第24話後輩

 見覚えのあるショートカットが揺れてぱっちりとした瞳が俺を捉える。いつのまにか隣に座っていた会長に俺は目をぱちくりさせた。


「奇遇だね零。まさかこんなところで出会うとは」


「な、なんで金村会長がここに…?」


「いい質問だ剣崎。生徒会の業務に飽きたので帰ろうとしていたら可愛い後輩の姿が見えたものでね。そこからは自然と体が動いていた」


 俺の身の回りには様々な変人がいるが、この人も中々のものだ。生徒会長でありながらストーカーじみた行動をしているのは果たして許されたものなのだろうか?

 張り詰められていた空気は紘会長の登場によって一気に緩められてしまった。注文した品も運ばれてきたことから俺達は会話を一度打ち切りにして一旦食べることにした。

 

「おっ、このピザうめぇ!ディアブロなんだっけ?」


「ディアボラな。…ん、確かにおいしい。会長もどうです?」


「それではいただこう。あー」


 紘会長は俺の前で口を大きく開けると目線であーんしろとアピールしてきた。この前佳織とやったときは状況が状況だったために心臓が飛び出る思いだったが、今回は相手が紘会長。中学からの付き合いだ。この人の無茶振りにも慣れたものである。

 俺はピザを一切れ手に持つと、紘会長の口に入れた。会長はぱくりと一口食べると、満足したようにニッコリと笑った。


「うん、美味しい。スパイシーでパンチのある味がガツンと来るね。零が食べさせてくれているから数十倍は美味しくなってるよ」


「はいはいそうですか。そりゃよかったですね」


「あの同性をも惹きつける紘会長をあんな扱い方で…何を見せられてるんだ俺は」


「志文、こいつらの中でこれはあくまで”普通”の行為だ。いちいち反応してると疲れるぞ」


 ファミレスと聞いて舐めていた自分を叱りたい。注文した品はどれも俺の予想を上回る美味しさだった。多少無理して頼んだ分苦しいかと思われたが、紘会長が来たことでその問題も解決していた。

 一通りの品を食べ終えたところで巻き戻すように志文が一つ咳払いをした。


「…氷織、その、さっきの話なんだが…」


「…手伝ってやらんことも無い」


 俺の返答に志文は表情を明るくした。

 「だが」と付け加えて俺は話す。


「条件がある。今後どんなことがあっても佳織に変なことはしないこと。佳織からの返答が良くないものであっても大人しく手を引くこと。それが条件だ。…あと、手伝うと言っても俺は大層なことはしてやれない。文句は言うんじゃねぇぞ」


 放っておいて変なことをされるよりも、俺の監視下に置いたほうが安全。そう考えた末の返答だった。別に認めた訳では無いが、誰にだって好きになる権利ぐらいはある。それを尊重したまでだ。


「ほんとか!?ありがとう氷織!お前は神様だ…」


 志文は途端に顔を輝かせて俺の手を握った。男に手を握られるというのはあまり気持ちの良いものではない。俺は少し強めに握られた手を瞬時に引き抜いた。

 

「…いいのかよ零。こいつ、結構しぶといタイプだぜ」


「見えないところでまた変なことをされても困る。どうせなら見張ってたほうがマシだ」


「ま、お前がそう思うならいいんだぜ?俺には関係ないから」


 妙に含みのある言い方の正宗に俺は首をかしげるが、これ以上言及しても答えは出てきそうになかったため気にしないことにした。


「ふむ、佳織のことが好きなのかい?彼女、ああ見えてえり好みはするタイプだ。君は佳織のお眼鏡に叶う人間かな?」


「例え自分が佳織さんのタイプの人間じゃなくても、行動で…!」


 紘会長の煽りにも志文は怯む様子を見せなかった。大胆な行動に出るだけの精神は持ち合わせているようだ。会長はそれを見て少しだけ口元をつりあげた。


「心意気は良しと言ったところかな?まぁいい。…君、佳織のどんなところは好きなんだい?」


 まるで娘の婚約相手を品定めする父親のようなセリフで会長は志文を見つめた。会長は佳織とは中学からの付き合い。お互い親交も深いことから妹のようにかわいがっている。そんな彼女に告白したいという男が出てきたら当然こうなるのかもしれない。

 紘会長からの問いかけに志文は刹那の躊躇を見せた後にぽつりと言った。


「…笑った横顔、とか」


(ピュア坊主かよこいつ)


 予想よりも純粋というべきか可愛らしいというべきかな回答に俺は思わず心の中でツッコミを入れてしまった。俺に上履き窃盗の責任を擦り付けるほどの下衆なんだからもう少し下品な理由を期待していたというのにこれだ。これでは俺と志文どちらが下品なのか分からない。


「なるほど。君わりとピュアな人間だね。悪い子では無さそうだ。…まぁ良しとしよう。あとは佳織がどう思うかだけど」


 紘会長は今日の一件がこの坊主によって引き起こされたということを知らないそれ故か彼女の目には志文は紳士で熱い男に映っているらしい。化けの皮を剥がしてやっても良いところだったが、このまま会話を終えたほうが丸く収まるような気がして俺は口をつぐんだ。政宗も同じくして肩を竦めた。


「…ちょっとドリバー行ってくる」


 会話も区切りを迎えたところで俺は席を立つ。一息入れようとコップを片手にドリバーへと向かった。

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