第21話謝罪
「すいませんでしたぁぁぁぁぁっ!!!」
場所を屋上に変えての第一声は清々しいほどの謝罪の言葉だった。
腰を90°に折り曲げて頭を垂れる。男はあくまで頭を下げただけだった。土下座くらいしてくれたっていいんだがな。
「言いたいことは色々あるけれど…まずは名乗りなさい」
怒りを孕んだ瑠璃さんの声はかすかに震えていた。いつも異常に纏うオーラが棘々しく、冷たく辺りを取り巻いている。こんなにも空気に感情が伝わることがあるのだと唖然としてしまう程だった。
「…
「知ってるわよ!!!」
(…名乗れって言ったの瑠璃さんでしょ)
いつもよりも理不尽さが増している辺り、瑠璃さんは相当怒っているようだった。彼女の箔のある怒りを見て俺の怒りはどこへやら静まってしまっていた。
「…私はこう見えて優しいの。一つずつ聞いてあげるわ。まず、なぜこんなことをしたの?」
「それは…好奇心というかなんというか…」
「へぇ、好奇心で人の上履きをねぇ…一体どんな事をしようとしていたのかしら?クラスの美少女の上履きで?」
瑠璃さんの言葉に志文は肩を跳ねさせる。この場において曖昧な解答は許されないらしい。瑠璃さんの怒りに揺れる金色の瞳がそれを物語っていた。
「っ、恥ずかしい話、俺は佳織さんのことが…好きで」
「…好きじゃなきゃやらないだろうなこんなこと」
「お近づきになりたいけど、自分には告白する勇気なんて無いし…出来たとしても振られるのが目に見えてる。どうにかして好感度を上げないと…」
「それで選んだ苦肉の策が上履き窃盗のなすりつけ、ってことね」
瑠璃さんの言葉に志文はゆっくりと頷いた。
「…笑止千万、無知蒙昧、愚問愚答。窃盗だけならまだしも、零くんに罪をなすりつけるなんて万死に値するわ!!!」
「しっ、仕方がなかったんですよ!佳織さんと親しいそいつが一番厄介だったんで…」
このクソ坊主、この期に及んで俺のことを下げるのか…とことんクソだな。思わず拳が出かけたが、理性を持ってしてなんとか抑える。志文は反省はしているようだったが、俺に対しての申し訳無さは一切感じられなかった。髪全部抜けちゃえばいいのに。
「だからって人になすりつけるなんて下衆よ下衆!よりによって私の零くんに…!」
「な、なんで光ヶ原のご令嬢が怒るんすか…こ、この人は別に一般人でしょ…?」
「零くんは私のものなの!貴方の命よりも数十倍は価値のある人間なのよ?貴方みたいな人間に潰されていいほど安くないのよ!!!」
「ちょっと落ち着いてください瑠璃さん。俺は貴方のものじゃないし、俺の命にはそれほど価値はありませんから」
「…何言ってるの。こいつは零くんの事を陥れようとしてたのよ?こんな奴、あの女以上に地獄に堕ちるべきなのよ!」
怒り収まらぬ瑠璃さんは珍しく声を張り上げた。俺は止めに入ったのにも関わらず、狼狽えてしまう。彼女がここまで怒る様子を見るのは初めてのことだった。
このままだとあることないこと言いながら切れ散らかす状況に陥りかねない。俺は瑠璃さんをなだめながら志文と問答することにした。
「…志文、自慢じゃないが俺はこの人に随分と気に入られてる。このままだとこの人はお前を退学にするどころか、社会に存在出来なくするつもりだ。俺の一言じゃ収まってくれ無さそうだから誠心誠意込めて土下座しろ。俺はそれで許してやる」
俺の警告に志文は一瞬の躊躇を見せた。どうやら自分の立場が分かっていないらしい。今ここで土下座をしないと自分の身の破滅につながるというのに。
「…別にしなくたっていい。もう瑠璃さんが怒ってくれたからスッキリだ。だが、俺はお前のために言ってるんだぞ」
念押しした俺の脅しに流石に屈したのか、志文は頭を床に擦り付けた。
「すいませんでしたっっっっっっ!!!」
「…ほら、この通りですよ瑠璃さん。許してやってください」
「…ふん、零くんは人に対して優しすぎるわ。いいわよ。行きなさい」
志文はそそくさと屋上を去っていった。怒りと疲労感に塗れた空気はやるせない俺にのしかかってきた。
「一応聞いておいてあげる…なぜ許したの?」
「俺だって怒りたかったっすけど、瑠璃さんが全部言ってくれたし。それにここで騒いでまた大事にするのは佳織にも迷惑だ。穏便に収めたほうがいいと思ったんですよ。
「…貴方がそう決めたのなら私は否定しないわ。ちょっとだけ非難はするけど」
瑠璃さんはどこか納得のいかない様子だったが、俺の意見に同意してくれた。とりあえず最大権力をなだめることには成功したようだ。
ここ最近は事件に巻き込まれてばかりだが、近くに探偵でもいるのだろうか…?
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