園のマドンナ。光ヶ原のご令嬢。そんな彼女と添い寝だなんて学園の全男子生徒が望むシチュエーションだ。俺としても嬉しくないわけではないが、困惑のほうが大きい。こんな事自分が体験していいのだろうか、と思ってしまう。
俺の腰に回された細い手は規則的に俺の腹を撫で回してくる。さも当たり前のようにやっているが、結構恥ずかしいのでやめてほしい。
「零くん、結構細いのね。抱きしめたら折れちゃいそう」
「どの体の人が言ってるんですか。瑠璃さんのほうが細いでしょう」
瑠璃さんのスタイルはモデルに引けを取らない抜群のものだ。手足は不安になる程細く、反対に臀部と胸部は魅力的に膨らんでいる。一時期読モのスカウトに狙われていた時期があるほどだ。尽く断ったらしいが。
中年のおじさんがやるようなセクハラじみた流れの会話が終わり、静寂が訪れる。ようやくかと祈りながら俺が瞼を落としたその時だった。
「…零くん、言ってなかった二つ目の条件の話なのだけれど」
この人修学旅行で同じ部屋になると寝かせてくれないタイプの人だな?もとより寝かせてくれるなんて思ってなかったけど。
「今年のクリスマスは私と過ごしなさい」
「今年のクリスマス?…気が早くないっすか?」
「予約は早いに越したことはないわ。クリスマスを他の誰かと過ごすなんて私許さないから」
少々気が早い気もするが、俺は瑠璃さんからの二つ目の条件を承諾した。
それにしても、この人の俺への執着はなんなのだろうか。学園のどの男子にもなびかない彼女が俺の前では愉快な人に豹変する。からかっている…というわけでは無さそうだが、本気かどうかは判断しかねる。少なくとも嫌われてはいないようだが。
「…瑠璃さんって結構冗談言いますよね」
「冗談?私が?…それこそ冗談でしょう。私はいつも本気よ」
「そういうところがなんか冗談っぽいんですよ。…いつも本気って言うなら、瑠璃さんが俺に言ってることとか全部本当になっちゃいますよ」
「…全部本当よ」
ポツリと暗闇で呟かれた一言に俺は声を出すことも出来なかった。その言葉を咀嚼していく度に俺の中で悶々とした、それでいてふわふわした感情が膨れ上がっていく。
きっと今俺は情けない顔をしている。今更気づいてしまったのだから。
「私の言葉は全部本当。貴方への好意100%どころか200%で出来ているわ。いつだって貴方を忘れたことは無いの。まだ分からないと言うなら教えてあげる。…私は今、貴方を狙っているの」
一気に顔をかぁっと熱くなった。眠気など何処へやら。俺の神経は肩越しに囁かれる言葉に向けられる。
「好きじゃなければこんなふうに家に来て一緒に寝たり、何ヶ月も先のクリスマスの予約をしたり、勝手に婚姻届を書いたりしない。…もう吹っ切れたわ。覚悟しなさい。絶対に私のものにしてあげるから」
「…えっと、その、お手柔らかに」
「…おやすみ」
それ以降、瑠璃さんからの言葉は返ってこなかった。
加速した心臓の鼓動はいつまで経ってもその速度を落としてはくれない。落ち着こうにも背中に押し当てられている柔らかな感触のせいで落ち着けない。
頬に籠もる熱がいつまでも余韻として残る。これまでも何度か体験しているこの感覚だ。ふわふわとしていて、それでいて明確に心が悲鳴を上げているこの感覚。あの日の図書室でも感じていたこの感覚はきっと。
(あ〜、もうどうしろと…!)
__________________
ここまで読んでいただきありがとうございます。面白いと感じた方は是非とも⭐︎の方をポチッとしていただけるとありがたいです。作者のモチベに繋がって大変助かります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます