第26話帰り道
「ふー、お腹いっぱい。…じゃあな零。俺はこの犯罪者送り届けてくるからよ」
「頼んだぞ正宗。誰かの上履き盗んでないか見張っとけよ」
ファミレスから出た俺は政宗達と別れ、帰路についていた。志文は正宗と。紘会長は俺と共に歩いていく。
俺は隣の紘会長に視線を向ける。ドリンクを飲んだ後は静かな様子だったが、今は既に元気を取り戻している。コロコロ機嫌が変わるところも含めてガキンチョだ。
「ファミレス、興味深いところだ。もう少し足を運んでみるのもいいのかもしれないな」
「今更ですけど会長、行ったことなかったんですね」
「あぁ。両親はファミレスに行くような人間じゃなかったのでね。そのせいもあってか私としては興味津々だ。…零はよく行くのかい?」
まさに名家のお嬢様という回答だった。きっと俺達が想像するような高級店とかに行っているのだろう。俺達とは生きる世界が違う…とまでは行かないか。
「いいや、今日は志文の奢りだから来ただけです。妹の世話もあるんで、あまり寄り道はしないですね」
「ほう、妹想いでいい兄だ。玲奈ちゃんは元気かい?」
「元気ですよ。最近は新しい友達も出来て楽しそうです」
「あの玲奈ちゃんに友達か。きっと心優しい子なのだろうね」
…まぁ、心優しいといえば優しいだろう。あの人はやることが大胆なだけで別に心が廃れてるわけじゃない。むしろ、人のために動くことが多いくらいだから心優しいのだ。
「私も安心したよ。君が元気そうでね」
「俺が?」
小首を傾げた俺に対して紘会長は「そうさ」と続ける。
「あの一件から零とゆっくり話す機会はなかっただろう?私も私で君があれから立ち直れたのか心配だったんだ。だが、君の様子を見て安心した」
確かに、凛々子との一件があってからは挨拶することはあれどちゃんと話す機会はなかった。会長も心配してくれていたらしい。
会長はふざけているように見えるが、人一倍考える人だ。学園のことでも、友人のことでも、俺のことでもだ。
「流石に心に来ましたけど、立ち直れない程じゃないですよ。俺だってそこまで弱くないです」
「そうか。…普通なら心が折れてしまってもおかしくはないのだがな。それも普通脱却の一貫かい?」
「っ、今その話しますか…」
紘会長は無垢な笑顔を向けてきた。
会長とは中学時代からの付き合い。俺が普通であるということに悩んでいたのも彼女は知っている。俺がなぜそんなことを悩みとして抱えているのかも。
「この蒼いメッシュも今となっては見慣れたものだ。風紀委員がまた噂してたぞ」
「うわ、そういえばもうすぐ頭髪検査でしたっけ。なんとかくぐり抜けないと…」
「はは、私から甘く見るように言っておこう。私の可愛い後輩をあまり叱ってくれるなと言えばなんとかなるだろう」
「職権乱用ですよそれ」
「当然の権利さ。生徒会長には生徒を守る義務もある」
紘会長はここぞとばかりに生徒会長であることをアピールしてくる。こんな人が生徒会長でいいのかという疑問は愚問だ。
この人はわりと好き勝手しているが、人望は厚い。彼女の義理堅い性格もあってか、皆からの信頼は大きなものなのだ。それゆえに今年の生徒会選挙は満場一致で決まった。彼女以上に生徒会長が似合う人は学園にはいない。
「…一つ聞いてもいいかい?君はまだ普通を抜け出したいのかい?」
紘会長の唐突な問いかけに俺は言葉を詰まらせた。俺が普通を抜け出したいのは家の事が起因となっている。家を離れている今、俺は理由を見失っている。故に俺は回答が出来なかった。
「…正直言って、俺もわかりません。今は家からも離れてますから。…ただ、変わりたいとは思ってますね」
「そうか。…零は自分の事が普通だと思うかい?」
「…?まぁ、はい」
「私はそうは思わない。零、君は私にとって特別な人間だ」
一切の迷いなく言い切った紘会長の言葉に俺は言葉を失った。誰かに特別だと言われるなんて初めての経験だったからだ。
「中学時代から私にずっと付き添ってくれている人間というのはそう多くない。私の気まぐれな性格や家柄のせいもあるだろう。君みたいに私についてきてくれる人というのは少ないんだ」
「だから特別、ですか?」
「いや、それもあるが違う。私にとって零はそれ以上に特別な人間なんだ。私の人生にいなくてはならない存在さ。…零、自分自身の評価は自分だけで付けてはいけない。君を必要とする他の人の言葉もあって初めて氷織零という人間の評価が生まれる」
紘会長の言葉は妙なくらいに腑に落ちた。少し考えすぎだ、と冷水をかけられた気分だった。
「…相変わらず人をたらしこめるのが上手いですね」
「私は本気さ。いつだって可愛い後輩からの告白は待っているよ」
「考えておきますよ。それじゃ、俺はここで」
話しているうちにマンションの前まで辿り着いた。俺は口にはせずに会長に感謝して別れた。
「…まったく、中々崩せそうに無いな」
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