第18話接近

 瑠璃さんが入っての晩ごはんを食べ終えた俺は皿洗いに取り掛かっていた。瑠璃さんが後片付けも私がと言ってくれたが、流石にそこまでやらせるのは申し訳ない。このぐらいはいつもやっているからと俺は皿洗いを引き受けた。…引き受けたのはいいのだが。


「玲奈ちゃん、私のことお姉様って呼んでみて」

 

「うぅ…」


 図らずとも玲奈を置いてきてしまったことを若干後悔していた。玲奈は見ての通り瑠璃さんが得意ではない。元のコミュ障もあってああやって絡まれるのは慣れていないのだ。なんとか宿題に集中しているふりをしてシカトしているが、あれもいつまで持つのやら。

 こうしてキッチンからは見守ることしか出来ない。注意したところで瑠璃さんが止まるとも思えない。手早く皿洗いを終わらせたほうが良さそうだ。


「…どうしよう、わかんない…」


「分からないの?見せてみて」


 瑠璃さんは玲奈の宿題を覗き込む。玲奈が今やっているのは数学の宿題。玲奈は数学が大の苦手のため、いつも苦戦している。いつもは俺に聞いてくるのだが、今日は瑠璃さんがその役を買って出たことで動揺するばかりだった。


「ここは代入するところが違うわ。この方程式のxの部分に代入して…」


「え、えと、こう…?」


「えぇ、そうよ。よく出来たわね」


 瑠璃さんは玲奈の頭を撫でた。玲奈はまた動揺した様子を見せるが、次第に嬉しそうな表情を浮かべた。

 こうしてみてみると、二人は仲の良い姉妹にも見える。妹が取られたみたいでなんだかモヤモヤするが、嬉しそうな玲奈を見ると兄としては微笑ましい気分になった。

 その後も瑠璃さんは玲奈の宿題のサポートを横で行っていく。


「いい調子よ玲奈ちゃん。一つ一つ落ち着いて解いていけばきっとできるはずよ」


「う、うん。がんばる…」


 いつもよりも明るい表情を見るに、玲奈はスラスラと問題を解いていっているようだった。

 瑠璃さんは学年全体で見ても5本の指に入る程頭がいい。そんな彼女の助言があれば解けるのも当然だと言えるが、瑠璃さんの教え方が上手いこともあるだろう。

 数分で洗い物を片付けた俺は玲奈のところへ向かう。いつもよりも真剣な表情が進み具合を物語っている。


「で、出来た…!」


「…うん、合ってるわ。よく出来たわね玲奈ちゃん。偉いわ」


 再度瑠璃さんに頭を撫でられた玲奈は嬉しそうに笑った。その光景を見て俺はとある光景を思い出して立ち尽くす。いつも近くで見ていた、母の姿を思い出したのだ。


「諦めない女は変な男よりも強いわ。玲奈ちゃんは強い女よ」


「えへへ、あ、ありがとう…えっと、る…」


「好きな呼び方で構わないわ。瑠璃でも、お姉様でも」


「えっと、じゃあ、瑠璃ねえって呼んでもいい…?」


「…!えぇ、ぜひそう呼んで頂戴」


 気恥ずかしそうに問いかける玲奈に瑠璃さんんは嬉しそうに笑った。

 本人にその気があるのか無いのかは分からないが、彼女は人を惹きつける天性のカリスマ。誰とでもその気になれば打ち解けられるのだ。ただし、カリスマが悪影響を及ぼして好きでもない男から言い寄られるというデメリットも存在しているわけだが。


「…なんか仲良くなってますね」


「当然よ。旦那の妹とは仲良くしておかないと」


「誰が旦那ですか。…待てよ」


 俺の脳裏にとある可能性がよぎる。玲奈が瑠璃さんと仲良くなり、そのままうちの家族全員と仲良くなってしまうのではないかという可能性だ。そうなれば逃げ道は無いも同然。最愛の妹にも賛成されては俺も拒否出来ない。つまり俺は今外堀を埋められている…?


「で、でも、流石におにいはあげない!」


 危機感を覚えた瞬間だった。玲奈が瑠璃さんを咎める。良かった。我が妹の重度のブラコンはそう簡単には克服出来ないらしい。


「あら、手堅いのね。そんなに零くんのことが好き?」


「好き!一緒にいないと死んじゃう!」


「そう。なら、私達三人で住めばいいわね」


「それは…いいかも」


「待て待て。折れるのが早すぎるだろ玲奈。一旦考え直せ。お前が瑠璃さんの味方したら俺が断れないだろうが」


「で、でも、一緒に住めばおにい取られても大丈夫…!」


「そうよ。この話のどこに問題があるっていうのよ?」


「問題大アリですよ。逆にどこが問題ないんですか。俺瑠璃さんのファンクラブの奴らに殺されちゃいますよ」


「零くんを殺そうって言う奴がいるなら私が蹴散らすから大丈夫よ。だから安心してこの婚姻届に名前を…」


 結婚を巡る押し問答は小一時間続いた。

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