第25話節なるもの
会話を抜け出してドリンクバーの前までやってきた俺は悩んでいた。とりあえずで注文したのはいいものの、俺の頭の中で懸念されるのはどれを飲むかということだった。
ここまで志文の金で色々と食べていたため、腹は8分目を少し過ぎたところ。ガブガブとジュースを飲める腹の容量は残っていない。対して俺の眼の前に並んでいるのはコーラ、カルピス、スプライト、ファンタグレープ、緑茶、コーヒー。緑茶を除けば選ぶのには悩ましいラインナップだ。
緑茶に関してはここで選ぶのはナンセンス。胃を落ち着かせるという意味ではある意味アリな選択肢ではあるのかもしれないが、ドリバーで緑茶というのはなんだか自分の中では”違う”ものに分類されている。
「う〜ん、どれも悩ましいね」
その言葉は俺の口から発したものではなかった。俺の心情を代弁してくれたのはやはりというべきか紘会長だった。
「私、ドリンクバーというものは初めてなんだ。単純なものであるがゆえに悩んでしまうね」
「…会長、ドリバーは注文しないと使えないんですよ」
「えっ、そ、そうなのかい!?…まぁいいさ。君の分を使えばいいだろう」
「そんなことだろうと思いましたよ…」
紘会長はドリンクバーを体験することは愚か、見ることすらも初めてだと言う。金村家はここらへんでは有名な名家。紘会長はそこのお嬢様だ。おそらくだがファミレスすらも初めてなのだろう。
紘会長はなにかを思いついたように人差し指を立てると、俺に輝く瞳を向けた。
「そうだ!零、全部混ぜて飲もう!」
(ガキンチョか)
紘会長の提案はまさしく子供らしい提案だった
全部混ぜて飲む。子どもの頃にドリバーを頼んだなら誰しも一度はやるだろう。そしてとんでもないドリンクを作るのがオチだ。この歳にしてドリンクバー初体験の紘会長はどこからかそんな情報を耳にしたらしい。どこの奴なのか、この人にそんな情報を吹き込んだのやら。
「…会長、それ誰が飲むんですか?」
「もちろん、私と零さ。異論は無いだろう?」
「異論しか無いですよ。…会長、全部混ぜて美味しいドリンクができると思うんですか?」
「そんなこと、やってみなくちゃ分からないさ。何事も経験。そうだろう?」
会長は俺の有無を聞かずにコップを手に取った。そして各種ドリンクを少しずつコップに加えていく。
加えたのは全部で7種類。配合の結果、黒なのか茶色なのか分からないおどろおどろしい液体が完成した。
「さぁ完成だ!飲んでみるとしよう…」
会長は臆せず液体を口にした。期待と希望にあふれていた表情は次第に曇っていく。やがて感情の入り混じったなんとも言えない表情になった。
「…」
「だから言ったじゃないですか…」
「何事も経験なのさ…うっ、なんなんだこの味は…零、飲んでくれたまえ」
会長は液体の入ったコップを差し出してきた。失敗だからって俺に押し付けるつもりなのだろう。何が可愛い後輩だこの野郎。
玲奈が小さい頃にやって失敗した時のことを思い出した。あの時も失敗した奴を特性ドリンクと称して押し付けてきた。我が可愛い妹の特製ドリンクだからと頑張って飲んだのを覚えている。
「でも
俺の手に残ったのはコップ半分ほどの謎の液体。あまったるい匂いを放ちながらその存在感を俺にひしひしと伝えてくる。ここで飲むというのは勇気の選択だが、かといってこのまま会長に全部飲ませるというのも酷だろう。
(…ん?待てよ、このコップ…)
ここに来て俺はとある事実に気がつく。このドリンクは先に紘会長が口を付けている。仮に俺がこのコップに口をつけるとなると、俺と会長の唇が間接的に触れ合う、そう、関節キスになるのだ。よりによって受け取ってしまった今、俺はその事実に気づいた。
「…どうした零、早く飲み給え。私のスペシャルドリンクが飲めないのかね?」
会長は青ざめた顔で俺にドリンクを飲むように促してくる。この人、意地でも俺に押し付けてくる気だ。関節にでもこの美少女とキスするというのはやはり俺の中には葛藤が生まれる。
(…これは仕方ない事。俺が飲まなくちゃダメなんだ。これは決して、したいわけではなく、仕方ないこと…)
俺は意を決してドリンクを口にした。甘いやら苦いやら、フルーティーなのか乳酸菌なのか。口の中に理由の分からない味が広がる。あえて表現するならば、
初めての関節キスというものは案外複雑な味のようだった。
「…まっず」
「実験は失敗だ…零、あとは全部君に上げるよ」
(とことんガキンチョか)
味のせいやら会長のせいやら、あまりドキドキはしなかった。
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