第23話謝礼

「てなことがあってよ…」


「はは、それまた災難だったな」


 授業が終わり、疲労がのしかかる俺は廊下で出会った正宗と今日の出来事について話していた。

 どうやら正宗の耳にも今日の出来事は入ってきていたようで、事の真相を知ってからは俺の苦労をねぎらってくれた。


「まったく、お前ってやっぱり主人公体質だな」


「主人公体質?」


「トラブルに巻き込まれやすいってことだよ。…やっとこの前のことが終わったと思ったら次はこうだ。まったく、見てるこっちが疲れるっての」


 よくは分からないが、政宗はどうやら気をつけろと言いたいらしかった。俺だって好きで巻き込まれてるわけではないんだがな。

 そのまま談笑しながら下駄箱まで行くと、見覚えのある男が佇んでいるのが見えた。その男は俺と正宗に気づくとすぐさま駆け寄ってくる。。


「氷織…と政宗?」


 前からやってきたのは志文だった。

 志文は俺と政宗がいることが不思議だったのか、小首を傾げた。


「よう志文。詫びでも入れに来たのか?」


「正宗、知り合いなのか?」


「あぁ。こいつとは同じ風紀委員でな」


(こいつ風紀委員なのにあんな事してたのかよ。風紀乱してるじゃん。丸刈りにしろ。もう丸刈りだけど)

 

「あ、あぁ。氷織、よかったらこの後飯でもどうだ?…迷惑かけた例といってはなんだが、奢るぞ」


 あんな逃げ方をしておいて志文は多少は負い目を感じているらしかった。風紀委員なのだから風紀を乱すことを積極的にするのはやめてほしいところだ。

 

「…お言葉に甘えさせてもらおうかな。ただし、政宗も一緒な」


 少々怪しい誘いではあったが、政宗が一緒なら心配は無いだろう。志文は人数が増えたことに若干不服そうな表情を浮かべていたが、自分が文句を言える立場ではないということは分かっていたのか承諾してくれた。


「お、ラッキー。んじゃ、最近近くにできたあそこいこーぜ」


「いいぞ。あそこならファミレスだから腹いっぱい食える」


「…二人共、加減はしてくれよ?」


 志文の言葉には聞こえないふりをして俺は学校を出た。


▽▼


 学園から徒歩十数分。最近出来たばかりのファミレスにやってきた俺達は窓際の席を陣取った。この席ならドリバーもトイレも近い。利便性で選んだら自然とこの席になった。

 時間帯がまだ早いからか、客自体は少ない。俺達以外には学生が数人いるだけだった。


「何食おっかな〜…お、この山盛りポテトとかいーじゃん」


「俺はドリバーと…政宗、ピザ食うか?」


 俺と正宗はとりあえず気になったメニューを片っ端から注文してみることにした。今回は俺達の財布からは一銭も出ない。何一つ気にすることなど無いのだ。

 一通り注文を終えると、志文は申し訳無さそうに切り出した。


「氷織、今日呼んだのはお詫びをする事以外にも理由があってだな。…少し手伝ってほしいことがあるんだ」


「手伝ってほしいこと?厚かましいなお前」


「重々承知の上でお前にお願いしたいんだ。…その」


 志文は少しの躊躇を見せた後に我慢しきれなくなったように吐き出した。


「佳織さんを振り向かせるのを手伝ってほしいんだ!」


 その言葉に俺は理解が追いつかず、ただ呆然としてしまった。こういう男のことをなんというのだろうか。間抜け?愚か者?命知らず?

 あれだけのことをして瑠璃さんのお叱りを受けておいてこの男、まだこんなことを言うのか。俺の驚きはまさにそこにあった。


「…お前、今日自分がなにをしたか覚えてるのか?」


 俺と同じく困惑していた政宗が志文に問いかけた。俺よりも長い付き合いの正宗でさえもその驚きは隠せていなかった。


「…分かってるさ。氷織に責任を押し付けようとしたことは謝る。だけど、それでも俺はあの人のことが好きなんだ!」


 よくもまぁ平然と言えたものだ。いや、ある意味正しいのかもしれない。冷静だったら恋じゃないという言葉もあるぐらいだ。俺の目には志文という男は完全に恋の熱に浮かされているように見えた。


「…志文、お前本気か?」


「俺は本気だ!お前をわざわざ蹴落とそうとしたぐらいには本気だ!…今回の件は100:0で俺が悪い。それに関してはいくらでも謝罪する。でも、もしお前が佳織さんに興味が無いなら、俺の恋路を手伝ってほしい。もし拒否されたら俺はきっぱり諦める。だから、頼む!」


 志文は屋上の時よりも真剣な面持ちで頭を下げる。俺への謝罪以上に誠意が籠もっているのは気に食わないところであるが、彼の心意気は本物であるようだった。


「ふむ、悪くない心意気だ。だが、やり方がイマイチだ。少し無骨過ぎる。まぁ男らしさはあるけど」


「…え?」


 俺の言葉ではなかった。だがしかしそれは全部とはいかずとも俺の心の内を代弁していた。

 俺は声の方、真横へとゆっくりと視線を向ける。そこにはまさかの人物が座っていた。


「…紘会長」

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